↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/77

Episode59 竜殺しと人殺しⅠ


 もう無理かもしれない。

 久々のルームメイトのメンヘラは、理性が吹っ飛んでて俺に刃を向けるし。

 この状態はアレだ。

 例えるなら「あなたを殺して私も死ぬ」だ。


 いや、冗談ぬきで死ぬかもだが……。

 かく言う俺も、敗走まっ只中で絶不調だからな。

 もうどうにでもなーれ。



「オオ……オ! アァウ! ハアア――――」


 リノの嗚咽が静かな森に響く。

 同時に、殺意が夜の森に浸透していくようだ。


 そこに滑り込んできた黒いシスター服の女。

 姿勢は犬っころのようで、ほぼ四つ足の動き。

 ぐぐっと這った背中が伸びたかと思うと、刃物を構え直して俺に狙いを定めた。

 ――来る!


「クソが!」


 俺はその見えない動きを勘だけで避けた。

 浅いが、脇腹が斬られた。

 慌てて振り返ると、リノは木の幹に"着地"して素早くその場でバク転して木の上に昇り、姿を晦ました。


 人間の動きじゃねえええ……。

 数年前はブランコの立ちこぎは危ないとか言ってたんだぜ? 信じられるか?


 しかもこの状況で俺も防具なし! 全裸!

 アホかなって思うし、ベルンの忠告を素直に聞いておけばよかったと反省。ちなみにこれ2回目な。


 ――ガサ。木々が揺れて空に何か跳びあがった。


 疑うまでもなくリノだろう。

 と、反射的に見上げると黒い影が迫っていた。

 でもそれは実体のない影だけ。リノじゃない。

 意味がわからないと思うが、影だけが頭上から降ってきた。


 本体は、下だった。

 地上に視線を戻すと、気配もなくリノの本体が俺の間合いに入ってきていた。


 やべ……っ!



「――――……!」


 十の斬撃が、目の前で同時に展開した。

 瞬き一つのうちに四方八方が斬撃の線で塞がれた。

 逃げ場がない!


 まるでガトリング砲だ。

 これはひどい。木端微塵にされる。

 が、俺もここで死ぬわけにゃいかねえ!

 お前が俺を殺すってんなら俺もマジだからな。

 こうなったら手加減なし。最大火力だ。


 だから俺は叫ぶ。

 あばよ、リノ。正当防衛だ。


「ファ――――」




開通(エォフナン)



 耳元で誰かが囁いた。

 突然、見知らぬ声が聞こえたかと思うと、俺は誰かに首を鷲掴みにされて、闇に引き込まれた。


「んげぇ!?」


 リノに切り刻まれる前に酸欠で死ぬかと思った。

 そのまま地面に投げ捨てられる。痛ぇなオイ。


「なんだ!? リナリーか!? 乱暴だなクソが」


 ったく少女の柔肌をなんだと思ってんだ。

 俺だってこう見えて女やってんだぞ。

 見上げると、そこにいたのは赤髪ではなく、銀髪の女だった。


 え、どなたさん?

 唐突な初登場で意味不明なんですが。

 でも、その銀髪カラー、俺の髪色と似た色味だ。

 イザベラの銀髪は光沢が強くて、ベルンの銀髪は白みが強いが、俺の銀髪は少し暗めなんだ。目の前の女はそっち寄りだ。

 さらに、アチカの学生服を投げつけられた。


「わぶっ」

「さっさと着て。その格好、恥ずかしいから」

「んだよ、誰だテメェ!」


 随分とクールビューティなお姉さんって感じだが。

 見覚えがまったくない。


「そう、覚えてないの。いいわ。早く服きて」

「あ~……ったく!」


 有無を言わさない雰囲気。

 俺も早く装備を固めたくて、癪だが、服を着た。

 ていうかここはどこだ?

 さっきと変わらない景色。深夜の森の中だ。


「なんだここ? さっきの魔法はアンタか?」

「今は必要なことしか言わないよ」

「あぁん?」

「ここはさっきの場所から肉眼で見える距離。転移孔はそれが限界だから。黒い子もすごい速度でこっちに向かってきてるわ」


 まじかよ。距離が空くと逆に怖いな。


「鑑定魔法によると、あの子、精神異常になってる」

「鑑定魔法? ……何者だ?」

「必要なことしか言わないって言ったでしょ。もっと詳細に鑑定するから、アンジーが時間を稼いで」

「俺の名前を知ってんのか!」

「ええ、当然よ。それより足止め、できる?」


 信用できる気がした。

 このクールビューティーは、他人には見えない。


「わかった。でも足止めはできねえよ」


 正直なところだ。

 リノは速すぎて捉えられない。

 俺も対抗手段がなくて切り刻まれるのを黙って待つしかない。


「……」


 銀髪クールビューティーがこっちをじっと見た。

 紫色した瞳が緑色に輝いた。


「うーん。急造だけど、いけるか」

「なんのことだ?」

「ごめん。やっぱりもう一回、服脱いで?」



 意 味 が わ か ら ん。


 俺はイライラしながら服をぽいぽい脱ぎ捨てた。

 今はこのクールビューティーに頼るしかない。



     ◇



 やること。

 アンジーを愛すること。わたしの大事な拠り所。

 わたしはアンジーが好きだ。


 やること。

 アンジーをこの手でぎゅっと抱きしめること。

 わたしの心の支え。アンジーが好きだ。


 やること。

 アンジーを守ること。傷つかないようにしたい。

 大切なアンジーはわたしだけのもの。


 やること。

 アンジーを誰かに壊されないようにすること。

 わたしがその前に手に入れてしまえばいい。

 そうだ。手に入れてしまえばいいんだ。



 探して。早く。

 誰かに盗まれてしまったから。

 暗闇に吸い込まれ、アンジーはどこかへ消えた。

 もう少しで手に入るはずだったアンジーを、誰かが引っ張っていったのだ。わたしは確かに見た。



 森を走る。この光景、故郷に似ている――。


 月夜に照らされた森。静かな森。

 ここは、きっと暗殺者にとっての晴れ舞台だ。

 望郷。自傷した古傷が痛んだ。



 ずっと夢に見ていた。

 いつかわたしを連れ出してくれる誰かのことを。

 この長くて深い森から、遥か遠い安らぎの地へ。


 この森は長くて、深くて、とても暗い。

 わたしの人生はこの森のようなものだと思う。

 道のりは長く、先も見えず、そのうえ暗い。

 何も見えないんだ……。


 昔、故郷の誰かが連れ出してくれそうだった。

 誰だったか。名前は忘れてしまった。

 集落がその誰かに襲われた。

 月夜に照らされた鮮血と蒼い瞳が印象的だった。


『キミは、キミの生き方を選ぶといい』


 彼は、最後にそう言い残して姿を消した。

 あの人がその後に見た世界は、どんなものだったのだろう。集落を裏切り、別の世界へ飛び出して、その先に何が待っていただろう。


 残されたわたしには想像しかできない。

 幸せだっただろうか。つらかっただろうか。

 でも、どちらにしろ、わたしはその生き方が羨ましかった。


 この長い森を自分で抜け出した彼。

 わたしもそんな風に生きてみたかった。

 そんな度胸はなかったけれど――。



 結局のところ、わたしはアンジーに依存した。

 幸せで、温かくて、楽だったからだ。

 集落の教え『耐睡の心得』は呪いのようにわたしの体を蝕んでいた。それを初めて祓ってくれたのがアンジーだ。


 もうアンジーがいないと生きていけない。

 アンジーを失ったら、きっとわたしはまたこの暗い森で、闇雲にどこかへ向かって走るしかない。

 そんな人生が待ち受けている気がした。

 でもアンジーはいつも別の世界に向かっていく。

 魔法学院だって、ファルマイヤ家だって、この竜の島だって。


 いずれどこかへ消えてしまうなら……。



 わたしが生きていく道が、長くて暗いばかりのものならば、せめてアンジーの血の温もりを心の支えに、生きていきたい。


 だから、アンジー。あなたの血がほしいの。

 わたしは影真流の剣技に身も心も染まっていく。

 涅槃(ねはん)のために鋼の心で生きていく。

 その前に最後くらい、わたしの支えとして。


 ――ああ、でも、まだ……まだ……。



 見つけた。アンジーを見つけた。


 そこにいる。また相変わらず裸になって……。


 わたしをどうしてそう冷や冷やさせるのか。

 どれだけの人間を誑かせば気が済むのか。

 もっとアンジーは自分の魅力に気づいてひた隠しにするべきだ。

 でもその悩みももうここでお終いだ。

 その白い柔肌も銀の髪も紫の瞳もわたしのもの。



 ――まだ、アンジーと一緒に……。




 飛び出す。


 影真流『影送り』。

 撹乱のために、別方向に(シャドウ)を飛ばす闇魔術を剣技に応用した技だ。


 擬装した影が囮になる。

 その間に、本体である自分が間合いに飛び込む。

 魔術と暗殺術を組み合わせた奥義である。


 アンジー。今、わたしのものに――!




「あぁぁああああああああ!」



 雄叫びが上がる。

 アンジーの体が赤く熱気を帯びている。

 わたしが間合いに踏み込む直前、突然、燃え上がったようにアンジーの体で炎が舞い上がった。


「……!?」


 距離を取った。

 それは人体発火と似ているが、少し違った。

 アンジーの肉体から発火した炎は、全身を覆っているが、首から上は燃えず、可愛い顔は窺えた。

 両腕に纏う炎だけは歪に膨れ上がっている。

 その姿はアンジーが得意とする『炎の巨人(フラムリーゼ)』。


 ――そう、フラムリーゼだ。


 アンジーが炎の巨人のようなフォルムとなった。

 まるで今まで駆使した魔術を装備したように。

 わたしの得物では、あの炎の肉壁を超えてアンジーを斬ることは難しい。


 これでは(きもち)が届かない。


 これはいったい……。

 でも、わたしはその炎を見て率直に思った。


「綺麗……」


 その炎。その温もり。

 アンジーに惹かれる理由がこれだ。

 どこまでも暗い世界でも照らしてくれる。

 その熱い心で世界中を照らし、みんなを魅了する。


「アンジー」


 ああ、わたしが壊してしまうのは、間違いか。

 いくらその身を手に入れたところで駄目なんだ。

 その心までは、きっとわたしのものにすることはできないんだ。


 赤い炎を前に、失恋に似た感情がふと湧いた。

 まだ、アンジーと一緒にデートもしてないのに。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。