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Episode47 竜殺し、不和


 メドナのことはともかく、竜討伐の下ごしらえだ。

 いつ竜に襲われるかわかったもんじゃねえし。

 ベルンは今でこそふわっとしてるが、竜に遭遇したらパニクるに決まってる。

 ミラですら初めて見る竜にビビっていた。


 となれば、まずは慣れさせること――。



 自由すぎるベルンに合わせながら丘を登ってきた。

 丘の上には1本の大木があって、その下で体を丸めて竜が寝息を立てている。それほど大きくないが、どこからどう見ても竜だった。


「え!?」


 ベルンは驚いて目を見開いた。

 これで教科書がすべてじゃねえってわかっただろ。


「ほらな。フツーにいるだろ」

「嘘ですわ。大型のトカゲではありませんの?」


 自分の学識を信じ続けるベルンシュタイン令嬢。

 ベルンは覚束ない足取りで近づいていく。

 まるで警戒心がねえ。


「おいおい。危ねえから近づくなっ」


 ベルンは寝息で大きく体を上下させる竜の間近で、その様子を観察し始めた。

 きっと信じられなくて恐怖心がマヒしてんだ。

 終いにはペタペタと触り始めて、鱗の感触を確かめ始めた。


「硬い……。でもトカゲを生で触ったことありませんから識別できませんわね」

「おい馬鹿。離れろっ」


 ベルンが竜の顔面を覗き込んだ。

 すると竜の双眸の瞼がぱっと開き、鋭い眼がベルンをしかと睨みつけた。


「ひっ……」

「ガァァアァアァァァア!」


 竜の咆哮が空気を震動させた。

 言わんこっちゃねえ。だがまぁ今ので十分だ。

 これで思い知ったろうから、その恐怖に免じて許してやる。


燃焼(フラマ)!」


 ぱちんと指を弾いて戦闘開始を合図した。

 後ろに炎を噴射して加速をつけた。

 『炎の巨人』の片腕を喚び出し、腕を伸ばす。

 ベルンを頭から齧りつこうとしていた竜の首を、巨人の腕でがっしり掴む。


「グムゥウウ……」


 竜は首を括られた状態で呻き声をあげた。

 俺はそのツラをベルンに見せつけてやった。


「はわわ……」

「よく見とけよ、ベルン。ここはこいつらのシマだ。『竜鱗』なんて生温い連中とは違ぇ。今されたみたいに竜は俺たちを殺そうとする。死にたくなかったら不用意に近づくな。いいな?」

「は、はいですわ」

「よーし。じゃあ――」


 フラムリーゼの腕を通じて魔力を込める。

 熱量が増し、拳が燃え上がった。


「ギャァァアア! グギャァアアウウ!」


 竜は炎の腕から逃れようとジタバタともがいた。

 俺は腕を掲げて、竜の体を浮かせた。

 竜は翼を羽ばたかせ、手足を動かして苦しそうに涎を撒き散らしていた。


 このまま首を焼き切って、落とす――。



「なんだか可哀想ですわね」

「可哀想だぁ?」

「だってこの竜はただお昼寝していただけですわ。さっきは私たちが驚かせてしまっただけかもしれませんのに、こんな仕打ち……」


 ベルンは竜の悲鳴を聞いて憐れんでいた。

 "良い子ちゃん"な答えだ。

 さすが豪商ベルンシュタインのご令嬢。

 敵の心情も汲まず一方的に喧嘩をふっかけているのは俺たちで、竜は悪くないと云いたいんだな。


「アンジーも、この竜には何もされてませんよね?」

「……」

「竜には知性があって人語を解するという話を本で読んだことがありますわ。もしかしたら、ちゃんと話をすれば伝わるかもしれません。ここは冷静に平和的な解決法を――」


 俺はさらに魔力を込めて腕の火力を高めた。

 フラムリーゼの腕は燃え盛り、竜の首はついに限界を迎えて表面の鱗が溶けて、首が灼き切れた。


 死んだ。地面に竜の首が転がる。

 こりゃダメだ。首を焼き切るのは時間がかかる。

 タイマンならいいが、乱戦じゃ通用しねえ。


「アンジー、可愛い顔してなんて非道を……」

「お前、なんか勘違いしてねえか?」

「え……?」

「俺は世界平和のために竜と戦ってるわけじゃねえ」


 俺は聖人でも天使(エンゲー)でも正義の味方でもねえ。

 持って生まれた才能だから竜を殺す。

 半端もんになりたくねえから竜を殺す。

 "宿命"が鬱陶しいから竜を殺す。

 可愛い顔は余計だ。


「俺がこいつを殺したのは、こいつが竜だからだ」

「それは理不尽ではありませんこと?」

「知るか。俺は確かにコイツには何もされてねえが、他の竜には恨みだらけだ」


 そもそも最初から和解できる相手なら、アチカ魔法学院やファルマイヤ家みたいに、へいこらと媚を売ることねえだろ。

 要するにそういうことだ。

 既に人間と竜の戦争は始まってるも同然だぜ。


「わ、(わたくし)は認めたくありませんわっ」

「はぁ?」

「種族が違えど知性ある者同士はわかり合えますっ」

「本気で言ってんのか」


 航海で2回も襲われ、ここでも襲われ、十分に怖い思いをしたはずなのに、それでも"平和的解決"とか言い出すとは根っからの頭お花畑じゃねえか。

 そういえばベルンは『竜鱗』に絡まれたときも同じこと言ってたっけ。性格か。


「お前が認めなくても俺は竜を殺す。嫌なら一人で助けを待つかい?」

「ん……」

「俺は構わねえぜ。ベルンをここに連れてきたのも、一緒に居てパニクられても困ると思って、竜に慣れさせたかったからだ。別行動を取るってんなら、俺はそれでいい」


 そこまで意地張るなら、その心意気を尊重してやる。

 ベルンは眉間に皺を寄せて真剣に悩み出した。

 そこまで"平和"に拘る理由があるのかね。


「……失礼しました。私も突然のことでびっくりしていたのですわ。アンジーがよろしければ、傍に居させてくださいまし」

「そうか。好きにしな」

「ありがとうございます」


 ベルンが折れてくれてよかった。

 意地を通して別行動するとか言い出したら焦った。

 どっかで野垂れ死なれても後味悪いし、ベルンは俺にとって恩人でもある。

 竜殺しとは別に、守ってやる義理があるんだ。


「ただ、私は隅っこで目を瞑っています」

「どういう意味だ?」

「加担はしませんということですわ。こんな我がままをお許しくださいますか?」


 竜殺しを認めない姿勢は変えないってことか。

 まぁ、それはそれでいい。

 最初から戦力になると思ってねえし。


「わかった。じゃあ行こうぜ。俺もちょっとムキになっちまって腹減ってきた」

「食料探しですわね。それでしたら力になりますわ」


 殺した竜を焼けば食えなくないんだろうが、竜の血肉って猛毒っぽいからな。

 変な副反応で頭がおかしくなっても嫌だ。




 丘を降りて再び森に入っていく。

 島中央の火山が目印になるから助かる。

 ベルンとはすれ違いな雰囲気を持ち直すことはできたが、一度できた亀裂は解消できず、気まずい空気はお互い微かに感じていた。


 水分は水魔法で確保できるから心配はない。

 問題は食い物だ。

 火山を見失わないように森を散策していると、木の実やら謎の果物はたくさん手に入った。しばらく歩き回ってもこの辺り一帯には野生動物がいなかった。

 竜の島ってだけあって竜以外いないのか?


 仕方ねえから、木の実と果物を試すことにした。

 適当に拓けた場所を見つけて石を配置する。

 そこを囲って座り込んだ。


「これ、食えるよな?」

「見たこともない木の実と果実ですが……」


 木の実は栗みたいな硬さで、叩き割って実を出すと白いぶやぶやがニュルっと出て、とにかく臭かった。

 これは食えない。というか、食いたくねえ。

 臭いを我慢して食っても腹も膨れなさそうだし。


 果物は赤い皮に包まれて表面はトゲトゲ。

 まるで竜の鱗みたいだ。

 とりあえず皮を剥いてみると、中も赤い果肉と黒い種粒がびっしりだった。

 匂いを嗅ぐ……。

 ほのかに酸っぱい匂いがする。

 俺の日本での知識を総動員しても見たことねえ。

 りんごやみかんやバナナと似ても似つかねえ。


「木の実は置いておいて……」

「果実の方が食べて問題ないかどうか、というところですわね。わかりました。おまかせくださいな」

「毒味してくれんのか!?」


 すげえ。貴族令嬢にしては冒険家だ。

 てっきり俺にやれと命じてくるかと思った。


「違いますわ! ……まったく、あなたは何のために魔法学院に通ってますの?」

「何のためって、そりゃ腕試しっつーか」

「いくら強くてもそれでは正しく力を奮えませんわ」

「む……」


 なんか癪だが、不思議と嫌な感じがしない。

 ベルンの喋り方が皮肉じゃなくて真剣にアドバイスをくれてるように感じるからだ。口だけじゃなくて目とか顔の近さとか、全体の雰囲気の問題だが。

 ベルンは人差し指をぴっと立てた。


「よろしくて? 果実に毒があるか、ここは魔術師らしく魔術で調べましょ」

「そんなことできるのかよ」

「『補修(ビハンド)』による反応を見ますわ」


 ベルンは石の台に赤い果実を一つだけ置いた。

 そこに手を翳し、目を瞑って念じ始めた。


補修(ビハンド)開始(スタート)論理演算(ブーリエン)"短絡評価(クルツシュルス)"……否定・積(ナンド)!」


 聞いたこともない呪文をベルンは唱えた。

 次の瞬間、果物はパァンと弾けて跡形もなくなった。空いた口が塞がらない。


「大丈夫そうですわね。毒はありません」

「意味がわからねえぞ!」

「補修魔術には、自身の魔力を送ることによって対象との親和性を測る演算魔術がありますわ。魔力は生命の血潮に宿りますので、体の拒絶反応を調べるのにちょうどいいのですわ」

「はぁ……?」

「その中でも『否定・積』は魔力の送り手が受け手との相性が良い場合にその魔成分を相殺(・・)させるという術ですわ。

 これを行うと、果実の親和性がある成分だけを相殺します。……今この果実はすべて弾き飛んだ。ということは、この果実の成分は私にとって毒ではない、ということになりますの」


 途中から理解することをやめた。

 ベルンは得意げにこの『演算魔術』をさらにベラベラ語り出したが、馬の耳に念仏状態で、俺の耳を通り抜けていった。


 早速、飯にありつくとする。

 まぁ果物だが。


「優秀なんだな、ベルン。……む、普通にうめえ」

「なんですの?」

「さっきの魔術って俺らの学年で習うもんじゃねえだろ? 習っても簡単に理解できなさそうだし」


 さすが魔法学院に特待生として入学しただけある。

 俺とリノみたいにコネだけで入学したのと違って実力で認められたんだろう。

 てっきり貴族のパトロンありきかと思っていた。


 ベルンは俺が褒めたことに面食らっていた。

 目を瞬かせた後、両手で頬を隠した。


「え、私、すごい……? え、え……?」

「その反応見て、言ったことを後悔したぜ」

「アンジーったら素直じゃありませんのね。そういうとこも可愛いのですわ」

「俺をカワイイって言うなっ」


 態度はともかく優秀なことには違いねえ。

 その様子をこれまで見せなかったことも含めてな。


「ふふ、今回はたまたま得意分野だっただけです」

「そうなのか?」

「ええ。私はベルンシュタインの生まれ。昔から商いで才を揮ってきた家系です。魔術に関しても数理が絡めば得意なのですわ」


 ベルンシュタインは豪商貴族らしい。

 商売と魔術がどう絡むかは謎だが、それ相応の計算高さがあるんだろう。

 今までベルンを、人を苛つかせる系令嬢としてしか見てなかったが、掘れば色々出てきそうだ。


「特にベルンシュタインの家訓書には、諦めない粘り強さを持つこと、物や財を大切にすること、どんなときも冷静でいること、の3つが書かれてますわ」

「家訓書なんてものがあるのな」

「はいっ。ベルンシュタイン家に一財を築き上げた私の曾祖父、ベルトリヒ・ベルンシュタインもその家訓書を常に持ち歩くほど大事にしたそうですわ」


 どうでもいいな……。

 でも、これの前にメドナのファンだって話をしていたときもそうだが、ベルンの話は内容が濃くて自然とこっちが聞き手に回っちまう。

 これも商売人の才能なのかね。


「ベルトリヒは人間で初めて獰猛な魔族との交易を成功させた偉人として知られています。その彼も口癖のように"粘り強く平和的な解決法を探せばいつか叶う"と語っていました」


 はー、なるほどね。そこか。

 それを伝えたかったから家柄の話をしたワケな。


 ベルンは俺をじっと見ている。

 口に赤い果肉をつけたマヌケさでも、目は真剣だ。

 俺に何か感じさせたいのだろう。


「……お前の信念は十分に伝わった」

「そうですか。安心しましたわ」

「お前にはお前の信念があるように、俺にも俺の信念がある。そこは互いに"分け"といこうや」

「もちろんですわ」


 ベルンは俺に果物を差し出すついでに、俺の頬についた果肉を指先で掬い取って食べた。

 俺にも付いていたのか。悔しいぜ。

 悔しいついでに俺はベルンの口についてた果肉を指先で押し潰してやった。


 お互い顔を見合わせて笑った。

 気まずい空気は消え去った気がする。

 ベルンは気立てのいい女だった。



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