Episode44 竜殺しと船旅
見渡すかぎりの海。海。海だーーーー!
四方八方、どこ見ても水平線。
俺は興奮していた。なんせ、初めて見る光景だ。
前世でも船旅なんてしたことねーし。
そうそう、こういうのだよ。異世界旅って。
冒険感が溢れるっていうか。
オズエッタからアチカへ行くときは付き人がいて、幌付きの馬車で、護送みたいなものだったから"旅"って感じしなかったからなぁ。
少し、揺れが気になるが。
「なんかアンジー、楽しそうだね……」
リノが甲板の手すりに突っ伏している。
同じようにして景色を楽しむ俺と雰囲気が真逆だ。
「お前もこういう景色は好きだろ?」
「お山は好きだけど海はダメ……酔う……うっ」
「お、おいやめろよ! 吐くなら海にだせよ?」
「無理……そんな姿、アンジーに見せられないよ」
ゲロ吐くくらい何とも思わねえけど。
リノなりのプライドなのか。
「そうか。そういうことなら俺はあっち行ってるからスッキリさせとけよ」
人の誇りは尊重する。それが俺の流儀だ。
男は女に恥をかかせるもんじゃねえ。
……と思って立ち去ろうとしたら腕を掴まれた。
「待って。行かないで」
「なんでだよ」
リノは甲板で暇を持て余すヤツらを指差した。
イザベラは剣を磨いている。
フィルは船首から進行方向を見定めている。
ファウはその隣で座り込んで本を読んでいる。
ミラは、ファウの膝の上で本を覗き見していた。
他にもファルマイヤの雇われ船乗りはいるが、甲板下でせっせと働いている。
船員は原動機を回す役だ。
この船は原動機によるスクリューの回転で進む。
それと、フィルとファウが代わり番こで風魔術を使って、帆に風を送って推進力を補助していた。
「アンジーが向こう行ったら他の子と話しちゃう」
「……? 意味わかんねぇけど、話すかもな」
「そしたら他の子との親密度が上がっちゃうよ」
「親密度って何のステータスだよ……」
「お願い……ここにいてぇ……」
リノは涙目で懇願している。仕方ねぇなぁ。
よくわからんが、人見知りのリノには俺しか話せる相手がいなくて、よそで俺がダチを増やしていくのが苦痛なのかもしれない。
あいつとこいつは友達じゃないが、あいつの友達とこいつは友達……みたいなシチュエーションか。
面倒くせーー。
イザベラもフィルもファウも友達じゃねえけど。
といっても、俺もやることがない。
とりあえず手すりに背を預けて甲板で胡坐かく。
すると、リノも上機嫌で座り込み、俺の肩に頭を乗せた。
「んだよ。気持ち悪いんじゃねーのかよ」
「アンジーが傍にいたら平気な気がしてきた」
「…………」
こいつ、普段はこんな風にふざけてるけど、実際のところ、剣の腕前はピカイチなんだよな。
リナリーのボルボル剣とサシでやりあったし。
竜にも良い剣だと褒められてたっけ。
"その昔、暗殺業に長けた部族がいてな。そいつらが究めた殺人剣がある"
リノはその部族の末裔かもしれないそうだ。
そうだ。リノに剣術を教えてもらえれば……。
リノは俺の肩にさらに体を寄せ、するすると胸元、腹、そして膝の上にすっぽり頭を乗せた。
仰向けになったリノと目が合う。
「なぁ、お前の剣術って――」
「アンジー」
「ん?」
「なんか……くらくらして胸が苦しくなってきた」
「え、マジか。それ、やばいんじゃねーの」
「これ、なんだっけ。あ……つり橋魔法、かな」
「は?」
また突拍子のないこと言い出したぞ。
つり橋……魔法?
「知ってる? つり橋みたいなぐらぐらする所で2人きりになると両想いになる魔法がかかるんだって……」
「幸いにも微妙に聞いたことねぇな、うん」
「今すごくぐらぐらしてて、アンジーと2人きりだし、何か魔法にかかった感じしない?」
暴論だった。
「ない。マジでない」
「でもわたしはもう……頭ぐらぐら……うぶっ」
「先生ーー! 具合の悪い子がいまーーす!!」
手を挙げて誰か手の空いてるやつを呼び付けた。
こりゃダメそうだな。
到底、船旅で剣術を教えられそうじゃない。
イザベラが駆けつけ、リノを船室に運んでいった。
ミラが光魔術で看病することになった。
運び込まれる最中、リノは「また宿敵が増える……災いがやってくるよ……絶対に」と、終末を告げる預言者のように嗚咽を漏らしていた。
リノ、かなり具合悪ぃんだな。
まだ何日か航海が続くだろうに、可哀想だ。
○
航海から3日経ったが、まだ着かない。
アチカの遠足組は大型帆船で3日の航海だという話だが、中型帆船ではどれだけ推進力をあげても追いつかないということか。
俺は甲板で日がな一日、竜の首を刈り取るイメトレを繰り返していた。
「真面目なんだな、竜殺し」
イザベラからそう声をかけられた。
俺の魔術修練を見て感心したらしい。
「ああ。どんな手を使っても竜に勝つ」
「努力家だったんだねぇ。意外だったよ」
努力のつもりはねぇ。
舐め腐ったことして負けたら格好悪いからな。
『竜殺し』の能力に甘んじて、こないだのダルケ戦みたいに溺れ死にかけたらアホらしい。
そうだ。変換魔術はどうだろう。
イザベラの真似になるが、魔力で刃物をつくれば竜の首を両断できるか。
『炎の巨人』の拳が効くならいけるはず。
ちょっと練習してみるか――。
「なんか見えたわ!」
船首にいるフィルが突然、叫んだ。
練習メニュー決めた途端に到着か? と思いきや、フィルが見たのは島ではなく、何かの影だった。
俺たちも船首にかけつけて遠くを見やった。
「何が見えたってんだよ。何も見えねえぞ」
「馬鹿ね。エルフの視力なめないでよ。人間に視えないものだって視えてるんだから――ほら、あそこ」
「んん……?」
目を細めて遠くの波を観察する。
青い海とボコボコの波のせいで判別がつかん。
少し待って船が近づくと、ようやく見えてきた。
焼け焦げた木材が散らばって浮かんでいる。
船が破壊されたんだろう。
積み荷のようなものも周囲に散乱していて、見るも無残な姿だった。
「焦げてるわ……。これ、もしかして……」
「アチカの生徒が乗ってた船だ」
かろうじて判別のつく私物に、魔法学院のコートや修練用の杖もあった。
「ひっでぇな」
「積み荷が盗られてないから海賊でもないし、この焦げ跡を見ても竜の仕業って考えてよさそう」
フィルが船首から乗り出して確認している。
「乗ってた奴らはどうなったんだ?!」
「うーん……死体は一つも浮かんでないわね」
「まさか食べられた……のか?」
「それは無いと思うわ。浮かんでる物に血が一滴も付いてない。竜ってそんな上品じゃないから」
食べたら食べカスとして血肉が飛び散るってか。
……となると、かろうじて逃げきれたか。
生存者がいないか調べることになり、破片だらけの海をぐるぐる旋回した。
すると、船体の破片にしがみつく人間を見つけた。
意識がないのか、うんともすんとも言わない。
急いで甲板に引き上げた。
華奢な女生徒だった。
しかも目立つカラーリングの銀髪。
――まさかのベルンだ。
息はしていた。気絶しているだけみたいだ。
体が冷たくなってるから、厚地の布を持ってきて包んでやった。
「おい、起きろベルン! 大丈夫か?」
「うっ……がはっ、ゲホゲホ……ごほっ……」
「よし、生き返ったな」
「ひっ……くっ……ひくっ……」
ベルンは俺に驚いて喉をつっかえさせた。
そのまま涙目になって、ついには泣き始めた。
「よしよし、もう大丈夫だ」
「ひぐっ……アンジー……うぐっ……」
「竜だろ? 竜にやられたんだな?」
「竜………う、うう、うぁあああぁあん……」
ベルンは何かを思い出し、しがみついてきた。
これは重症だ。
フィルが俺の振舞いに苦言を呈した。
「問い詰めることないじゃない。怖がってるわ」
「でももう竜のアジトに近いってことだぞ。呑気にしてる場合じゃねえだろ」
「そうだけどデリカシーなさすぎー」
何がデリカシーだよ。
ちゃんと紳士的にベルンの体を抱きしめて――。
てか、女になって余計にデリカシーや上品さを求められるようになった。
なんか複雑だ。
ベルンは体が冷たくなって震えていた。
抱擁し返して背中を摩り、温めてやる。
こういうことは遠慮なくできるようになったな。
その体が突然、びくんと大きく震えた。
なんだと思ってベルンを見ると、怯えたように俺の背中越しを指差していた。
「あ……あ……」
「なんだ。どうした?」
後ろを振り返ると、甲板から船内に続く扉が開いてその暗闇から何かが這いずって出てきた。
「え……」
黒い影が這いずっている。
人型で、その背に珍獣めいたものが跨っていた。
船酔いと、つり橋魔法の病に伏すリノだった。
「うぁぁ……宿敵……宿敵がやってきた……」
無理やりベッドから這い蹲ってきたようだ。
リノは甲板まで這い出てから力尽きた。
背中にしがみつくミラも限界を迎えたようで、気持ち悪そうに突っ伏してるし。
「ひっ……ひぃい……っ! ……う」
禍々しいものを見た衝撃で、ベルンも気絶した。
甲板の上に2人と1匹の病人が完成した。
どうやっても竜の島に乗り込める状況じゃない。
リノの言う宿敵ってベルンのことかよ。
もしかして『心眼』を究めた未来予知の力……?
恐るべし、心眼。
恐るべし、シリアスブレイカー、リノ。
陰キャラなのにどうしてか登場する度に深刻な雰囲気をぶち壊す天才だった。




