Episode38 竜殺しvs赤竜
真の竜殺しとは如何なるか。
それは竜に果敢に挑む勇者でも、武力行使により安牌を切る軍師でもない。
必然的に竜を殺してしまえる者。
そこに労力も、経験も、理由さえも不要。
理不尽にも、その女は竜にとっての死神だ。
だからダルケは身動きが取れなかった。
「グルル……こんな幼弱な娘が竜殺しだと?」
対峙するは小さなニンゲンの雌。
そんな矮小な存在を前にして動けなかった。
ふざけた格好だ。人間の奴隷が着る、黒い正装に白い前かけをしたメイド衣装。齢10にも満たない容貌の、その白蓮のような穢れないニンゲン風情にダルケは"恐怖"を感じている。
動けば死ぬ。そう予感していた。
感じた恐怖を疑って、振り撒いていた憤怒の炎も急速に冷めた。
今は悪寒すら感じる。
まだ死ねない……死ぬ……死ぬだと?
馬鹿な。死ぬわけがない。そうだろう?
まさか地上最強のこの我が? ありえぬ。
だが、この迷いの正体は――――。
「おい」
「――――!?」
「どうした? 来ねえのか?」
ダルケは剥製になったように動かなかった。
だが、アンジーが問いかけた途端、びくっと怯えたように反応を見せた。
ダルケは混乱していた。
己の直感に自信があり、今までその直感は勝利を確信する為の補完材料だった。
それが今ではどうだろう。
直感が、敗北を確信している。
強さにも直感にも自信があったダルケはその矛盾した勝算が頭を駆け巡り、思考停止していた。
「来ねえならこっちからいくぞ」
アンジーは『炎の巨人』を喚び出した。
死期をさらに身近に感じた。
ダルケは屋敷内であれほど豪快に開けて暴れていた喉奥がひらけず、首が膠着している。
アンジーが腕を引くと炎の腕も同じく動く。
その動きと性能は同調したもの。――すなわちアレに触れればタダじゃ済まないということ。
退かねば……退かねば、ここで……!
「ほら、まずは顔面いっとくかーー!」
「グンム!」
しかし、竜の矜持が後退を許さない。
ダルケは咄嗟に尻尾で玄関ホール大階段を薙ぎ払い、その瓦礫をアンジーに振りかけた。
「うべ!? なんだテメェ! やる気あんのか」
アンジーは瓦礫をフラムリーゼの拳で砕いた。
粉塵が舞う。ダルケは翼を羽ばたかせ、木片を飛ばして追い打ちをかけた。
「くっ……この……! 正々堂々とやれ!」
アンジーは飛来する木片で近寄れない。
風に煽られて眼も開けられない。
猫騙しのような策が非力な人間には有効だ。
非力な人間……そう、非力な人間!
ダルケには再び自信が舞い戻ってきた。
相手は竜殺しといえど、ただの小娘。
近寄らせさえしなければ――炎拳が届かなければ、ただの人間同然。
ならば何とでも調理できよう。
煽り飛ばす。屋敷の下敷きにする。焼き尽す。
ダルケが直接手を下さずとも、間接的な手法で殺せるはずだ。
「グ……グロロッ! ゴゴギェギェェエエ!」
ダルケは火炎を吐き散らした。
屋敷中に火が広がる。尻尾で支柱を薙ぎ払い、屋敷の破壊活動を始めた。
自重に耐えきれず、屋敷がぐらついている。
人間はか弱い。この程度の環境破壊で殺せる。
殺せるのだ。
――――…………!
刹那、ダルケの首を熱い何かが掠めた。
頸筋が焼け切れるような痛みを訴える。
「お前さぁ、ナメたことすんなよな」
熱いはずなのに、ぞわりと悪寒が走った。
ダルケは驚いて眼を見開いた。
アンジーの手先から炎魔術が放出された後の噴煙が立ち込めていた。
そして己の首筋には焼け焦げた跡。
火竜の鱗は溶岩にすら耐えられる。
それを焼き焦がすほどの魔術は準神級以上の高位魔法でなければありえない。
アンジーが放った炎魔術は神の域なのだ。
逃げられない。
攻撃手段があの『炎の巨人』以外もあるなら対応策はない。
◇
ふざけてるな、こいつ。
急に固まったかと思えば、屋敷を破壊し始めて俺に木材の破片をふっかけてくるわ、火炎放射まき散らして火事にするわ、とち狂ったように笑い始めるわで、気が狂った動物みたいだ。
もしかして俺にびびってんじゃねーかな。
さっきから逃げ腰で話にならねぇし。
そんなわけで極限まで照射範囲を絞った準神級炎魔術『セレマ・ヴァルカン』を撃ち込んでやったらダルケの首が焼け焦げた。
さらに、それを驚いている風だった。
「まさか俺を一発屋と勘違いしてんのか?」
ふざけるのもいい加減にしやがれ。
俺は相棒に頼らずとも自力で戦えるぞ。
ナメられた気がして他の技を使いたくなった。
「俺はお前みたいな脳筋とは違うんだ」
親指をグーの中に入れ込んで水弾の構え。
俺がオズエッタでどんな日々を味わったか。
「――水鉄砲!」
親指を弾いて水弾を射出する。
まずは初級から順繰りにやってやる。
ダルケは冷や水をかけられて呆然としている。
「ほらほら二弾、三弾、四弾ってなぁ!」
水弾はダルケの鱗を濡らすだけで動じない。
そりゃそうだ。初級魔術はこの程度だ。
だがこっから――。
「と見せかけて雷鞭よ!」
雷撃の鞭を伸ばして呆然とするダルケの首に巻きつけた。もう逃がさねえ。
「馬鹿め。こんな術では我が身には効かぬ!」
「――霧雨」
「ヌ!?」
目晦ましの水魔術を放つ。
水蒸気がダルケの周囲を囲った。
奴が巻き散らした炎で屋敷が燃えてるおかげで水蒸気が拡散しやすかった。
死角をつくった間に雷鞭を手繰って燃焼の加速で奴の懐に飛び込む――。
「うっらぁぁあああああ!!」
タックル直前で炎の巨人を召喚して剛腕で奴の顔面をぶん殴った。
次こそは逃がさねえ。
――べくん、と強烈な音と反動を感じた。
「ゴァ――――」
「燃焼! 二発喰らいな」
殴った後ももう片方の拳で下から殴り上げた。
「アアアアアアアアアア」
「まだ逃がさねぇ。雷網」
強靭な雷の網をダルケの背後に展開する。
奴はこれで吹っ飛ばされながらもその網で一回跳ね返ってまた俺のとこに戻ってくる。プロレスで云うロープ技決める直前の仕込みと一緒だ。
蜘蛛の巣に引っかかった羽虫のように雷網にかかったダルケは、その弾力でまた地上に戻ってきた。
「ガアアアアアアアアア!」
「死んだなテメェ」
拳の折り曲げだけで関節をバキバキ鳴らす。
オッケー、気合い入った。
ダルケがちょうど戻ってくる。
「これが俺流のケンカの流儀だ」
オラオラオラオラオラオラァァア!
連打で殴りまくり、ダルケの顔や体、もうあらゆる所をボコボコにしてやった。
硬さ自慢という竜の鱗は見る影もない。
ばきばきに割れ、赤い血も吹き出ている。
俺は最後の一撃を奴の顔に叩き込むと、太い牙が吹き飛び、ダルケは玄関ホールにぼろぼろの状態で転がった。
「ふー……すっきりした」
呆気なさ過ぎたが、意外と気持ちいい。
本能から俺の『竜殺し』パワーが目的達成して気分爽快って感じだ。
物足りなさより獲物を仕留めた快感が勝るというか。
俺は武装を解除して玄関ホールを堂々闊歩してダルケの亡骸(?)に近づいた。
力尽きてダルケは動かない。
というか、焦げ臭い。
そういえば屋敷が火事になってたんだ。
消火活動くらいはしておいてやるか。
「水球!」
ホールの天井近くに特大の水の塊を浮かべてそれを弾き、周辺に水を散らした。
それが燃え広がりかけの布類を鎮火させた。
まだ完全に消火しきってないが、それは俺の役目じゃないだろ。
「アンジー!」
ホールに響き渡る声で話しかけてきたのはイザベラだった。気づいたら"竜殺し"じゃなくて名前で呼んでやがる。
「おう。火傷は大丈夫か?」
「こんなもん擦り傷と変わらないね」
強がりだ。証拠に足を引きずって歩いてる。
「あたしは、なんて言ったらいいか……」
「なんだ?」
「あんたを見下してたこと、謝る」
「……お前に謝られても、びた一文も得しねぇ」
アホくさ。しんみりした空気にすんなよな。
女になった今だから分かるが、同調オーラで同じ空気感を強要するのは女特有の能力だな。
イザベラも憔悴しきってるんだろう。
手をふらふら振ってお断りのサインを出す。
「謝る前にまず家の片付けでもしてこいよ」
「はは……そりゃ何年かかっても謝れないねぇ」
実際、ファルマイヤ家はヤバいだろう。
屋敷の崩壊とかじゃなくて世間的に。
竜に飼われてたのが露見したわけだからな。
召使いも一気にやめるだろうし、そこからガルマニード全域に情報も広まる。
そうなったら笑い事じゃ済まねえぞ。
俺はダルケ本体と事後処理をどうするのか気になって倒れ伏した竜を見た。
イザベラが悪くなかったとしてもこの時代、没落貴族は酷い仕打ちを受けそうな気がする。
「うん、何年かけても尻拭いするしかねぇさ」
「そうか……」
穴のあいた壁から波の音が漏れ聞こえるだけの気まずい空気が流れていく。
そのとき2階の手すりから気配を感じた。
「ちょっとーーー、あなたたちーーー!」
見上げると青髪と緑髪の2人組がいた。
身を乗り出して1階ホールを覗き込んでいる。
フィルとファウのメイドコンビだ。
「危ないから早く離れなさいよ! なに呑気にそんなとこで突っ立ってんの! 馬鹿なのー!?」
「はぁ……? 何言ってんだ?」
「聞こえない!? 早く離れて! 死ぬわ!」
危ないと言われても何のことか分からねえ。
周りを見回したが、火の手はなく、近くにあるのはダルケの死骸くらいだ。
「何のことだ!? こいつはもう死んでる!」
声を張り上げて言い返す。
まさかダルケを危ないと言ってんのか?
このザマ見てそんなこと言えるか?
だが、次の言葉で俺の甘さを認識した。
「バカ! 死んでないでしょ!」
フィルが必死に手をばたばたさせている。
俺とイザベラにジェスチャーしていた。
「へ……?」
「そいつは竜よ! 竜血のこと知らない!?」
「竜血……?」
「竜は再生能力が高いの! 首刎ねない限り血の恩恵で体を修復して甦るから!」
「殺すなら刎ねないと! 刎ねて刎ねて!」
ファウの必死な首カットのジェスチャーを見てようやく理解した。
それと同時に背後から殺気を感じた。
「――――!」
俺は咄嗟に振り返る。
凶悪なかぎ爪が振り下ろされる光景があった。
かぎ爪はイザベラの頭に向けて振り下ろされている。
「あぶねえ!」
俺はイザベラに突進して突き飛ばした。
その直後、背中に鋭利なものが突き刺さる感覚が襲い、痛みより熱さがじわりと広がっていく不快感が直に広がった。




