Episode36 竜殺しと情報屋エルフ
「小うるさいお前がフィルで」
青い髪の女を指差す。俺の制服を着てる。
「ビビりなお前がファウだな?」
緑の髪の女を指差す。リノの修道服を着てる。
どっちもデカい目をぱちくりさせて唖然としていた。
「なんであなたが私たちの名前知ってんのよ?」
「デカい声で呼び合ってたら嫌でも覚えるわ。ちなみに、お前の着てる服は俺のだからな。このメイド服を借りたときに交換してやった」
ファウにはさっき竜と戦ってた黒髪の女の服がその修道服だと教えてやってた。すると、それぞれ、ゲゲって顔して体を守るように両腕を交差して身悶えした。
「目的はなに? 身売りはしないわっ」
「この状況でなに言ってんだ、お前……」
俺は周囲に目配せして溜め息をついた。
ファルマイヤの屋敷はめちゃくちゃ。
瓦礫ばかりで崩壊寸前だった。
「俺はアンジー・シルトだ。ワケあって竜を追ってる……いや、追われてる、か? まぁいいや。この家がきな臭くて侵入した。これは擬装な」
胸にぽんと手を置く。
仕方なく着てる感をアピールだ。
胸元からひょっこりミラが顔を出して肉球を振ったが、フィルもファウも呆然としていた。
「お前ら、あの竜のこと知ってんな?」
「……」
「聞こえたぜ。ダルケって呼んでんのも、ダイナ島でハブられたって話も」
「…………」
「竜の島のこと、洗いざらい吐きやがれ」
「…………」
「それともシラ切るか? テメェらもグルか?」
拳をボキボキと鳴らすが反応なし。
口を割らねぇ。ナメてんのか?
にらめっこが続く。そして長い沈黙の後、
「――ぷっ」
「あーっはっはっはっ! あはははははっ」
「ぎゃーはははははっははっはっはっはは」
2人から盛大に大笑いされた。
腹を抱えて心底ツボったように笑われた。
「おい。なに笑って――」
「ひーひひひひ! ワケあって竜に追われてるですって! こーんな小娘が!」
「どう見ても人間の子供だし。自意識過剰!」
「イタタタ! かわいい通り越してイタい!」
「竜種がたかが人間の子を追うって、アレで見境なくなってるのかな」
「しかもしかもダイナ島のこと教えろですって! 乗り込む気かしら? 身のほど知らずぅ~。これなんだっけ、こういうの! ことわざで!」
「"食いっぱぐれのカイザートード"?」
「それそれ! っははははは!」
頭の血管がぶちギレる音がする。
『食いっぱぐれのカイザートード』なんて初めて聞いたが、『井の中の蛙』的な意味だとニュアンスで感じるし、あのクソガエルに何度も食われた俺にとっては最高の煽り文句だった。
「っ――――」
「ずみ゛ま゛ぜんでしだ……」
「ごめんな゛ざい゛許しでぐだざい……」
魔力を放出して『炎の巨人』を召喚。
炎の剛腕で2人を鷲掴みにして持ち上げる。
思わず、それぞれ一発だけぶん殴っちまった。
女を殴る趣味はないが、今は俺も女だ。
ノーカンで。
それにこいつら、やっぱり人間じゃない。
殴っても顔に傷がつかなかった。
硬いっていうか、形状記憶力が高い。
低反発枕を殴ったみてえな気分だ。
「で、吐くのか吐かねぇのか、はっきりしろ」
「わかったわかった喋る喋るからお願いだから降ろして。この腕、暑苦しいわっ」
「まだだ。テメェらはなんで竜に詳しい?」
「いやあああ熱いですうう! 降ろしてぇえ」
「いいから言え!」
「私たち妖精種よ! 見てわからない? エルフは噂好きなの。風魔法で遠隔に声も飛ばせるし内緒話は得意分野! 情報が速いから世間のことはたいてい知ってる。それこそ幻想種の種族事情から大公殿下の黒い趣味までねっ」
炎の剛腕からぱっと解放してやった。
2人ともケツから落ちて尻を撫でていた。
はー、なるほど。エルフね。
イメージわかねえが、情報屋みたいなもんか。
人間に似てるが、小柄でトンガリ耳なのと目が大きめで髪色が派手。特徴はそのくらいか。
「物知りだから他種族を見下してるってか?」
「……え、えー、さっきの発言はあれよ。見下したわけじゃなくて驚いたっていうか呑み込めないっていうか、ほらあなたあんまりにも可愛らしいからビックリしちゃってぇ……へへへ」
フィルは手をこねこねしてゴマ擦ってきた。
露骨すぎて呆れる。かわいいも禁句だし。
「かわいいだと?」
ガンを飛ばした。
炎の巨人が拳を構える様子を見てフィルもファウも血の気が引いていた。
「あああっ、じゃなくてそのっ、エルフは警戒心が強くて内向的なんですぅ」
「そう! すぐ口を割らなかったのは種族柄!」
「ですです! 私たち口は堅いんですよ~」
さっき噂好きだって自白してただろ……。
まぁいい。これで立場もはっきりした。
といっても、そろそろタイムリミットだ。
もっとパパッと情報渡してくれりゃ良かったんだが。
「ちっ……続きは後だ。お前ら逃げんなよ」
「え、どこにいくんですか?」
「先にあの竜をぶっ殺してくる。今頃リノが引きつけてんだろうが、あいつも俺のダチだからな。見捨てはしねえ」
ダルケって竜の追跡再開だ。
屋敷に残ってる爪痕を追えばいい。
「え……え……? 死ぬ気? ダルケよ?」
「だからなんだよ」
「ダルケって赤竜だし、攻撃力高めよ? 次期サラマンド狙ってるって話だし、人間に接触してるだけあって頭もキレるし、間違いなく竜種でも上位にいる存在。おわかり?」
「あっそ」
くだらねえ。
片っ端から始末するのに上位も底辺もねぇよ。
フィルが歩き出す俺に通せんぼした。
「待って待って。竜の中でも格上って意味ー! 理解できるー!?」
「うぜぇーなぁ! 邪魔だ退け!」
「ひっ……」
びびって退いたフィルを尻目に廊下を進む。
瓦礫が散らばってて足場が悪すぎだ。
イザベラも先行してていつダルケとバッティングするか分からねえし、急いだ方がいいな。
「……あれは真性のバカね」
「あんなか弱い子、放っといたら死んじゃうよ」
「だね。見殺しも後味悪いしなぁ。しかたない」
フィルとファウはこそこそ付いてきた。
全部聞こえてんぞ。
口は災いの元ってことわざ教えてやろうか。
◇
リノはダルケと追いかけっこを続けていた。
投げナイフで牽制して、ダルケを激昂させて逃げる。
これの繰り返しだった。
とはいえ、相手はあの赤竜。
足も速いし、リノのような子供の足ではすぐ追い付かれてしまう。それをどう逃げ切るかというと――。
「ちょこまかと小賢しい悪鬼の娘めェエエ!」
投擲された短刀がかつんと顔に当たると、ダルケは咆哮を上げて廊下を一気に突進した。
リノは廊下の突き当りを曲がり、死角に入る。
――そこで、すぐ気配を消した。
後から顔を出したダルケには、目の前にリノがいても視えなかった。リノには天性の才能から習得した『気配遮断』がある。
呑気に歩くリノをダルケが追い越した。
それを見届けた後、リノは回収した短刀でまた顔面に向けて投擲するのである。
「ガァアアアアアアアアアアア!」
そろそろ追いかけっこに飽きたリノは突進してくるダルケを正面から出迎えた。
大口開けて噛みつこうとするダルケ。
その大胆な動きを、リノは残像を囮にして身軽に飛び越えてみせた。
ダルケが噛みついたのは残像。空振りだった。
リノ本人はダルケの首にまたがっていた。
そして背びれを掴む。
まるで馬の手綱のような酷い扱いだった。
――リノにとって、これが初めての持久戦だ。
暗殺者は察知されない戦い方しか知らない。
その垣根を超えた戦いはこれが初めて。
だからかもしれないが、彼女はこの戦闘に終わりが見えなかった。
斃すこともできない。
相手から攻撃を喰らうこともない。
ただ敵の怒りを買うだけの作業めいた戦い。
「……っ…………」
実はこのとき、リノは困っていた。
一連の行動は竜を煽っていたのではない。
どう対処していいか分からず、とにかく人を殺さないように竜をヤれというアンジーの命令を忠実に守って立ち振舞っていただけだ。
そんな不安定な持久戦。
それがいよいよ限界が迎えた。
ダルケは怒り狂い、暴れながら首にまたがるリノを引き剥がそうと暴れた。
翼を広げ、窓を突き破り、外に飛び出す。
そしてまた壁から屋敷に突入し、大きな玄関ホールに墜落した。
「ひっ……ひっ……ひゃぁあああ!」
そこで不運にも、玄関ホールの大きな柱の影に屋敷の使用人が隠れていた。まさか急に頭上から竜が降ってくると思わず、悲鳴を上げてしまったのだろう。
ダルケはその人間に気づき、爪を振るった。
リノはマズいと思って――人が傷ついてしまったらアンジーに怒られると思って――咄嗟に跳び上がり、短刀を投擲してその爪攻撃を止めようと攻撃した。
だが、強固な体表に短刀が弾かれた。
ダルケもリノのヘイト集めに反応せず、一人の人間を犠牲に己が怒りを発散しようとしている。
「わぁあああああああああ!!」
「ゴァアアアアアァァアアアア!!」
玄関ホールに響き渡る悲鳴。
リノにはもう手立てがない。
腕力の乏しいリノは使用人を抱きかかえて回避するなんて荒業もできないし、そもそも突き飛ばすことさえできないだろう。
目を瞑り、心の中でアンジーに謝った。
人間が傷つけば自分は嫌われるだろうか。
リノは使用人が死ぬことよりアンジーに嫌われることに恐怖を感じた。
そのとき、
「ふんっ……がぁぁああああああっ!」
誰かが勇ましく使用人を突き飛ばした。
そのまま正面から迫る竜の大きな鉤爪を魔力の剣で受け止めて、押されながら床を滑り、最後には猛攻を止めた。女だった。
魔力は氷属性だったようで剣は粉々。
ばらばらに砕けた氷の剣を投げ棄て、女は対峙した竜を睨みつけた。
「お、お嬢様……ありがとうございます……!」
「礼を言う暇あったらさっさと逃げなっ」
「はいっ……」
現れたのはイザベラ・ファルマイヤだった。
使用人が逃げ去ったのを横目で確認すると、再度、手をかざして魔力を込め、ぶ厚いカトラス状の青の大剣を出現させた。
「あたしのシマで好き放題暴れやがって……」
イザベラは剣をぶんと振り、突き出した。
氷の剣は強烈な冷気を纏っている。
「落とし前つけさせてやるから腹くくりな! あたしは逃げたりしないよ!」
もう逃げたりしない。
この家には大きな秘密があった。
それすら知らず過去ばかりに目を向けて、
"昔の思い出ってなぁ大概は嘘っぱちだぜ"
大事なことから逃げていた。
父親の不審さに気づいていたのに、美化した父親像に縋りついていた。でも今なら向き合うことができる気がする。
"どう受け止めるかっつーだけのことよ"
「ああ。そう思う。あたしも!」
竜殺しの言葉が心に染み渡る。
これはファルマイヤが残した負の遺産だ。
なら、後継者たる自分がケジメつけず、誰が清算するというのだ。
イザベラの瞳には闘志が宿っていた。
『食いっぱぐれのカイザートード』
オズエッタ湖に棲息するカイザートードは餌に困ることはなく体型も十分肥えているが、オズエッタという秘境を世界のすべてと勘違いして今の食事に満足してしまっている、という意味。
転じて、世界の広さを知らずにあらゆるご馳走を食べ損なっていること。
現実で言う「井の中の蛙、大海を知らず」と似た意味。




