Episode30 ズルっこ魔術師
リナリーは鉄の筒を握っていた。
剣でもないし、ましてや杖でもない。
さっきのリノの攻撃はそれで弾いたのか?
変な武器だ。どっかで見た気がするけど。
「――」
相変わらずリノは一言も喋らねえ。
冷徹な青い目で真っ直ぐ前を見るだけ。
完全にイっちゃった目をしてる。
「リノちゃん、痛いかもしれないけど我慢ね」
リナリーはこれから起こることを先に詫びた。
もちろん、リノを痛めつけることだろう。
あんな狂人忍者を前にして怖くないのか。
マジで?
でも、あの女は見栄張るタイプじゃないし、マジなんだろうな。
リナリーは鉄筒に赤い魔力を通した。
赤は炎の色だ。炎属性の魔力を鉄筒に通して、それが反応したかと思うと、先端から炎が舞い上がり、それが剣として形成された。
「炎の剣……?」
「おおお!」
野次馬からも歓声が上がる。
赤い剣の熱波で地面の銀盤も一気に溶けた。
俺でも感じる。すごい魔力の放出量だ。
しかも、あの鉄筒は……。
『また飛び道具かい?』
『そう、しかも破格級のね。この兵器に耐えられたら……そうね、このあたしが対等な関係で魔術を伝授してあげるわ』
ティミーとの初めての戦いを思い出す。
あれと似た筒に魔力を通して、雷槍が現れた。
『――雷槍 ケラウノス・ボルガ。
これは神の雷を放つように設計された魔槍よ。
今から1000年くらい前かしら、まだ神の統治が続く時代に私自身が創り上げた対神兵器』
もしかして、あれと似たような兵器なのか。
ティミーは槍だが、リナリーは剣。
揃って1000年前に造られた代物なら、もしかしてあれはリナリーじゃなくて、その相棒の竜が創ったもの……なのかもな。
「いくよ!」
リナリーは丁寧に声をかけてリノに挑んだ。
その穏やかな声にしては、踏み込んだ足の速さはとんでもないものだった。
――長い赤髪が蛇のようにそよぐ。
凄まじい速さで間合いを詰めた。
リノも驚いたように、その強襲に身構えた。
――――……!
その剣戟の攻防を目で追えた生徒は、誰一人いなかったと思う。
俺も全く見えねえ。
何重にも重なった剣筋がリナリーとリノの間でぶつかって、その光景が体感2秒くらい続いた。
扇風機の羽根と羽根をぶつけたような感じ。
しかもその羽根が止まることなく、流れるように互いを捌き合った。
お互い相手の太刀筋を見切って往なしたんだ。
戦いが異次元すぎてこの場の全員が唖然。
2秒、競り合ってからリナリーは一瞬動きを止めて、相手の剣技を空振らせた。
態勢を崩したリノの胸を剣柄でトンと突いた。
「――――ッ!」
リノが後方へ弾き飛ぶ。
実際は自分から下がったように見えた。
「っ……」
後方に跳んだリノを、リナリーはすぐ追った。
リノはバク宙してナイフを地に突き立てると、逆立ち状態で体の向きを変えて、リナリーの追撃に意表をつくように迎え出た。
リナリーもそれを予期したみたいに、ぐるりとその場で体を回転させ、勢いをつけてリノの攻撃に、大振りの一撃を打ちつける――。
火剣と短刀がぶつかった。
すると、バチバチと稲妻が飛び散った。
その後、大砲みたいなデカい音が響いた。
校庭にクレーターが出来てやがる。
――その穴の中央でリノの足が沈んでいた。
どんだけ破壊力あるんだよ。
ヤバすぎるだろ……。
リナリーの炎の剣は重そうな両刃の剣。
とはいえ、それが重心かけて振り下ろされただけで、隕石が落ちた並の威力だ。
「そこ!」
リナリーはその隙を見て、炎の剣で相手の刃を掠め取った。短刀がリノの手元から離れて宙を舞い、素早くリナリーがそれを奪い取る。
直後、リノは事切れたように倒れた。
呆気なく狂人の猛攻が終わりを迎えた。
見守ってた生徒はみんな茫然。
少し間を置いてから、リノを戦闘不能にしたことに気づいた生徒から、わーっと湧いた。
「ふー……」
リナリーも武装を解除。
炎の剣は元の鉄筒に戻った。
気づけば赤く燃え盛るように輝いていたリナリーの瞳も元通りの緑色に戻った。
なんとも言えない敗北感。
これが冠位『赤のリベルタ』の実力。
魔術だけじゃなくて剣術もすごいと来た。
「お疲れさん。やっぱ影真流だなぁアレ」
「でも刃物さえ取り上げちゃえば無害ね。怪我人も増えずに済んで良かったよ」
リノを抱えながらリナリーが戻ってきた。
サラマンドと戦績を吟味する余裕ぶり。
野次馬たちは歓声を上げる奴、未だに呆然としてる奴、ヒーローインタビュー的に押し寄せる奴など様々だ。
ファンは間違いなく増えたな。
「アンジー、ごめん。出る幕なかったね」
「……ふん、馬鹿にすんな。最初からあんた一人で十分だったじゃねーか」
「なーに? 拗ねてるの?」
「違う。あんな強いんなら最初から言えっての」
「やっぱり拗ねてるのね」
「ちーがーうー!」
リナリーは俺をからかうのが好きだ。
にやにやと笑われて俺も良い気がしねぇ。
「そんなアンジーには秘密を教えてあげる」
「秘密?」
帰りながらね、とリナリーは手招きした。
その後、何もしてなかった無能教師どもが事態が収束するのを見越してからやっと登場して、野次馬の生徒たちに帰るように呼び掛けた。
外も暗くなってきたから、諸々の後始末は後日することになって、リナリーが責任もってリノを寮へ連れ帰ることになった。
部屋が同じ俺も帰りは一緒。
リノを抱えながら寮へ戻る途中、周辺にひと気がなくなってからリナリーは口を開いた。
「あのね、さっきのは、この剣のおかげよ」
「あ~? 振り回してたのはリナリーだろ」
「これはね」
リナリーはポケットから鉄の筒を出した。
やっぱりティミーが持ってた雷槍ケラウノス・ボルガと似てる。
「これ、ボルカニック・ボルガって言うの」
「ボル……ボル……なんだって?」
「ボルカニック・ボルガ。炎の魔力を通すと剣になる魔道具だよ」
「そりゃさっき見たから知ってるが……」
「重要なのはこれに備わってる力なんだけど」
リナリーは鉄筒に魔力を通した。
赤い刀身が伸びて剣の形っぽくなった。
同時に、リナリーの瞳も赤く燃え上がった。
「この兵器は持ち手を剣豪に覚醒させる。だからさっきの剣術は私の力じゃない」
「……? どういうことだ?」
「例えばアンジーもこれを使えば、さっきみたいな剣術を使いこなせるってこと」
「はぁ!? マジで!?」
なんだそのチートアイテム。
ドラ○もんの秘密道具かよ!
「ズっこー! なんだそれ、ズっこいぞ!」
「ズルいのはわかってるけど便利だし。私も別に剣術で商売してるワケじゃないからね~」
リナリーは悪戯っぽくウィンクした。
勝手に負けた気になった俺が馬鹿みてぇだ。
逆に、そのズルに自前の力で互角に張り合ったリノはやっぱりとんでもねぇな。
「そんなものどうやって手に入れたんだ?」
「それは内緒」
「チッ、企業秘密ってやつか」
「企業秘密? ――ま、世の中、変わった魔道具は山ほどあるよ。ボルカニック・ボルガみたいな特殊な兵器は世界に5つだけだけどね」
ケラウノス・ボルガ。ボルカニック・ボルガ。
その他にも3つもあるのか。
「私みたいな冠位魔術師はだいたい自分専用の秘密兵器を持ってるものよ。ステータスの一環で」
「うえー、なんだそれ」
遭遇したくねぇな。ズルいのは嫌いだ。
男なら自力で勝負しろっての。
数だけ揃えて集団リンチをかけるクズも大嫌いだぜ。
あー、そういえば前世にそんな奴がいた。
お山の大将気取りのせこい奴。
あいつも死んだんだっけ。
◇
ずんずんと派手な足音を立てながら、イザベラは根城にしている生徒会室へ戻ってきた。
「姐御、もう夜ですぜ。部屋に戻らねえんで?」
「今日はこっちでいい! お前も消えなっ」
「でも……」
「鬱陶しいねぇ! 目障りなんだよ!」
下っ端の男はボスが心配だった。
だがその気遣いも今ではイザベラの目には邪魔なんだと気づき、そそくさと退散を決めた。
退出を見届けると、イザベラはソファに体を投げ出し、片腕で顔を覆った。
「はぁ……」
――また負けた。
イザベラは失意の中にいた。
この学校で絶対無二の力を誇っていた自分が二連敗。
「チッ……チッチッチッ」
舌打ちを連発した。
悔しさで居ても立ってもいられない。
まさかイザベラ・ファルマイヤは弱いのか?
そんなことはない。あってはならない。
ファルマイヤ家は国が誇る剣聖家系だ。
御三家と呼ばれたガルマニード三貴族の中でも最優の武芸を極めた家系なのだ。
幼少からその教育を受けてきたし、そのプライドを張り続けて生きてきた。
イザベラの男勝りな性格もそれ故だ。
弱くなった……と思いたくない。
むしろまだ研鑽の余地があると、高みを目指して前を向いていたい。
「…………よし」
イザベラは決心したように起き上がった。
――実家に帰ろう。久々に。
父様に発破をかけてもらえば、きっと自分の欠点が見出せる。それを軽々乗り越えてやって、竜殺しにリベンジだ。そう決意した。
「明日には出ていこうかねぇ。ん?」
長机に放り捨てられた紙切れを見つけた。
学校行事のチラシだった。
数日後の話だが、新入生が魔術鉱学の地学巡検で無人島に行く予定らしい。
「はぁ?」
新入生の入学すぐの遠足は恒例行事だ。
だが、解せなかったのはその行き先。
毎年、北部の変な森の遺跡に連れられるが、今年に限ってはなぜか無人島。
特に魔術鉱学なんて高学年が習う分野だ。
新入生がその年次でそれを理由に遠足するのは謎が多すぎる。
「まぁいい。どうせ竜殺しもこれに行くんだ」
それならちょうどいい。
イザベラの帰省中に、アチカで好き勝手にやられたら困ると思って、それだけ心残りだったが、この遠足期間中なら問題なさそうだ。
善は急げ。
イザベラはその夜から身支度をし始めた。
◇
「は、なんで俺だけ留守番!?」
「アンジーだけじゃない。リノちゃんもだよ」
生徒指導室でリナリーと面談になった。
最近はトラブルを起こしてないはずだから、リナリーに呼び出されたときは一体なんのことだと思い返して、内心ヒヤヒヤしたもんだ。
例えば、最近、間違えて男子便所に入った。
そのとき面倒だからそのまま用を足した。
これは学校の風紀を乱すからって理由で注意を受ける可能性はある。
仕方ねえだろ。
前世は男子トイレ一択だったんだから。
人間、癖は直らねえよ。
他にも、はじめての魔術実習で着替えが必要になったとき、人目もはばからずに着替えて、男子連中にモロ見られた。
他の女子に慌てて更衣室に入れられたが、あれもチクられてたらトイレの件と同じ理由で怒られた可能性はあった。
とまぁ、いろいろ邪推したが、違った。
「――ていうか、行きたかったの?」
「無人島なんて男の浪漫だろ」
「女の子が男の浪漫を語るのね……」
俺はどうやら遠足にいけないらしい。
行き先が突然、無人島に変更された例のきな臭い遠足のことだ。
日頃の行いのせいじゃねえ。
先日のリノの暴走のせいだ。
リノが正気を失ったとき、手に負えなくなることを学校側も認識したようだ。
当然、遠足なんて無理だから謹慎決定。
万が一、アチカで再び暴走したときに止められるのがリナリーか俺しかいないという判断になったらしく、リナリーは生徒の引率確定だし、残すとしたら俺しかいないようだ。
つまりリノの留守番に付き合わされる形だ。
「悪いけど、ここは諦めてね」
「えー、見返りがねぇとなぁー」
タダで留守番を強制されてたまるか。
「先二週間の授業免除。どう?」
「む……」
「二週間は堂々と学校サボっていい」
「留守番する」
「返事早いね!?」
よく考えたら『授業免除』って物は言いようで遠足から続く謹慎の延長じゃん。
授業サボれるのは最高だが。
にしても、無人島はお預けか。
ベルンに土産でも頼んでおくかな。
あるいは、ミラを預けて土産を頼むか。
まぁ昔から一匹狼だったし、別に学校行事に出れないくらいなんとも思わねえ。




