Episode2 竜殺しと銀髪
前世を思い出してから1ヵ月ほど経った。
俺の名前はアンジー・シルトというらしい。
年齢はまだ5歳。
悪魔憑きを疑われ、一度は信じてもらえたが、ジーナさんも夜にこっそり湖を挟んで反対のほとりにある教会を訪ねて相談していた。
神父曰く、俺から悪魔の気配は感じないとか。
憑き物なんて人聞きが悪いぜ。
確かに俺も今の今まで覚えていなかったが、元々『佐我アンジ』として生きた男が転生したのだからアンジー・シルトもまた俺なのである。
ところで生活のことだが、ちょっと不便だ。
服装はスカートなんて真っ平ごめんだから、基本的に短パンで過ごしている。ジーナは金持ちなのか貧乏なのかよく分からないが、俺のための生活資金は惜しみなく出してくれた。
だから服も村人と比べりゃ豊富にあった。
そうして女として1ヵ月過ごして気づいた。
やっぱり髪が邪魔だ。切りてぇ。
おまけに毛先が白髪なのはダサい。
ハサミを探したが、家中のどこにもない。
そもそもハサミなんてない世界なのか?
しばらく村の暮らしを見てて思ったが、日本より文化が少し違っていた。
例えば、風呂がない。
代わりに魔術で湯浴みするのだ。
ジーナは水魔法と炎魔法でお湯をつくれる。
もちろん母と娘だから一緒に湯浴みだ。
最初は美人の裸を見れて興奮したものだが、興奮を示すモノがないのと、少しして見慣れてしまったのもあって今では恥ずかしくも何ともない。
湯浴みの場所は決まっている。
湖の岸辺に建てられた小屋で体を洗うのだが、その小屋というのが村共同で、先客がいると順番待ちになる。
村人は数十人だけ。
お隣の家まで体感300メートルは歩く。
田舎・オブ・ザ・田舎。
湖を囲う山の先にはどんな世界があるのか。
マジで竜や魔物がいるのか?
「なぁ、ジーナさん」
ジーナは庭先のベンチで新聞を読んでいた。
一応、新聞は存在するらしい。
「なんですか、アンジー?」
「この家にハサミはねぇのか」
「うちにはないですね」
「じゃあ何でもいい、刃物をくれ」
ジーナが新聞をばさりと閉じた。
そして俺に向き直る。
「なにをする気ですか?」
「髪を切る。毛先が白髪になってるし、みっともねえだろ? もっとバッサリ短くしてーな」
「駄目です!」
「なんでだよ!」
「その銀髪はお父さん譲りの魔力が宿ってる証拠です。綺麗な色してるのに切るなんて勿体ない」
「オヤジの魔力? 髪の色と関係あんのか?」
「魔力には色があって、髪質に現れるのです」
――魔力の色?
魔力って絵の具みたいなものなのか。
前世でRPG系のゲームを多少やったことあるが、マジックポイントを消費して、魔法を使うコマンドがあるくらいだから、それが現実ではどんな感じなのか想像もつかないな。
そもそも魔法に興味はねえけど。
ゲームでの職業選択なら剣士か格闘家だな。
男なら肉弾戦でなんぼだろ。
だが、なんだか、この世界は魔法使い優遇って印象を感じた。
「ジーナさん、随分とオヤジの肩持つよな?」
「偉大な魔術師でしたから」
「それ前も聞いたけど、例えば何がすごいんだ?」
「アンジーにはまだ難しいかもしれませんが、世界で初めて重力魔法の基礎を提唱しました。魔術ギルド内ではカリスマ的存在で、若くして王国東支部でトップに上り詰めたのですよ」
「はぁ……?」
なに言ってんのか全然わからねえ。
重力魔法って『グラ○デ』とか唱えんのか?
魔術ギルド? 王国東支部?
そもそもこの国はなんていう名前だ。
俺が混乱する様子を見てジーナは微笑んだ。
「ふ、少しはお父さんの凄さがわかりました?」
「いや、全然」
「照れる必要はありません。アンジーもいつかお父さんのように大魔術師を目指してほしいものです」
「……大魔術師ぃ?」
突拍子ないことを言われ、思考が止まった。
願い下げだ。小難しい呪文を覚えるなんて無理。
目指すなら剣士とかだろ、やっぱり。
"剣士"って職業があることもすぐわかった。
ジーナが読む新聞の記事も証拠の一つだ。
一面に『軍』がどうのこうの書いてある。戦いがどこかで起こってるんだ。
「その新聞、俺にも読ませてくれ」
「お勉強ですか? 賢明ですね」
気を良くしたジーナは新聞を渡してくれた。
勉強する気はないが、世界のことは知りたい。
ボソボソした紙面の数枚だけの記事。
こんなの定期的に買ってたらハサミ1本より出費が嵩張ると思うんだけどな……。
ジーナの素性は未だに謎が多い。
俺の父親も有名人だっていうし、ジーナも実は凄い人物だったりして。
記事から読み取れた情報だが、
今が『教暦1001年』で、この国が『ガルマニード公国』という国で、新聞の発行元は『エリンドロワ王国』という別の国であることが分かった。
そして、この2つの国が友好関係にあること。
この湖畔はガルマニード公国の片田舎に位置する『オズエッタ』という村で、1ヵ月に1度、こんな風に新聞が配達されるようだ。
王国に、公国とはねぇ。
貴族みたいな連中もいるってことだ。
身分も平等じゃないんだろうか。
「一面のは難しくて字が読めねぇ」
「これですか? お隣のエリンドロワ王国で『北方十字軍』が編成されて遠征を開始したそうです」
「ははーん、北方十字軍って読むのか」
記事の始めにデカデカと綴られている。
軍があるなら戦いも存在するってことだ。
剣士にもなれるってことだろう。
剣を振り回してモンスターぶっ倒すとか、最高に気持ち良さそうだ。
そういえば『竜』に触れてる記事がない。
それどころかモンスターもだ。
"――ある地域で竜の動きが活発になるのさ"
メドナの話じゃ、竜が暴れ出すってことだが、いつそんな事件が起きるのか。
「ジーナさん、竜って実在すんのか?」
「え……竜、ですか?」
ジーナは明らかに困惑していた。
「何か知ってんのか?」
「ええ、まぁ。竜種には一度だけ会いました」
「マジ? そこら中にウヨウヨいんの?」
「ウヨウヨはいません。竜種は『古代幻想種』に分類される万物の霊長で、いまやその存在は極少数です」
「コダイゲンソウシュ?」
「絶滅を疑われた古代生物ですよ。生き残りが1頭だけ確認されてますが、他は不明です」
生き残りが1頭だけ!
それじゃあ『竜殺し』の意味がねえじゃん。
「ジーナさんはその1頭に会ったのか?」
「ええ、彼女は魔術界では有名な五大賢者の一人ですからね。お仕事の都合で会いました」
「はぁ……?」
ノリについていけなかった。
彼女? 魔術界? 五大賢者? 竜が?
聞けば聞くほどワケが解らねえな。
彼女ってことは性別は雌なのか。
しかも"仕事の都合"って、やけに平和だな。
ゲームみたいに「竜だーぶっ殺せー!」で討伐にいく世界じゃないってことだ。
さては、そいつが陰謀を企てて反旗を翻すとか、裏で悪さするのかも。
その"魔術界"ってやつも、なんかきな臭い。
新聞を最後まで読み進めると、よくわからない項目に7人の魔術師の名が列挙されていた。
――魔相環・冠位――
『赤』 赤のリベルタ
『橙』 幻影のクライスウィフト
『黄』 雷帝のティマイオス
『緑』 鑑定のシュヴァルツシルト
『青』 綿津見の姫
『藍』 次元のシュヴァルツシルト
『紫』 四魂のアルバーティ
――――――――――
こんな感じだ。
7色分の魔術師の名がずらりと並んでいる。
同じ名前のやつもいるし。
『赤のリベルタ』だの、『雷帝のティマイオス』だの、2つ名に中坊っぽい雰囲気を感じるが、まぁ本物の魔術師だからガチなんだろうな。
「名晒しされてるコイツらはなんだ?」
「その方々は、魔術界の各属性で最優と認められた冠位魔術師です。アンジーも『魔相環・冠位』に名前が載ることを願ってますよ」
振り返るとジーナも一緒に記事を覗いていた。
髪の良い匂いがふわりと漂ってきた。
「ぐらんど、ひゅう? なんだそれ?」
「いわば称号ですね。虹の7色分、席があります」
「さっきの五大賢者ってのと何が違うんだよ」
「五人の賢者たちは魔術師ではないんですよ。彼女たちは世界を守護する精霊ですからね。……まぁ、例外もいますが」
なるほど。勲章みたいなもんか。
席が決まってるってことは、魔術界にも称号を巡る利権争いがある証拠だ。
権力と腐敗の臭いがぷんぷんするぜ。
「興味があるなら、お母さんが一から魔術を教えますよっ」
ジーナは鼻息を荒くして詰め寄ってきた。
「いいって! 魔法なんてかったるいぜ。呪文を唱えたりすんだろ? それより俺は剣士みたいな職業がいいな」
突き放すとジーナは溜め息をついた。
「アンジー……貴方のお父さんも、そして母である私も魔術師です。魔術師は血統で才能が決まりますから、貴方なら優秀な魔術師になれますよ」
「そんな風には感じねぇな。俺はインテリもインドアも苦手なんでね」
そう返事するとジーナは突如立ち上がった。
怒ったように俺を睨んでいる。
「才能は才能です! アンジーには魔術師を目指してもらいますからね!」
「え、ええ……」
あまりの剣幕にさすがの俺も怯んだ。
ビビっちゃいねぇが、今のジーナには変なオーラみたいなものを感じた。
はっきりと目で見える。
赤と青の入り混じったオーラだ。
体中からまるで漫画で見る闘志みたいなものが沸き立っていた。
「マジで言ってんのか……」
「大マジです。証拠を見せましょう」
「証拠?」
「年齢的にもちょうどいいですから、アンジーの魔力を測りにいきます」
「魔力を測る? そんなこと出来るのか」
「とある魔道具を使えば簡単です」
そう言うとジーナさんは俺の手を引き、身支度もお座成りに湖沿いを歩き始めた。村の中心に向かうらしい。
魔道具ってなんだ?
○
村で唯一の雑貨屋に親子2人で訪れた。
ジーナは店主に「アレください」と伝えると、店主は俺を見て何の用件か理解したらしく、店の奥に引っ込んでいった。
「シルトさんにゃ、ご贔屓にしてもらってますからねぇ。お嬢さんの成長に合わせてきっちり最新型で入荷しときやした」
「ありがとうございます」
店主はカウンターに小さな木箱を置き、ジーナは代金を払ってそれを受け取った。ついでに何個か小道具のようなものも買っている。
店の外に出て空き地の木陰に移動すると、ジーナはさっそく木箱からブツを取り出した。
「これが魔力測定機、通称『マナグラム』です」
「まなぐらむ?」
青いガラス板の機械だった。
なめし革のベルト付きで、ぱっと見、腕時計を大きくしたって感じのもの。
「どうやって使うんだよ」
「腕に巻き付けるだけです」
「はぁ? そんな適当でいいのか」
「鑑定魔法の魔道具ですから。血液中の魔力量をカウントして能力を数値化してくれます」
「なんだかよくわかんねぇけど、すげぇな」
日本と比べて文化が遅れてると思ったが、魔術界はそうでもなさそうだ。この村だけ極端に生活水準が遅れてるって可能性もあるが。
ジーナは俺の腕にマナグラムを巻き付けた。
「しばらく待っててください」
「お、おう……」
なんか健康診断の血圧測定みたいだ。
妙な緊張感がある。
少し経つとガラス板に文字が浮かんだ。
=============
魔力 : 3161(適性/炎C)
[特記] 竜殺しA+
[異常] 無
=============
電池もないのに文字が表示された。
しかも『竜殺し』が見破られてやがる。
「さ、3000オーバー!?」
「っだぁあ、うっせーなぁ!」
ジーナが大声あげた。鼓膜が破れそうになった。
「見てください。ほら、魔力3000!」
「だから何だよ。基準が分からねえよ」
「普通の子は2桁あればいい方です。一般の魔術師でも200以上あれば優秀ですよ。それが3000台……しかも五歳の若さで……」
「げぇ、才能の塊じゃねえか」
「だから言ったでしょう。さすがお父さんの子ですね。お母さんも鼻が高いです!」
ジーナは満足げな様子だ。
興奮が収まらないのか呼吸も荒い。
「それよりこっちの特記って何だ」
腕に巻かれたマナグラムの表示を指さした。
俺にとってはこっちのが重要だ。
「それは最新版から追加された項目ですね。お隣のエリンドロワ王国で研究が進められたそうで、特殊能力も表示されるようになりました」
「へぇ、特殊能力か」
ジーナも特記事項に気がついたようで、目を丸くして反応を示した。
「ん、竜殺し……?」
「ジーナさんでも分からねえのか」
「聞いたことないですね」
つーか、竜が絶滅危惧種で、この世に一頭しか確認されてなくて、さらにはその竜も人間と敵対してないってんなら、こんな能力、意味ねえじゃん。
「まぁ、最近は変わった特殊能力を持つ子が増えてますから、あまり気にしなくていいです。それより凄いのは魔力値の方ですよっ」
「魔力ねぇ……」
ジーナは微笑みながら肩を揺らしている。
「ふふ、嬉しいですね。今日はお祝いです」
「お祝い? なんの?」
「もちろんアンジーが魔術の道を歩み始めた第一歩を祝して、です」
ジーナは本気で俺を魔術師に育てたいようだ。
正直、実感が湧かねえ。喧嘩ばっかの日々を送ってた佐我アンジが魔法使いに? しかも女のまま?
いやいや、似合わなすぎるぜ。
まぁジーナみたいに生活に便利な魔法が覚えられるってんなら少しはやる気は出るが、真剣にやろうとは微塵も思えない。
「じゃじゃーん」
上機嫌なジーナが、さっきの雑貨屋から買った別の道具を取り出した。本当に嬉しいのか、普段出さないような猫撫で声を出してやがる。
「これはアンジーへのご褒美です」
そう言って構えたのは一本のハサミ。
「え、それって」
「しょうがないので、お母さんが髪を切ってあげます。ただし、銀髪は残しますよ? 切るとしても肩より少し上までです。いいですね?」
「む……」
どうせならもっと切りたいが、せっかくだ。
今は背中にかかるまで長いから、肩の上まで髪が短くなればだいぶマシになるだろう。俺はこくりと頷いた。
「ふふ、良い子ですね」
ジーナは俺に微笑み、頭を撫でた。
なんだか照れくさくなって顔を逸らす。
もしかして元からハサミを買う為に俺を雑貨屋まで連れ出したのだろうか。
チッ……良い母親じゃねえか。
前世のときみたいに反抗する気にもならねぇ。
【村情報】
湖の村:オズエッタ村
所属国:ガルマニード公国
湖の対岸の教会 : 神父がいる。
雑貨屋のおじさん:いい人。商売っ気は薄い。
【魔相環・冠位(グランド・ヒュー)】
7人の冠位魔術師。
ヒューとは『色相環』のことで、学校の美術室などに貼られている円環状に色を配置した模式図のこと。