エピローグ
あれから三日間、あっという間に時は流れた。
嵐が止んだ事で通報した警察が到着し、僕達は無事に保護され、みんな病院に運ばれた。そろそろ日付が変わろうとしていた時間にもかかわらず、心配していた親は誰一人欠ける事無くみんな駆けつけてくれた。
再会を喜び、心配から怒り、それでも無事でいる事に安心している姿には胸を打たれ、それでも藍原先生がお母さんに怒られているのを見て、みんな思わず笑ってしまった。
僕の父さんと母さんはルネの姿を見かけた時に驚いていて、それから僕の方を見た。その表情はまさかと言うもので、僕はただ頷いて返した。姉さんがエルグランドに行っている事もあって、父さんも母さんも、今回の事がエルグランドに関係している事件だったってきっと分かってるんだ。
頷いてみせれば父さんと母さんは顔を見合わせ、それからルネの方を向き、頭を下げた。ルネが助けてくれた事も、きっと分かってるんだと思う。言葉はなかったけれど、頭を下げてくれた事が何だか嬉しかった。
一晩、検査入院する事になって、もう夜中の一時を回った頃、父さんも母さんも心配そうにしながら僕の病室を後にした。明日、必ず迎えに来るからって、そう言って。
ルネはまだ僕の病室にいて、暗い室内に二人きりになった。
ベッド脇に立っているルネの方を向いて、僕はベッドに腰掛ける。
「ルネは、これからどうするの?」
「エルグランドに帰るぜ。今回のこと、キング達に報告しなきゃなんねえからな」
「そうだよね」
ルネは元々エルグランドの人で、人々が鬼師化するのを防ぐために地球に来ていたんだ。もしかしたら流星河の時と同じように世界中で光種が消えたかもしれない今、ルネが地球に留まる理由なんてない。
暮らす世界が違うから、それは当然の事。僕だって覚悟してた。今回の事件が終わったらルネが離れて行く事は分かってたから。だから、ルネが帰ってしまうまで隣に居ようって思ったんだ。
でも、何だろう。やっぱり、心が苦しい。
「何だよ、淋しいのか?」
表情に出てたのかな。悪戯っぽく笑って顔を覗き込んでくるルネに、僕は笑った。
「淋しいよ、すっごく。たった一日、一緒に居ただけなのにね」
「時間なんか関係ねえよ。要は濃さだ。命をかけた戦いを一緒にしてんのに、何も感じない方がおかしいだろ」
命を懸けた戦い。そう言われると、本当に凄い事をしてたんだなって、今更、実感してくる。一歩間違えれば、みんな死んでたんだ。職員室の惨状のように……。
もしかしたらと思うと、今頃、手が震えてきた。ああ……今、漸く、本当に実感したんだ。
現実だって、分かったんだ。
何だか情けなくなって、隠すように右手でポンポンと軽くベッドを叩く。
「ルネ」
名前を呼ぶと、ルネは不思議そうな顔をしながらもこっちに来て、僕の隣に座ってくれた。分かってくれた事が何だか嬉しくて、ルネの方に体重を預けて肩に頭を乗せる。
「な、おまっ!」
「ごめん、でも今はちょっとこうしてていいかな……ちょっとだけ、だから」
「べ……別にいいけど。ちょっとだけなんだろ」
「うん。ありがと」
それから少しの間、動かずルネの肩に頭をのせていた。ちょっとだけって言ってたのに、それでもルネは嫌がったり怒ったりしなくて、そのまま居てくれた。
体はもうへとへとなのに、もう真夜中なのに、それでもルネと居たいっていう気持ちが強いのかな。ずっと、このままで居たいって、思ったんだ。
「ねえ、ルネ」
「……何だ」
「また、逢えるかな」
「……さあな」
淡々としたルネの声。
「……けど、逢いたいな」
それでも、ルネも淋しいと思ってくれているような気がして、ああ、この人とずっと一緒に居られたら良いのにって、また思ったんだ。
僕にも姉さんのような行動力があったら、好きな人を追ってエルグランドに行った姉さんみたいに出来たら良いのにって、心から思ったけど、それはきっと僕には出来ない。それはきっと、ルネにも、出来ないんだと思う。
今の言葉が、僕達の全てだったように、思った。
翌朝、ルネはエルグランドへと帰って行って、その後、僕の病室には警察の人がやって来た。
職員室の大量の遺体についての事情聴取も受けたけれど、ファントムオーガの事は誰一人口にはせず、答えた事はみんな同じで、ただ一つだけの事。犯人はすでに亡くなっているという、その事実だけだった。
これは、僕がみんなに真実を伝えて、その上で提案した事。菜々さんは事件を隠蔽される事を嫌がっていたから、世間に報せなければならなかった。けれど、ファントムオーガの事を話したところで、精神が不安定だとか精神科に見せるべきだという結論に至るだけで、何の意味もなくなってしまうから。昔、異世界に行った姉さんの話を全て否定して怒った父さんや、哀しそうな顔をした母さんのように。
話をした時に知った事だけれど、鬼師になった人達もみんな、記憶が残っているようだった。ルネの話だと、通常の浄化とは違っていたからだろうとの話だった。心の中にあった光種が消え去った事も理由の一つかもしれない、とも言っていた。
警察が到着する前、みんなに菜々さんの事を話していた時、藍原先生が気になる事を言っていた。
「そうか……あの子が北城菜々だったのか……」
「先生、菜々さんの事、知ってたんですか?」
「高校の時、心霊妖怪救助隊にいたと軽く話しただろう。教室にいるのもうっすらと見えてたが、まあ、その、なんだ……そういうものは苦手でな、見ないフリをしてたんだ」
怖がりの藍原先生には、菜々さんに話しかける事など出来なかったと思う。雷の音で叫び声を上げていたのだから。
「俺と同じく四月からこの学校に来る事になってた北城の事は同期みたいに思って、愉しみにしてたんだ……一声、かけてやれば良かったなぁ……」
せめて写真も見せてもらえていれば分かったのにと、藍原先生は溜め息をついていた。後悔しているのかもしれない。気付いて声をかけていれば、何かが違っていたのかもしれないって。
けれど、忘れずにいてくれた人が存在するだけできっと違う。もう独りじゃないから。ファントムオーガではあるけれど、一緒に居てくれる人が居たから。僕も、ケイも、藍原先生もちゃんと菜々さんの事を憶えてる。だからもう、独りじゃない。
それに、警察の人が学校の敷地内を捜して、菜々さんの体を見つけてくれていた。菜々さんの体は、裏山にある小屋の中の、積み上げられた廃材の下から出てきたという話だった。スマートフォンを握った手だけが見えていたそうで、それは、僕が見た菜々さんの名前入りのストラップがつけられたものだった。
あれから三日が経った今日、菜々さんのお通夜が行われている。菜々さんがクラスメイトになる筈だった、二年四組の生徒全員が列席していて、この日初めて、クラスメイト全員が揃う事になった。
お通夜が終わって、僕はある人物を訪ねていた。
ご両親から特別に許可を貰い、菜々さんの棺の安置されている部屋に入ると、その人は愛おしそうに菜々さんが入っている棺を撫でている。
「失礼します」
一言、静かにそう言うと彼女――北城香奈さんが振り向いた。
泣き腫らした目でこちらを見ているその姿は、学校で見た姿と全く同じ。本当に、あのファントムオーガは北城香奈さんを演じていたのだと実感した。
「キミは……菜々が通う筈だった高校の……」
「はい。立花悠飛と言います。少し、お話しても良いですか」
「……話……?」
「……菜々さんの事です」
ピクリと反応を示した香奈さんは僕に座るよう促して、僕は促されるままに座布団に座った。香奈さんも、僕と向かい合うように座る。
「話って、何かしら?」
問いかけに答えず、持っていた黄色い封筒を差し出した。不思議そうに黄色い封筒を見つめている香奈さんは、手に取って封筒をまじまじと見ている。
「手紙……?」
「菜々さんからです」
名前に反応するように、香奈さんは驚いて僕を見て、それから恐る恐る封筒を手に取った。封筒を見て、それから丁寧に優しく封を開けて中の便箋を取り出した。
便箋に目を落とし、香奈さんは黙って手紙を読み始める。
ゆっくり、視線が動いている。きっと一文字一文字、噛み締めて読んでるんだ。菜々さんの字を、菜々さんの言葉を、菜々さんの想いを。
中を見ていない僕には何が綴られているのかは分からなかったけれど、直接、菜々さんの話を聞いた僕だから、何が書かれているのか分かるような気がした。
ぽたりと、大粒の涙が香奈さんの目から零れ落ちて、手紙を濡らした。関を切ったように大声で泣く香奈さんは泣き崩れてしまい、畳を濡らし、声を枯らすほど泣いている香奈さんを前に、僕はただ、菜々さんの棺と遺影を見ていた。
これで、良かったんだよね?
そう、問いかけて。
十分ほど泣いて、漸く香奈さんは落ち着きを見せた。
「ありがとう……」
「え?」
「君が、立花悠飛くんなんでしょう? 君に感謝してるって、菜々が……それに、この手紙を持って来てくれたから」
「僕に出来る事は、このくらいですから」
指で涙を拭うと、香奈さんは再び手紙に視線を落とした。慈しむように、優しく菜々さんの頭を撫でるように手紙を撫でる。
「この手紙……警察に持って行こうと思うの」
それは僕も一度、考えた事。菜々さんの言葉を聞いているから、全てを世間に公表するべきなんじゃないかって考えた。
けれどその判断は僕がする事ではないと思ったから、ここに持って来た。菜々さんが最期の時を共に過ごしたいと思った、香奈さんの所に。
「菜々が望んでるから、真実を伝えるわ。今の世界なら、分かってくれる気がするの」
今の世界なら、という言葉に、ルネに頭を下げた両親の姿が浮かんだ。
そう、今の世界は昔とはまるで違う。流星河が起こった事で、世界はガラリと変わってしまった。異常現象が起きた事で、異常が異常ではなくなってきている。超常現象が肯定され始めている。
それが、今の世界。
「そうですね、きっと……」
大切そうに手紙を抱き締めるように持った香奈さんの隣で、菜々さんが嬉しそうに立っている姿が、見えたような気がした。
斎場を出て家へと向かって歩いて、その途中、学校を訪れた。閉鎖され、来週には取り壊しが行われる事になった学校。つい先日まで普通に通っていたのに、こんな事になると誰が予想できたのか……きっと誰も思いもしてなかったんだ。予想なんか、出来る筈がない。
もう誰も通わない校舎は、とても淋しそうに見えた。
それから家へ帰ると、家の前には腕を組んだまま家の塀に背を預けて立っているルネの姿があった。
どうして、ここにルネが?
そう思ったら、思わず駆け寄っていた。
「ルネ、どうしたの? エルグランドに帰ったんじゃ……」
「いや、まあ、そのつもりだったんだけどよ……」
どこかバツの悪そうな、不貞腐れたような表情のルネ。
「今回のあの音だろ。夕焼けの流音だっけか。あれもやっぱ世界中に届いたらしくてな、流星河と同じような影響が出ないとも限んねえだろ。だから、その調査の為に残れってよ。まあ、それは後付けの理由なんだがな」
そこまで言って、ルネは頭を掻く。
「実は姉様に追い返されちまってな。好きな人とは一緒にいないとね、だとよ」
聞いた瞬間、僕も、言った張本人のルネも笑ってしまった。
ああ、本当に、あの人らしい。
「さすが、姉さんだね」
「ああ、さすが姉様だ。ホント、敵わねえよ、姉様には」
言って、笑い合う。声を押し殺す事無く、近所迷惑なんえ考える余裕もなく、笑い合う。本当に、凄い人だ。そう思うと、姉さんの姿が思い浮かんだ。幼い頃に見たきりだけど、ルネの話から元気である事は十分に伝わっていて、十二年経った今も、何も変わっていないのだと実感できた。どこまでも姉さんらしい。
一しきり笑い合って、どちらからともなく視線を合わせる。
「これからは、一緒に居られるんだよね」
「おう。ま、これからの事を一緒に考えるって言っちまったしな」
「あれ、ちゃんと分かってたんだ」
「馬鹿にすんなよ。オレだってそのくらい分かってるっつの」
肩を叩かれ、何だかおかしくなってもう一度、笑い合う。
これからは、隣に居られるんだ。そう思うとやっぱり嬉しくて、僕は真っ直ぐにルネを見下ろして、それからルネの唇に自分の唇を重ねた。すぐに離してルネを見ると、ルネは呆然とした様子で僕の方を見ている。
「……これの意味も、分かってるんだよね」
「ったりめーだろ。けど、やっぱそれとこれとは話がちげーんだよ!」
ドスッと強く肩を拳で殴られ、あまりの痛さに肩を抑えてその場に蹲る。
どうもルネは、自分がするのは良いけれど相手からされると苛立ってしまうようだ。そう言えば、好きはイライラすると叫んでいたのをどこかで聞いたような気がする。
それでも、こうして居られる事が嬉しくて、同じ気持ちでいてくれるルネが愛おしくて、これからずっと傍に居られる事が、隣に立っていられる事が幸せだ。
今なら分かる気がするんだ。好きな人と共に居る事を選んだ姉さんの気持ちが。ルネに対する想いがどこまで本当のものなのか、今の僕には判らない。まだ、出会ってから数日しか経っていないんだから。
でも、僕達には時間がある。ゆっくり、お互いの事を知っていける。
「ルネ」
「ん?」
「これからもよろしくね」
そう言って笑いかければ、ルネはニッと満面の笑みを浮かべた。
「たりめーだろ!」
力強く叩かれた肩は痛かったけれど、それがとても頼もしく感じる。
これから先、この世界に何が起こるかは分からない。僕達の世界は、もう普通とはかけ離れてしまった。
一度目の、姉さん達が起こした《流星河》。そして、僕達が起こした《夕焼けの流音》。
僕とルネが起こした夕焼けの流音が、世界にどんな影響を及ぼすのかも未知数だ。でも、ルネが居れば……ルネと一緒なら大丈夫だって思うんだ。
異常だからこそ、ルネと出逢えたんだから。
僕達はこの異常で正常な世界で生きていく。狂い続ける世界で、沈まず昇らない夕焼けのような世界で生きていく。
あの日、夕陽に流れる音が鳴り響いた時に、新たに始まったこの世界で――。
おわり
夕陽に流れる音、これにて完結です。
1作目のMy Taleを読んでいる方はお気付きかと思いますが、弟くんです。果たして、ルネについて気付いた方はどのくらいいるのでしょうか。小ネタのように挟んでいたので、気付いてもらえただろうか…。
真相解明については、皆さま、推理していただけましたでしょうか。真実が分かってから読み返すと、言われて見れば確かに、という部分があるかもしれません。簡単すぎて、いや知ってたし、となるかもしれません。
可愛い系の男の子が強いのって良いなと思ったので、悠飛がちゃんと戦える子になりました。
可愛い容姿の女の子が男らしいのって良いなと思ったので、ルネがあんな感じの子になりました。でも、乱暴だけだと嫌な子になってしまうので、女の子らしい部分も持たせたつもりです。伝わってるかな……。
1作目のMy Taleを書き終えた後に、書こうと思って作った主人公とヒロインです。My Taleを読んでいる方が楽しめるかもしれません。
毎回、前作読むように推奨している気がする…あ、自分の作品を読んでくれという意味ではないです! 勿論、読んでいただきたいですが、それとは別の理由です。
以前の作品の何かしらの設定を引き継いでいる、というのが1作目~4作目になるので、それを見つけるのも楽しいかなという感じです。
話はそれぞれ繋がっている訳ではないので、別作品を読んでいないと分からないという事はないので、そこは安心してほしいです。
普段からそうなのですが、小ネタのように、気付くか気付かないかくらいのものを入れる事が多々あります。普通に読んでたら気付かないよ! という事も結構入れています。
果たして、何人の方が気付いて下さったでしょうか。
これだけ短い時間の話を書くのは初めてですが、この話は短い時間だからこそ書いていて楽しかったです。
ここまで読んでいただきまして有難う御座いました!




