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一 日常から

 長かった学期末試験の終わりを告げるチャイムが校内に響き渡ったのは、正午になる少し前の事。

 グレーのカッターシャツに、黒のスラックス、白地に黒のボタンとポケットのついたベストという、モノトーンカラーの制服を着ている男子生徒。同じグレーのカッターシャツに、黒地に白のボタンとポケットのついたベスト、裾が黒く縁取りされた幅広の白い前ひだプリーツスカートを穿いている女子生徒。

 男子生徒も女子生徒も二年生のカラーである、同じ赤いネクタイを緩めに締めている。

 同じ制服に身を包んだ生徒達は、今か今かと待ち望んでいた号令の音に、窮屈で退屈だった勉強から解放された事で一斉に口を開いた。

「あー、しんどかったー」

「やっと終わったね」

「もうダメ、完全に死んだ……」

「帰ったら即行ゲームしよ」

「カラオケ行きたーい!」

 歓喜、嘆息、悲観、絶望。様々な感情が入り混じる教室内は、それまでの静寂を破るかのように、すぐに声で溢れ返った。

 蜂蜜色の柔らかな髪質の、優しい面持ちの男子生徒――立花悠飛タチバナ ユウヒの周りにも友人達が集まって来ていて、会話を楽しんでいる。

 話をしながら帰り支度をし、鞄を持とうとした時だった。

「今日の日直。すまんが、ちょっと残ってプリントの整理してくれないか」

「えーっ!」

 教卓から担任の森重が声をかければ、教室の奥の方で話をしていた女子のグループの中の一人、ピンクベージュの髪を耳の辺りで細いツインテールにした小柄な少女が、ざわざわとしていた教室内でもよく響くほどの大きな声を上げた。

「せっかく帰れると思ったのにー!」

「今から、ですか」

 突然の申し出に悠飛も思わず声を漏らしていて、不満気な声に森重は肩を竦める。

「今日の日直だろう。文句言わずにやってくれ」

「テスト期間終わったのにー」

「先生はテストの採点があるんだ。今プリント持って来るから、ちょっと待っててくれ」

 言うなり教室を出て行ってしまう森重に彼女はがっくりと肩を落としていて、女子生徒達はこれからカラオケに行くのだと楽し気に話をしながら教室から出て行った。悠飛に話しかけていた友人達も先に帰ると教室から出て行ってしまい、クラスメイト達を見送った悠飛達は、森重が来るのを近くの椅子に座って待つ事にする。

 頬杖をついている彼女の手からぶら下がっている携帯ストラップには、菜々という名が可愛らしい丸文字で書かれている。

「もー、何でこんな日に日直の仕事なのよー。遊びに行きたかったのにー」

「当番だからね、仕方がないよ」

 黒板の横には今週の日直当番として、立花・三芳ミヨシの札が貼られている。

 不機嫌さを隠す事無く、むーっと小さな子どものように頬を膨らませている菜々を見て、悠飛は思わず苦笑を浮かべた。

 仕方ないと言ったものの、悠飛とて今日は友人と遊び、テスト前に買っていた小説を家に帰ってからゆっくり読もうと思っていた。勉強の事など忘れて、好きな事をして過ごすのだと楽しみにしていただけに、家に帰れるのは二時間後くらいだろうかと思うと、少しばかり肩を落とした。

 その後、森重と隣のクラスの担任が持ってきたプリントは思っていたよりも膨大で、「頼んだぞ」と言って教室から立ち去っていく教師達に、普段、文句を言う事の無い悠飛でさえも呆然としたまま見送る事しか出来なかった。しかしながら、本当に溜め息しか出ない量だと、三つの机に置かれたプリントの山を見る。二人だけで夕方までに終わるだろうか。

「三芳さん……大丈夫?」

 声をかければ、石のように固まっていた菜々が悠飛の方を向いた。

「大丈夫くない……」

 仕方がないなと思い、悠飛は床に座り込んでしまった菜々の傍で膝に手をあてて腰を屈めた。

「僕が一人でやっておくから、三芳さんは帰ってもいいよ」

「えっ? そ、それはダメ!」

 ぶんぶんと頭を振る菜々。

「でも……」

「一人でなんてやらせられないし、悠飛くんと一緒なら頑張るよ!」

 そう言ってニッコリ笑うと菜々は立ち上がって椅子に座り、悠飛も微笑むと机の向きを変えて菜々が座った机とくっつけると自分も椅子に座り、プリントの山に手を伸ばした。

 仕分けたプリントをホチキスで留めるという簡単な作業を熟しながら、二時間ほど経った頃、悠飛は正面に座っている菜々の事が目に入り、手を止めた。

 最初はやる気を出していた菜々だったが、同じ作業が続いたから飽きたというのもあるのだろうか、唇を尖らせ、今は明らかに不服だと顔に書いてある。担任教師に引き留められる少し前、クラスメイトの女子数人でカラオケに行こうと話していたのを聞いた。不機嫌な理由は、十中八九それだろう。

 苦笑を浮かべつつ、作業に戻ろうとプリントに視線を落とした時、不意に菜々が口を開いた。

「空……暗いねー」

 窓の外を眺めている菜々の言葉につられるように同じように窓の外を見れば、重苦しい鉛色の空が広がっていた。教室内は照明をつけているので明るいが、外はまるで夜のように暗い。

「雨、降るかなー……」

「予報では降らないみたいだったけど、何だか降りそうだね」

 そう言った矢先の事だった。ポツリと、滴が一粒、窓を濡らした。そして更に一粒、更に一粒と次から次へと窓を濡らしていき、それはすぐに滝のような雨量へと変わった。ザァーっという音が、静寂の校舎内に響き渡る。

 分厚い雲から流れ落ちる雨は、通り雨という訳ではなさそうだった。風も吹き始め、垂直に降っていた雨は風に吹かれて横に流れ、轟音と共に窓を叩きつけている。

「雨どころじゃなくなっちゃったね」

「これじゃ帰れないよー」

 がっくりと肩を落として項垂れる菜々。この天気では、外に出る事は難しいだろう。今が帰宅真っ最中ではなかった事が唯一の救いだろうか。

「森センのせいだから、送ってくれないかなー」

「送ってもらえたとしても、今出るのは危険だと思うよ。車でもどうかな」

「台風並みだもんね。あーあ、せっかくテスト終わったのに憂鬱だよー」

 天気ばかりはどうする事もできないのだが、文句を言いたくなる菜々の気持ちも分からないでもない。三分の一を残した状態で手が止まっているのだが、慣れてきた分、速度も上がっているので一時間もすれば終わりそうだったのだから。

 一息つくと、悠飛は椅子から立ち上がった。

「まだ全部終わってないけど、先生に確認してこようか」

 その一言に、菜々の不機嫌はどこかへ飛んでいってしまったらしく、満面の笑顔で頷いた。そのまま菜々を待たせ、資料を同じ階にある数学準備室に運び、教室へ戻った。

 すると、子犬のように大人しく待っていた菜々は悠飛が戻って来るなり椅子から立ち上がり、悠飛の隣にピタリとくっついた。甘えるようにすり寄ってくる菜々に笑みを浮かべ、並んで教室から出て行く。教室を出る時に菜々が何だか嬉しそうに見えたのは、やはり家に帰れるからだろうか。

 二人並んで歩く廊下には他に人はおらず、雨と風の音だけが響いている。

「誰もいないね」

「こんなに静かな学校、僕、初めてだよ」

「何か、世界にわたしと悠飛くんの二人だけが取り残されちゃったみたい」

 黒い空はまるでどこまでも続く深い闇のようで、降りしきる雨と風に囲まれた校舎は、外から隔絶された空間のよう。

 ツインテールに結われたサラサラとした髪を靡かせながら、隣を歩いている菜々は真顔でそんな事を言った。

 冗談じみた言葉と真剣な表情と明るい声音が見事に不揃いで、悠飛は何か聞いてはいけないものを耳にし、見てはいけないものを目にしてしまったような気がした。ゾクリと背筋に悪寒が走り、嫌な感じを払拭するようにかぶりを振ると、改めて菜々を見る。

「職員室に行ったら先生方がいるし、すぐに家に帰れるよ」

 平静を装って普段通りに話せば、菜々はこちらを見上げて笑った。

「そうだよね。変なこと言ってごめんね」

 その笑顔は教室で目にしていたもので、何だかホッと安堵した。先程の言葉は、遊びに行けなかった不満と、家に帰れるか分からない不安と、静かな校舎の不気味さと、急な頼み事による不機嫌さと――様々なものがぶつかり合い、妙な考えに至った事によるものだろう。

 悠飛とて、天気予報になかった天気の大荒れに不安を抱いているのだから、仕方がないと言える。

 話をしているといつの間にやら職員室に辿り着いていた。しかし、教師がいる筈の職員室からも音は聞こえてこない。静かなのはやはり、採点をしているからだろうか。

 ドアの前に立って、とりあえずドアをノックした。しかし、返事はない。もう一度ノックしてみる。しかし、やはり返事はなかった。

 おかしい。少なくとも、担任の森重は悠飛達が残っている事を知っており、今日は試験が終わった日で職員室ではテストの採点が行われている為に、勝手に生徒が中に入る事は出来ない。だからこそ、生徒の対応をする為に誰かしらが出て来ても良さそうなものだが、そんな気配は全くない。

 反応がない事に疑問を抱く悠飛の隣で、早く帰りたいのに帰る事の出来ないもどかしさから痺れを切らしたのか、菜々が聞き耳を立てるように左耳を職員室のドアにピタリとくっつけた。

 今は試験の採点中。そんな事をしてはいけないのではないかと思いながらも、中の様子が気になる為に菜々を咎められなかった悠飛は苦笑を浮かべながら菜々を見下ろしていて、菜々が「あれ?」と不思議そうな声を上げた。

「どうかしたの?」

「何か聞こえると思ったのになー。残念」

 イタズラに失敗した子どものように、むーっと口を尖らせている菜々。しかし、今の悠飛が気にするべきはそんな事ではなかった。

 窓の外は凄まじい勢いで吹き荒れる雨風で、校舎内にもその轟音が響き渡っている。

 そんな中で黙々と採点を続けているものだろうか。下校をするか、校内に残っている生徒に声をかけるか――どちらにせよ、行動を起こしそうなものだ。先にも思ったが、悠飛達の担任教師である森重は悠飛達が学校に残っている事を知っている。こんな嵐の中で放っておくというのもおかしな話だった。この状況で、こうして職員室までやって来た生徒の相手をしないなど、普通ならば考えられない。

 ちら、とドアと壁に嵌めこまれた上窓を見てみれば、点いている筈の電気が消えているのが分かった。誰もいないという事だろうか。しかし、教師が生徒を置いて先に帰る事は先ずない。どういう事なのか。

 考えていても答えが見つかる訳ではなく、悠飛は行動してみる事にした。

 三度目になるノックをし、返って来ない応答を気にする事無く「失礼します」と声をかけ、ドアを開けた。

 ガラッと音を立てて開いたドア。分厚い雲に覆われて光の届かない室内は、電気が点いていないせいで夜のように暗く、悠飛はドアの先に見えるいつもと変わらない筈の職員室が異様な空気に包まれている事に気が付いた。

 鼻につく、鉄の錆びたような臭い。目の前の光景に悠飛は思わず眉を顰め、咄嗟に菜々を自分の背中へと隠した。

「えっ、何?」

 驚いたような不思議そうな菜々の声に振り返る事無く、悠飛は呆然と職員室を見ていた。

 机に伏せるように座っている教師達。その体も、背も、顔も、腕も、足も、赤黒く染まっている。だらんと力無く机から落ちている腕からは血が滴り落ち、首が有り得ない方向に曲がってこちらを向いている顔は、今にも断末魔の叫びを上げそうなほど恐ろしい形相をしている。悠飛の居るドアから少し離れた床には、頭を割られ、うつ伏せに倒れている担任教師の森重の姿。

 誰一人として動く事のない教師に、言葉を失くす。体に力が入らなくなり、菜々を後ろに庇っていた悠飛の腕も力無く重力に従って下りてしまった。

「悠飛くん? どうかしたの?」

 不思議そうに悠飛の背から出て悠飛を見上げた菜々だったが、すぐに職員室の惨状を目にする事となった。

 目を見開き、手で口元を覆った菜々は「あ、あ……」と声にならない声を漏らしていて、ハッとして現実に引き戻された悠飛はそこで、職員室の奥の方で何かが蠢いたのを視界の端で捉えた。

 もしかしたら、誰かまだ息があるのかもしれない。そんな淡い期待を胸に、教頭の机が置かれている右手側奥の方を見てみると、机の影から何かが顔を覗かせた。

「っ!?」

 思わず、息を呑んだ。

 ギョロリと、目玉の無い赤い目がこちらを凝視している。それは、黒い粘土で人の形を作ったような姿の獣だった。ポッカリと穴が空いているだけの口らしき所からは、幼い子どもが食べ零しをしているかのように血がボタボタと落ちていて、手には教頭の頭部が握られている。

 正に今、教頭の頭を喰っているであろう、その黒い人獣が教師達を殺した事は明白で、それが分かった時、黒い人獣が首を傾げた。顎が上にくるように首が百八十度捻られて逆さまになったのを見て、悠飛はゾクリと言い知れない恐怖を感じていた。

 刹那、悠飛に狙いを定めたかのように、黒い人獣は教頭の頭部をぶんと乱暴に後ろに放り投げるとその反動を利用して跳び出し、弾丸のように悠飛達へ向かって飛んで来る。

 恐怖に立ち尽くす悠飛。目前に迫る黒い人獣。

 教師達の無残な姿が脳裏を過ぎった時、グンと右肩が後ろに引かれ、悠飛は職員室の外へ出された。

 一体何が起こったのかと考える間もなく、悠飛の右側に、鮮やかな山吹色の髪を揺らして立ち止まった同年代の少女が見えた。呆然と、通り過ぎる彼女の横顔を見ていると口元に笑みが浮かべられているのが分かり、今の状況とはひどく不釣り合いなその笑みを、悠飛は何だか綺麗だと思った。

 そんな事を考えている悠飛の前に立つと彼女は何の躊躇いもなく、職員室のドアをピシャリと閉めた。直後、ドアに重たいものがぶつかった音が響き、壊れるのではないかという程の強い衝撃にドアが揺れる。

「おおー、盛大にやったなぁ」

 楽し気な声。ニヤリと口元に浮かんだ笑みは、まるでイタズラっ子のようだ。

「ありゃ知能なんてねえな。まだ喰い切ってなかったし、すぐには出てこねえだろ」

 山吹色の髪の少女の独り言を聞きながら、悠飛は目の前に立つ彼女の背中を見つめていた。

 悠飛よりも十センチ以上は小さく、小柄と呼べる体格の少女の背中も小さいというのに、とても力強いものに感じる。

 立て襟の袖の短いボレロは、袖の先も裾も中央の留めている部分もギザギザとしている。ボレロと同様にギザギザとしていて、裾が縁取りされている膝丈のワンピースを着、ロングブーツを履いている彼女。

 ツーサイドアップにされた山吹色のミデイアムロングの髪を揺らしながら振り返ったその顔は、美少女と称するほど整った顔立ちをしている。声も女の子らしい可愛らしいもので、乱暴な口調だけがひどく浮いていた。

「悠飛くん……森センは……?」

 そんな山吹色の髪の少女とは対照的な様子の菜々。潤んだ目に、震える体と声、脅えた表情。

 やっと音になったような声で紡がれた言葉に悠飛は菜々を振り返り、目を伏せると静かに首を横に振った。

「そんな……」

 ショックで再び顔を伏せてしまった菜々はそのまま床に座り込んでしまい、そんな彼女に、悠飛は声をかける事が出来なかった。

 つい数時間前まではいつもと何ら変わらない日常だったのに、いつも通りだと思っていたのに、突然、見知らぬ世界に放り込まれてしまったかのようだ。

 担任教師の死を実感したのか、菜々は泣きじゃくり、雨風の音に嗚咽が混じり合った哀しい音が廊下に響き渡る。近しい人間を亡くした事のなかった悠飛とてショックは隠しきれず、菜々の傍にしゃがむと菜々の背中を優しく摩ってやる。彼女の涙を止める方法が、今の悠飛には思い当たらなかった。

「行くぞ」

 不意に、山吹色の髪の少女が廊下を歩き始めた。

 菜々を宥めていた悠飛は、どこに向かうのかと思いながら少女を見上げた。

「あの……」

 しかしすぐに声は出なくなり、それ以上の言葉が悠飛から紡がれる事はなかったが、タイミングと表情から何を言いたいのかを読み取ったらしい少女が腰に手を当て、逆の手で頭を掻くと職員室を見据えた。

「あいつだって、いつ出て来るか分かんねえんだ。こんな生ぐせーとこにいつまでもいられっかよ」

 扉を隔てた先には、あの黒い人獣がいる。そして、無残な姿で死んでいる教師達も。ドアを開いた事で異臭は辺りに充満していて、確かに長時間いられない。

「どこでもいい。どっか離れた場所に行きてえ」

「……僕達の教室に行こう。三芳さん、立てる?」

 手を差し出せば菜々は悠飛の手を掴んだので共に立ち上がる。よろめき、倒れそうになる菜々の肩を掴んで支えながら、悠飛は山吹色の髪の少女と菜々を連れて自分達の教室へ向かって歩き始めた。

 二階から三階へ上がり、中央階段よりも東側にある教室の一つに入った。先程、教室を出た時と変わらない教室。ほんの数分前に菜々と作業をしていた時にはこんな思いをするなど考えもしていなかった為に、とても複雑な気分だ。

 外の雨と風は更に激しさを増し、教室内に雷が鳴り響く。

 爆発音のような轟音が響いているが、放心状態の菜々が反応する事はなく、教室の後ろの方でずるずると力無く床に座り込んでしまった。今ここで悠飛が何を言っても、宥める事は出来ないだろう。高校生になったとは言え、まだ子どもである事に変わりない。惨殺死体を目にする事などドラマや映画以外では無いのだから、この反応は当然だろう。それでも気を失わなかったのは、まだ現実として受け入れられていないせいだろうか。

 それは悠飛も同じ事。職員室の惨状を現実のものとして実感するのは、まだ先の事になるだろうと思う。それは、どこか不思議な雰囲気を纏った軽いノリの少女の影響もあるかもしれない。

 そんな中で物珍しそうに、楽しそうに教室内を見て回っている山吹色の髪の少女を見つめると、教室の後ろの壁際に座っている菜々をそのままにし、悠飛は少女の方へ近付いた。

「あの、訊いてもいいかな?」

「ん? ああ、さっきのは《邪影鬼-ファントムオーガ-》。人間の影から生まれる鬼だ」

「あれが、鬼……」

 想像していた鬼とは、随分と違う姿をしていた。よく童話などで見かける鬼とも、似ても似つかない姿。あれが鬼だと言われても、どうにも信じられないような姿だった。

「影から生まれるっていうのは、どういう事?」

「強い負の感情に触れると、その人間の影を使って生まれんだよ。負の感情っつーのは、憎悪とか恐怖とかそういうもんな。基になった人間によって、ファントムオーガの性質は変わんだ。あのファントムオーガを作ったヤツは、あそこにいた人間が気に食わなかったんだろうな」

「それって……先生方を殺したいほど嫌ってたっていう事……?」

「そうなんじゃねえの。じゃなきゃ相当、腹減ってたんだろうな。どっちみち、頭は悪いみてえだったけど」

 山吹色の髪の少女の話が本当だとするならば、この学校の生徒か元生徒が教師達を殺した可能性が出てくる。それも、ただ殺したのではない。頭を割り、顔を潰し、内臓を抉り出し、手足を喰い千切る。そこまで無残に殺したいほどの憎しみを抱いていた事になる。

 そして知能が無い、頭が悪いと彼女は言った。成績の悪さからの犯行だろうか。しかし、ただそれだけの理由で殺したのならば、あまりにも惨い。

 職員室を全て確認したわけではないが、空いている机が幾つか見受けられた。つまり、無事だった教師も居る可能性がある。

 教師が全く恨みを買っていないと断言する事など、悠飛には出来ない。同じ学校の一教師と一生徒。悠飛と教師の関係は、それ以上でもそれ以下でもないのだから。

 ふと、視界に映った山吹色の髪の少女を見やる。

「ずいぶん詳しいけど、キミは……」

「オレはルネってんだ。《テイマー》なんだから、詳しいのは当たり前だろ。ああ、テイマーっつーのは、体内を巡る《マテリア》を操って、《コア》を通して武器を扱う人間の事な」

 テイマー、マテリア、コア。次々に出てくる単語の説明は全て最低限の簡素なもので、話を進めようとしていたルネと名乗った少女に、すかさず悠飛は待ったをかける。

「ちょっと待って。順に説明してくれるかな。えっと……ルネちゃん」

「ちゃん付けすんな、気色わりぃ」

 気色悪いとは、少々言い過ぎではないかと思うものの、口に出す事はしない。反論すればするほど、厳しい言葉が返ってきそうだったから。

「ご、ごめん、ルネ」

 言い直せば、ルネはニッコリと満足そうに笑った。

「んじゃ、本題だな。おめえ、《流星河りゅうせいがの日》って知ってっか?」

「うん、勿論」

 流星河の日。

 今から十二年前の、夏に差し掛かる少し前の事。正午を十数分後に控えた時間だった。青く晴れ渡っていた空が突然、赤黒く変化したのは。それは夜と変わらぬ暗さとなっていて、辺りは黒い霧に包まれたようだった。

 そして、十分ほど経った頃だろうか。強い光が黒い霧を裂くように天に昇っていったかと思った直後、数多の流星が赤黒い空を覆い尽くした。そして流星群からは雪か雨のようにゆっくりと光の粒が降り注ぎ、それはまるで暗く染められた世界に明かりを灯しているようだった。

 世界中で同時に観測された流星群は類を見ない程の多さだった為に、流れ方や量の多さから河のようだと誰かが言い、世界共通で、流星河の日と呼ばれるようになった。

 各国で検証や研究、原因究明、調査。考えうる限りの事をやり尽くしたが、光の雨の実態も流星群の原因も流星河の日に関する確証は何一つ得られず、未だ謎とされている現象である。

 十二年経った今では教科書に載るほどで、流星河が世界を変えてしまったと言っても過言ではない。

「その時、光の粒が降っただろ。ありゃ、闇を消し去る強いマテリアの結晶だ」

「マテリア?」

「正の感情の総称だ。体ん中を巡ってるエネルギーってとこだな」

 十二の正の感情が微細な粒子となり、体中を血液のように巡っている。気功などで用いられる《気》と呼ばれるものに似ているものだろうと思う。

「マテリアっつーのは、言ってみりゃ強い光のようなもんだ。無意識だろうが、あの日、人間はそのマテリアの結晶に触れちまった」

 流星河の日、事態を把握しようと外に出ていた人は多いだろう。正午近くの事だったので、元々外に居た人も大勢いた筈だ。家の中に居ても、窓から手や顔を出す人もいただろう。雨や雪のように降った光に触れる確率は極めて高い。

「普通の人間ってのは、強い光に耐えられるようにはできてねえ」

「どういう事?」

「例えば光が、楽しいとか嬉しいっつー希望の感情だとする。そんで影が、不安とか苦しいっつー絶望の感情だ。未来に向かおうとする光と、自分を壊して死に近づく影、どっちのが強いと思う?」

 楽しくて幸せである程に不安や孤独感が強まり、相反するどちらの感情に、より引きずられるかという事だ。

 どんなに日々を明るく笑って過ごしていたとしても、ずっとそう居られる訳ではない。

 しかし、哀しみに暮れて泣き続けたり、ずっと苛立っていたり、淋しさや恐怖に震え続ける事は出来る。そこから這い上がる事が出来ない人も多くいるだろう。殺人や自殺がなくならない事が、その証明ではないだろうか。

「光が強けりゃ強いほど、影も濃くなんだろ。同じなんだ。強い光に触れた人間の影は濃くなる。影が濃けりゃ、弱い人間は呑み込まれちまう。濃い影に呑み込まれた人間から生み出されるのが、鬼だ」

「……つまり、人間の影が、あのファントムオーガになったっていう事?」

「そ」

 職員室で見たファントムオーガと呼ばれる鬼は、闇のような、影のような黒い姿をしていた。影絵のように目と口以外には何もなかったのも、影から生まれた鬼だったからだという事なのだろう。そう説明を聞けば、確かに納得できる容姿だった。

「ファントムオーガを生み出す鬼師になったヤツは近くにいるハズなんだ。そいつを見つけて浄化すんのが、オレらテイマーの仕事っつーとこだな」

 近くに鬼を生み出す誰かがいるという事は、まだ学校内に、悠飛と菜々以外に人がいるかもしれないという事。

 一度、校内を見て回るべきかと考えていた時だった。

 ガラッと勢いよく、教室前方のドアが開いた。入ってきたのは、四人の男女。

「やー、すっごい雨だなあ」

 ここまで被ってきたであろう、赤いベストの白いフードを脱いでいる、前髪も後ろ髪も短い黒髪の橘慶太タチバナ ケイタ

「ホント。もうびしょびしょだよ」

 濡れた腕や顔をタオルで拭いている、赤茶色の髪を短いポニーテールにしている、芦名実紅アシナ ミク

「お風呂入りたいね~」

 濡れてしまった大きめのカーディガンの袖をまくる、ミルキーベージュのセミロングの内巻きの髪の、のんびりとした口調の水沢ひまり(ミズサワ)。

「いや、ここまで濡れたらもう変わんない気がするけど……」

 机の上に腰掛けた、こげ茶色の長めの髪の、どこか冷めた目をした白藤司シラフジ ツカサ

 皆、悠飛のクラスメイトだった。

 もう数時間も前に帰った筈のクラスメイトが何故、今ここにいるのか。当然、その疑問は浮かんだ。しかし、それよりも優先させるべき事は、今この学校がどういう状況にあるのか、自分達がどういう状況下に置かれているのかを理解してもらわなければならないという事。

 何も知らないまま居る事は、危険でしかないのだから。

「あれ、悠飛。まだ残ってたんだ。ってか、そいつ大丈夫なのか?」

 悠飛の方を向いた慶太が、教室の後ろの方で膝を抱えて座り込んでいる菜々に気が付き声をかけると、その声につられるように女子二人も菜々を見る。

「え? あ、ホントだ。どうかしたの?」

「具合悪いの? すっごく顔色悪いよぉ」

 慶太の言葉で菜々の存在に気が付いた実紅とひまりは、教室の後ろで座り込んでいる菜々に近付き、心配そうに顔を覗き込んでいる。

 今、話すしかない。

 覚悟を決めて、悠飛は息を吸い込んだ。

「きゃあああぁぁあああ!」

 突如、学校内に響き渡った悲鳴に、息を呑んで皆が廊下の方を見る。

 今の悲鳴はまさか、職員室の惨劇を見てしまったのだろうか。

 すぐさまルネが教室から勢いよく飛び出し、その後に続くように悠飛も黒板側のドアの方へ駆け寄ると、クラスメイトを振り返る。

「悠飛、今の……」

「ケイ達はここに残ってて。様子を見て来るから」

 言って教室から出て行こうとした悠飛は、すぐ傍に居た、ケイと呼んだ橘慶太に腕を掴まれ止められた。

「オレも行くよ」

 真っ直ぐに悠飛を見据える慶太。何が起こっているか分からないが、仲の良い友人である悠飛一人で行かせたくはないと言ったところなのだろう。

 しかし、慶太の後ろに見えている他のクラスメイト達は不安そうに瞳を揺らしている。見えない恐怖に脅えているのだ。

 だから悠飛は自分の右腕を掴んでいる慶太の右手を覆うように、左手を重ねた。

「ケイは腕っぷし強いでしょ。何があったか分からないけど、いざという時にみんなを護ってほしいんだ。お願い」

 悲鳴一つで、先程まで軽いノリだった他の三人も脅えてしまっている。今この中で唯一、冷静に動けるのは慶太くらいなものだろう。すぐに動く事の出来た慶太自身も自覚があるのか理解したらしく、すぐに悠飛から手を放した。

 慶太を見、頷くと悠飛は教室を飛び出した。廊下を走り、階段を駆け下り、真っ直ぐに職員室の方へ向かう。

 つい先程、菜々と二人で歩いていた廊下とは思えない程、空気は重苦しい。あの惨状を目の当たりにした後だからだろうか。

 悲鳴が聞こえたという事は、誰かが職員室の中を覗き込んだという事。あの時、あの場に生存者は居なかった筈だ。まだ校内に残っていた生徒の誰かか、もしくは、職員室にいなかった教師か。いずれにせよ、ドアを開けたのであればファントムオーガの餌食となっていてもおかしくはない。

 考え、眉を顰める。どうか無事でいてほしいと願いながら走って行き、廊下の先に人がいるのが見えた。

 近付き、そこにいる者達を見て愕然とした。

 職員室のドアの前に座り込んでいる、学校指定のものとは違う黒く縁取りされた白いニット地のベストを着た、輝くような金髪に黒いメッシュの入った髪の、西欧のどこかの国の血が四分の一ほど混ざっているクォーターの、近江輝オウミ ヒカル

 輝の傍に腕組みし仁王立ちで立っている、杏色のウェーブのかかったショートボブの髪の、瀬戸内祐セトウチ ユウ

 窓の傍で蹲っている、赤みがかった茶髪を緩くおさげに結っている、土岐沙耶花トキ サヤカ

 沙耶花の背中を摩っている、眉上で切り揃えられた前髪が特徴的なセミロングの黒髪の、眼鏡をかけた、柳可純ヤナギ カスミ

 沙耶花と可純を護るように気遣うように立っている、青みがかった黒髪の、真面目を絵に描いたような、黒田彰斗クロダ アキト

 その五人もやはり、クラスメイトだった。

 逸早く悠飛に気が付いた輝が悠飛を見上げる。

「悠飛、まだ残ってたん」

「日直の仕事で……輝、今の悲鳴は……」

「あー……」

 質問に対して、言い辛そうに濁すように悠飛から視線を逸らす輝。

 しかしそれだけで、否、それ以前に訊くまでも無かった。悲鳴を上げたという事は、職員室の惨状を見てしまったという事。窓際に蹲っている女子生徒は見たものに耐えられなかったのだろう。他の者達も顔色が悪い。

 中を知っている悠飛には彼らに説明させる理由は無く、人が惨殺されている現場を説明しろなどという酷な事を言う気もない。

「ごめん。嫌な事、聞いちゃったね。僕も中を見たから分かるよ。状況も理解できた」

 説明しなくていいと分かったからだろうか、輝はハァーッと肺の中の空気を全て吐き出すように息をつき、胡坐をかいたまま両手を床について背中の方へ体重をかける。

 そんな輝に申し訳ない事をしたなと思いつつ、もう一つ訊きたかった事を訊ねてみる。

「輝。中にいたモノを見た?」

「ああ、まあ。黒い変なんが出てこようとしてたんけど、祐が蹴っ飛ばして中に逆戻り」

「蹴っとば……え?」

 思わず、腕組みをして壁際に立っている瀬戸内祐を見れば、ふんっと鼻を鳴らして顔を背けてしまった。

 どうやら本当に、あのファントムオーガを蹴り飛ばしたらしい。

 中学の時に女子空手の全国大会で優勝した実力者だという事は知っていたが、まさか得体の知れない影に攻撃を仕掛けるとは思ってもみなかった。度胸が据わっているという事か。

 それにしても、再び職員室のドアが開かれた事は問題ではないだろうか。出て来ようとしたという事はつまり、職員室を訪れた輝達を殺そうとしたという事。もしまた誰かが職員室を開けてしまったら、犠牲者が増えるかもしれない。

「ねえ、輝。確か、カギって教頭先生の机の後ろに保管してあったよね」

「多分な。あんま憶えてんけど」

「職員室のカギを取って来ようと思うんだ」

「ちょ、あそこに入るん?」

 悠飛の言葉に、空気がざわついた。

 仕方がない事だと思う。もし逆の立場だったなら驚き、正気なのかと疑っていたかもしれないのだから。

 ただ、職員室の中に入る事が容易ではない事も悠飛には分かっている。悠飛がファントムオーガを足止めして誰かがカギを取りに行くか、もしくは、誰かが足止めをして悠飛がカギを取りに行くか。どちらにせよ、悠飛一人で出来る事ではない。

 ルネが居てくれれば――。

「あー、やっと着いたぜ!」

 悠飛の背中側からルネの声が聞こえてきて振り返る。先に出て行った筈なのに職員室前に居ないと思ったら、どうやら迷っていたらしい。

「ルネ、迷うんだったら待っててくれれば良かったのに」

「考えるより行動する方がはえーだろ」

 単純明快な言葉に、思わず苦笑が漏れた。どうやら、考える事は苦手らしい。

 そうして話していると、怪訝そうな視線が悠飛に突き刺さった。視線の人物の方を振り向けば、そこに立っているのは祐。

「誰だい、そいつ」

「説明は後でするよ。今は、先に脅威を取り除きたいんだけど、いいかな?」

 厳しい視線と口調の祐にそう言えば、「まあいいさ」と早々に引き下がってくれた。そんな事を訊いている場合ではないと、職員室の中を見たであろう祐も理解しているからだろう。

 それ以上の事は口にせず、悠飛は輝へ声を投げかけた。

「輝、みんなを連れて先に教室に行ってもらえないかな?」

「教室?」

「ケイ達もいるんだけど、不安だと思うから。それに」

 言って、視線だけを窓際の三人に向けた。涙を流しながら吐きそうになっている女子生徒――土岐沙耶花をここに居続けさせるのは得策ではない。歩ける状態ならば、すぐにでも離れるべきだ。

 それに、カギを取りに行く為に今一度ドアを開けなければならない。生臭い臭いは漏れ、再び教師の遺体を目にする事になる。それは避けるべきだと思い、輝に目配せをしたところ頷いてくれていたので、どうやら伝わったらしい。

 輝は立ち上がって窓際に立っている男子生徒――黒田彰斗の方へ近付いた。

「彰斗、先に教室に戻っててくれん? 俺と悠飛で何とかすっから」

「……平気、なのか?」

 心配そうな彰斗の言葉に、輝はニッと笑った。それは、現状とこの場所ではひどく不釣り合いな笑み。勝算はあると言っているような、自信が見て取れる笑み。

 だからなのだろうか。彰斗は深く追求する事はせずに沙耶花と可純の二人を立ち上がらせ、支えるようにしながら自分達の教室に向かって歩いて行った。

「輝……」

「さ・て・と。いっちょやりますか!」

「……いいの?」

 躊躇いがちに問えば、輝は真っ直ぐに悠飛の方へ近寄って来ると、当たり前だろうと言わんばかりにニカッと笑った。

「悠飛一人、残してくわけにはいかんっしょ」

「ありがとう、輝。瀬戸内さんは……」

「アタシは、その馬鹿のお守り。アンタらが中に入ってる間、見張ってなきゃなんないでしょ」

 その馬鹿、と指したのは輝だ。

 どうやら止めるつもりはないらしい祐に、ありがとうと礼を述べる。危険な事に変わりはないが、友が居てくれるだけでとても心強いものだと思った。

 その間、会話に加わる事なく職員室を睨むように見ていたルネに視線を向けた。ルネは何かを探るように、ただじっとドアを見つめている。

「ルネ、どうかしたの?」

「あいつ、動きを止めたな。また喰ってる」

 喰ってるという言葉に、教頭の頭が喰われている映像が蘇り、腹の奥底から込み上げる吐き気に思わず口元を抑えた。思い出したくはないが、これから職員室に入らなければならないのだから、思い出しただけでこんな状態になっていては、とても先に進む事など出来ない。

 大丈夫かと、心配して声をかけてくれる輝に大丈夫と笑みを浮かべ、ルネの名を呼んだ。

「これから職員室に入るけど、ルネはあのファントムオーガを倒す事はできないんだよね?」

 それは、最初にルネと出逢った時にルネがドアを閉めてファントムオーガを足止めしていた事と、その後、何もせずに教室へ向かった事から推測していた。先程、説明を求めた時にも「ファントムオーガを生み出した鬼師を見つけて浄化するのが仕事」なのだと言っていた。その言葉から《ファントムオーガ自体を浄化する事は出来ない》のではないかという考えに至り、確信を持って訊ねれば、ルネは笑みを浮かべた。

「ファントムオーガの核になってるのは人間だかんな。根本を浄化しねえ限り、鬼は生まれ続ける。何度でもな」

 つまり、脅威は職員室の中に居るファントムオーガだけではないという事を示している。そうであるならば、今ここで危険を冒してまで職員室にカギをかける意味はあるのだろうか。

「今はとりあえず、こん中にしかいねえし増えるっつー確証もねえがな」

 まるで悠飛の心情を察知したかのようなルネの言葉に、悠飛は安堵に似た息をついた。

 考えは間違っていない。それが分かっただけでも心持ちが違い、とても軽くなったように思う。

「じゃあ、単純な作戦だけど、一応説明するね。職員室は、教室の倍以上あるから広さは十分だと思うんだ。だから、職員室の後ろ側から二人が先に入って、ファントムオーガを足止めする。ファントムオーガが教頭先生の机から離れたタイミングで、前側から入った人が机の傍にある保管庫からカギを取り出す。どうかな」

 本当に、一番単純で簡単で無難な作戦だ。故に、成功率も高い筈。

 簡素な説明をすると輝もルネもふむふむと頷いていた為に、きちんと伝わったらしい事には安堵した。問題は、誰がカギを取りに行くかという事。ファントムオーガは、恐らくカギに興味を示さないだろう。だから、一番安全なのはカギを取りに行く者だ。そうでなくとも、囮になるのだから襲われる事は必至で、最悪、喰われる可能性だってある。

 やはり、カギを取りに行くのは輝に任せるべきだろう。

「よっしゃ。んじゃ、俺と、この姉ちゃんで囮やっから。悠飛、カギよろしくな」

「え、カギは輝が……」

「悠飛より俺のが強いんやし、囮やるなら俺っしょ」

 その理屈はどうだろうか。確かに、悠飛よりも輝の方が腕っぷしは強い。刑事である七歳上の兄から、身を護る術として柔道と合気道を習ったという話だ。もっとも、その兄が自分のストレス発散の為に輝に技をかけていたというのが大半の理由だったらしいのだが。

 けれどそれでも、最短距離を通ってカギを取るだけの作業と囮、どちらが危険かは明白だ。

「けど……」

 巻き込んだ自分が一番安全という事が引っかかり、踏ん切りがつかない悠飛に、迷っている場合ではないと言うかのようにルネが口を挟んだ。

「どっちかっつーと、ユウヒよりヒカルっつーのの方がいいだろうな」

「ルネまで」

 よほど不安そうな顔をしているのだろうか。ルネが、子どもをあやすように頭を撫でてくる。その撫で方は優しくて、乱暴な口調のルネとは似つかわしくなくて、けれどとても心地の良いものだった。

「オレが一緒にいるから大丈夫だ。心配すんな」

 ルネの実力がどれ程のものなのかを、悠飛は知らない。けれどファントムオーガと対峙する事に慣れているであろう彼女が自信満々に言うのだから、信じるべきだろうと思う。今ここで、不安に思っているのは悠飛しかいないのだから。

 だから悠飛は微笑み、頷いた。

「輝、ルネ。お願い」

 信頼には信頼で応えねばならない。だからそう言うと、当たり前だと言わんばかりに笑みを浮かべる二人に、本当に頼もしく思う。

 職員室の後ろ側のドアの前に立ったルネは、右腰についているリボンの留め具のような、銀細工が施された橙色の楕円形の宝石――カーネリアンコアに触れると橙色の光が溢れ出し、橙色の光は棒状に伸びていき形を成していく。中心部にはリボンの留め具と同じ橙色の宝石が埋め込まれた、黒い棒状の十字架がルネの右手側に出現した。

 身長の三分の二ほどもある大きさの十字架を、ルネは握りしめる。十字架の短い部分を逆手に持っているので、まるで剣を握っているようだ。

 職員室の後ろ側と前側でそれぞれ待機し、顔を見合わせて頷くと、ルネがそっと音をたてないように後ろ側のドアを開ける。

 瞬間、生暖かく生臭い臭気が漂ってきてルネも輝も思わず眉を顰めた。けれど、それだけでは足を止める理由まで至らない。静かに中を覗き込めば、すぐにその姿を捉えた。黒い影のようなファントムオーガは、向かい合わせになった教員用の机が並ぶ二列の内の、窓側の列の更に窓際、教頭の机に一番近い机の上に座り、腕を食べている。

 バキバキと骨を砕いて、まるでスナック菓子を食べるように人の腕を食べている。

 この世のものとは思えない光景に怯みそうになるが、タイミングを合わせて二人同時に職員室の中へ飛び込み、ルネは窓側、輝は廊下側に立った。ダンッと足を強く床に下ろしてわざと音を立てれば、ファントムオーガはルネの方へ顔を向け、グルンッと顔を上下逆さになるように百八十度捻った。

「喰いてえんだったら来い!」

 大声でファントムオーガを呼び、持っていた黒い十字架の先で傍にあった机を叩くと、それが合図になったかのようにファントムオーガがルネの方へ向かって来た。

 座っていた机を一蹴りしてボールが投げられたように一直線に飛んで来るファントムオーガに、十字架を横に持ち、飛んできたボールをバットで捉えるようにファントムオーガを受け止めた。そのまま十字架を振り抜けば吹き飛ばされたファントムオーガは距離を取りつつもすぐに方向を変え、踏んだ教師の頭が割れるのも気にする事無く、今度は輝の方に向かって飛んだ。

 矛先が自分に向き、輝は咄嗟に近くの椅子の背に隠れるとファントムオーガはその椅子の上に降り立ち、輝に腕が伸びた所で、ルネがファントムオーガの背に跳び蹴りを見舞った。

 ルネ達が入って少し経った頃、悠飛は前側のドアを静かに開けて中を覗き見た。ファントムオーガは職員室の後方でルネと輝に交互に襲い掛かっていて、こちらに気付いている様子はない。

 今がチャンスだと、悠飛は身を屈めて音をたてないように教頭の机の方に歩いて行く。静かに、ゆっくり、けれど確実に近付いて行く。

 どれだけの血が流れたのだろうか。赤黒く変色した血で床が埋め尽くされており、踏む度に鉄の錆びた臭いが鼻につく。余所見をすれば人の姿とも取れぬ教師達に歩みが鈍ってしまう。なるべく遺体を視界に入れないように、真っ直ぐに前だけを見て歩いて行く。

 一歩、また一歩進んで行き、教頭の机へ近付けばそれが目に入った。教頭の机には、頭のない遺体がもたれかかるように座っている。もう、頭は喰い尽くされてしまったのだろう。心の中で冥福を祈りながら教頭の机を通り過ぎると、教頭の机の斜め後ろの壁に設置された、カギの保管箱が目に入った。

 戦っている音はずっと聞こえていて、ルネと輝がファントムオーガを惹きつけてくれているのが分かる。こちらに気付く事はないだろうと保管箱を開けると、タグのついたカギがフックにかけられ並べられている。その中の、職員室というタグのついたカギを取ればいいだけだ。

 三段七列のカギを左上から順に見ていけば、二段目の左から三列目、中央部にそのカギはあった。

 これを持って外に出れば、今回の作戦は終わりだ。すぐに職員室のカギを手に取り、保管箱の戸を閉めた時だった。

「悠飛!」

 切羽詰ったような輝の声に反射的に振り向けば、ファントムオーガが目前に迫っていた。

 音を立てた記憶はない。けれども、つい今し方までルネと輝と攻防を続けていた筈のファントムオーガの標的に自分がなっているという事は、何かしらのアクションを起こしてしまったという事。

 避けなければ。けれどもう、反応が間に合わない。ファントムオーガの、ぽっかりと空いた口にノコギリの刃のようなギザギザとした鋭い歯が見えた。

 喰われる。

 瞬間、ドスッと何かが突き刺さる音がし、カッターシャツの後ろ襟を掴まれたと思うと悠飛は思いきり後ろに引っ張られた。

 目にしたのは、教師達の机の上で前のめりに倒れているファントムオーガと、何かを投げたような手つきをしている輝の姿。そして、自分の首根っこを掴んでいる祐の姿だった。

「ボケッとしてないで、出るよ!」

 叱咤され、すぐに祐と共に走って職員室から出てドアを閉め、取ってきたカギをかける。後は輝とルネが出て来るだけだと後方のドアを見ていれば、転がるように輝が出て来て、その後、勢い良くルネも出て来ると、ルネはすぐにドアを閉めた。

「ユウヒ! カギ!」

 怒鳴るようなルネの言葉に、弾かれるようにルネの方へ向かうとすぐさまカギをかけた。

 直後、ドンッドンッと何度かドアや壁にぶつかる音と衝撃があったのだが、三十秒もしない内にその音は止み、外の雨風の音だけが響き渡る静かな学校内に戻った。

 これでもう、中に居るファントムオーガが出て来る事はなく、学校内にまだ誰かが残っていたとしても職員室を開けて犠牲になるという事もないだろう。

 ホッと安堵し、それから悠飛は、窓の傍で腰に手を当てて立っている祐を見る。

「瀬戸内さん、ありがとう」

「別に。アンタに何かあったら、アタシが残った意味ないからね」

 無表情を装うような不機嫌そうな顔の祐だったが、今の言葉から察するに、最初から悠飛の手伝いをする気満々だったという事だ。お守りだと口では言っていたが、何かあった時の為に居た方がいいと判断しての事だろう。

 そんな祐に微笑んで今一度お礼を言うと、顔を背けられてしまった。全ては、照れ隠しだという事か。これ以上は何かを言葉にすると怒鳴られそうだと思っていると、廊下のど真ん中で座り込んでしまった輝が祐に声を投げかけた。

「祐、助かったわ。やっぱ、祐が居てくれっと安心だな」

「当たり前でしょ。いっつも、アンタのお守りを誰がしてると思ってるわけ」

「ははっ、違いねーな」

 中学二年生で輝が転校して来てから、部活を通して仲良くなった輝と祐の絆は強い。それは戦友と呼べるようなものだったが、高校生になってから絆は変化したように思う。その事にお互い気付いているかは不明だが、友人よりもずっと深く近い距離感は微笑ましくある。口にすれば、きっと祐には睨まれるだろう。

 今回、残ると決めた理由は主に輝が居たからなのだろうと思うと、何だか納得してしまった。

 会話が一段落したところで、悠飛は床に座り込んでいる輝の傍へ近寄った。

「輝。さっきはありがとう」

「ん?」

「さっき、ファントムオーガに何か投げてくれてたでしょ」

 それは祐に引っ張られる前、何かがファントムオーガに刺さる音がしていた。そして、その直後に倒れたファントムオーガの背にペンが刺さっているのも確認している。あれを輝が投げたのだろうという事はすぐに分かった。

 そう言うと、へへっと照れたように輝は笑う。

「俺、兄ちゃんに連れられて小っちゃい頃からダーツやらされとって、ちょっとした特技でな、先が尖ってりゃ何でも投げられるんよ。さっきのは、机の上からちょっと拝借したボールペン」

 そこまで言って、少しだけ輝の表情が曇った。やるせない気持ちが溢れているような、目の細められた悼むような顔。

「どうせ、もう怒られんしょ。何しても」

 輝がボールペンを拝借した机は、廊下側の一番奥にあった机だろう。投げた時に、その机の傍にいたのだから間違いはない。そこは物理担当の教師の机で、右肩を齧り取られて椅子の背もたれに寄り掛かっている姿を見た。

 もう二度と話をする事のない教師。もう二度と、息をする事もないのだから。

「おい」

 不意に、ルネに声をかけられた。ひどく乱暴な言葉だ。

 いつの間にか、持っていた黒い十字架が無くなっていて、ルネに右腕を掴まれた。

「ちょっと付き合え」

「どこに?」

「他にファントムオーガがいねえか見て回んだよ。おめーがいねーと、また迷っちまうだろ。さっさと来い」

 何となく、ルネの言いたい事が分かったような気がする。

 腕を引かれながらも悠飛は振り向き、輝に声を投げかける。

「ごめん、輝と瀬戸内さんは先に教室に行ってて。僕も見回ったらすぐに行くから」

 最低限の事を伝えた直後にルネは左手側にあった階段を下り始めてしまったので、輝と祐の姿はすぐに見えなくなった。それでも速度を緩めようとしないルネはどんどん歩いて行き、転びそうになりながらも引かれるままについて行く。

 そのまま一階に下り、廊下を歩いて正面玄関前まで来たので、そろそろいいだろうと悠飛は口を開いた。

「ルネ、そんなに離れなくても大丈夫だよ。この辺り、人はいないみたいだから」

 辺りを見回しても誰かがいるようには感じられない。確認した訳ではないが、先程の悲鳴で誰も職員室に来なかったという事は、他に人が居ない可能性が高いという事を示している。

 そう言うと、ルネは漸く立ち止まり、振り返った。

「そっか。じゃ、ここでいっか」

 真正面から向かい合う。未だ腕は掴まれたままで、力強く握られている手を放す気はないという事だろうか。

「僕と二人きりで話って、何かな」

 手を引かれている最中に、悠飛は自分が連れて来られた理由を考えていた。

 根本である人間を浄化しない限り鬼は何度でも生まれ続ける、とルネは言っていた。つまり、職員室以外にもファントムオーガが居る可能性がある事は確かなのだろう。その為の見回りと言うのも、ただの口実という訳でもない。

 だが、それだけかと問われるとそうではないような気がした。それは、早足であの場から離れた事にあるような気がした。

 だから腕を掴まれたまま、思っているままに問いかければ、ルネは「へぇっ」と嬉々とした声を漏らして笑みを浮かべた。

 そして、掴んだ悠飛の腕をぐっと引き寄せて顔を近付けると、そのまま間髪入れずに悠飛の唇に自分の唇を重ねた。

「っ!?」

 突然のキスに驚きを隠せない悠飛だったが、悠飛が拒絶するよりも早くルネが唇を離して腕も放した為に、足の力が抜けるようにその場に尻餅をつく。

 自分の唇に手の甲で触れ、仁王立ちになっているルネを見上げる。

「な、んで……」

「姉様が言ってたんだ。キスっつーのは、好きなヤツにするもんだって。おめえの事、気に入ったからした。わりいか」

 こんなに堂々とした態度で、どうだと言わんばかりに初めて会った人から唇を奪うなどあるだろうか。悪びれる様子がないどころか、本人は至って真面目で、至極当たり前の事をしたと思っているところが何とも言えない。

 しかしながら、高校二年生にもなって、今のがファーストキスだったという事は黙っておこうと思った。

 そして、好きな相手と気に入った相手は別だろうと思うのだが、ルネの中では同じだという事だろうか。

 そこまで考えて、悠飛はかぶりを振った。

 もうこれ以上、キスの件に触れたくなくて話を戻そうと、悠飛は足に力を込めて立ち上がる。

「それで、話は訊いていいのかな」

「そうだったな」

 そう言うなり、再びずいっとルネの顔が近付いてきた。

 まさかもう一度キスをされるのではと身構えたが、息がかかりそうな程の近さで止まった為に少しだけ安堵する。

「ファントムオーガっつーのは、一つの目的の為にただ動き続けるもんだ。あいつでいやあ、喰いたいって事だけだな。喰う為に動き、喰う為に襲う。だが、おめえに向かって行った時だけは違った」

 悠飛がカギを手に取った時、ファントムオーガは輝の脚を掴み、足首から下を食べようと口を開けていた。ファントムオーガが離れるのが、あと二秒でも遅かったならば、輝の足は喰われていただろう。

 けれども突然、ファントムオーガはぐるんと首を回して後ろを振り返り、悠飛を見た。その直後には輝の脚を手放し、真っ直ぐに悠飛に向かって行ったのだ。目の前に居た輝を喰う方が確実だったと言うのに、それでも迷わず悠飛の方へ向かった。

 音を立てた訳でも、声を出した訳でも、目立つ行動を取った訳でもない。普通ならば相手にされないであろう悠飛が目標になったのには、何か理由がある筈だとルネは言っている。

「あん時、何かしたか?」

「なるべく音も立てないようにしてたし、特に何もしてなかったけど」

 ルネも気付いていないという事は、無意識に何かをしたという事もなさそうだ。

 思い当たる節がないと言えば、ルネも少し考える素振りを見せただけで悠飛から距離を取り、改めて悠飛を見やる。

「じゃ、もいっこな。あいつらに、変わった様子はなかったか」

「あいつらって、教室にいるみんなの事だよね」

「そうだ。鬼師っつーのは、見えてりゃそのまま浄化できるが、見えなけりゃ当てる必要がある。当てるにゃ情報が必要だろ」

 鬼が見えていれば退治できるけれど、見えなければ鬼を当てなければならない。

 命がけの出来事の筈なのに、それは、昔からある子どもの遊びの話をしているように聞こえた。ルネの口調が軽いせいかもしれない。彼女の言葉には、緊張感の欠片もないのだから。

「情報と言えるほどのものは今のところないかな。この状況だし、いつもと違うのは仕方ないよ。むしろ変わりないのは、中学の時から良く知ってる輝とケイと、多分、瀬戸内さんくらいかな」

「ふうん。ま、そうだよな」

 今、この学校は普通ではない。外は台風か嵐かと言えるほどの暴風雨。職員室では大勢の教師が惨殺されていた。そんな特殊で緊迫した状況下で普通でいられる人間など、そうはいないだろう。そう、今は正常である事が異常だと言えてしまう程の状況だ。

 教師の遺体を前に泣き崩れてしまった菜々。教室で悲鳴を聞いて脅えた、実紅とひまりと司。職員室の惨状に吐き気を催した沙耶花と、不安気な顔で沙耶花を宥めていた可純。彰斗はいつも通りに見えたが、あんなに緊迫した顔の彰斗は初めて見たように思う。

 そうでなくとも、皆、少なからず動揺していたであろう事は見ていれば分かる。

 思った事を正直に言うと、ルネも納得してくれたようだった。

「鬼師になった人の、見分け方ってあるの?」

「難しいとこだな。が、ファントムオーガを生み出す度にそいつの影は薄くなってく」

「影って、太陽の光とかでできる影の事?」

「そっちの影から生まれるが、薄くなんのはもう一つの方だ。言うだろ、存在感が薄いことを影が薄いって。ファントムオーガっつーのは、言わば鬼師の分身みたいなもんだ。生み出す度に存在が抜けんだよ、本人から。だから、どんどん薄くなってくんだ。影が、存在が。そしてファントムオーガの影よりも鬼師の存在が薄くなった時、鬼師は消える」

「消えるって……」

「文字通り消えるんだ。現世うつしよからも、記憶からも」

「記憶、からも……本当に、居なかった事になるんだ」

 それは記憶に限らず、写真や雑誌、インターネットに載った名前なども全て消去されるという事らしい。それはまるで、最初からこの世に存在していなかったかのように。そして、誰の記憶にも残らない為に違和感すら与えずに消え失せる。それが、影を消費して鬼を生み出すという事なのだと、ルネは言う。

 それも、本人の意思とは関係なく消えてしまう。鬼師となるきっかけもまちまちで、明確にはなっていないのだとか。何か嫌な事があった時、負の感情が強くなった時が危険なのだとルネは言う。

 ストレスが溜まり続け、爆発した時。激しく人を恨んだ時。哀しみに、苦しみに泣き続けた時。この世に絶望した時。特定の人物に強い恨みを持った時――。

 ただ一度、感情的になって殺したいと思っただけでも鬼師と化してしまう。

 つまり防ぐ方法はないという事だ。

 更に、鬼師と化してしまった人間を元に戻す事が出来るのは、テイマーのみだという話だ。

「流星河の日以降、この十二年で消えた人間の数は知れねえ。その事も憶えてんのは、影響を受けねえオレらテイマーだけだがな」

 マテリアが体の中を流れているテイマーは、強い光を体内に持っているのと同じ事となり、影の影響を受ける事は無いのだと言う。その為、浄化できずに消えてしまった鬼師の事も憶えており、消えた後にその正体を知る事も少なくないのだとか。

 今の世界はとても理不尽で、とても残酷なものだと悠飛は知った。

 閉鎖された学校と言う空間の中で、日常に戻る事など出来ないのだと、思い知らされたような気がした。


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