「スーパーの万引犯は小さな男の子」
最近『優しさ』について考えさせられる事が多い私。
きっかけは幾つかあるが、2つの例を抜粋したい。
1つ目の例。
コンビニで立読みをしていて、ある雑誌の表紙に目が行った私。
「結婚相手に求めるもの第1位:優しさ」
2つ目の例。
車内でたまたま流れていた歌手BUMP OF CHICKENの「ひとりごと」の歌詞。皆さんも一度聞いて欲しい楽曲でもある。
一部だが、引用という形で抜粋する一メロの歌詞。
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『ねぇ 優しさってなんだと思う 僕少し解ってきたよ
きっとさ 君に渡そうとしたら 粉々になるよ
ねぇ 君のために生きたって 僕のためになっちゃうんだ
本当さ 僕が笑いたくて 君を笑わせてるだけなんだ ごめんね』
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この2つの例であるが、『優しさ』と言う言葉を考えるキッカケに過ぎないので、雑誌や歌詞の内容などは、このコラムに関係性はない。
「そもそも『優しさ』って何?」
とてつもなく深い謎に陥ってしまった私。
そこで、「優しさ」という言葉から連想する内容を、筆者日下部の経験を元に具体的且つ現実的に幾つか挙げ自己分析してみる。
① 責めないこと
部下や後輩が失敗した事を責めずに、失敗を糧に成功への道筋を共に探る。
② 許してあげること
いくら関係が悪かった人でも、相手側からの呼応があれば、過去の悪いイメージを一新し、ゼロから親交を積み上げていく。
③ 望みを叶えてあげること
スーパーの万引犯が小さな男の子で、万引が悪い事だと諭した私は、その男の子に欲しがっていたお菓子を買ってあげた。
この様な内容が連想できたのだが、私はこの様な時に「優しくしている」と感じ、そして、この様な事をしてもらった時に、相手の人を「優しい人」だと感じている。
そう自己分析した。
そこで、3つ目の例を取りあげ、「優しさ」について具体的に考えていこうと思う。
先日、スーパーのお菓子売り場で周囲をチラチラと気にし、落ち着かない様子の男の子を偶然発見した私。
すると、その男の子はヒーローもののお菓子を、そっとポケットにいれたのだ。
5歳ぐらいの男の子だったか…。
普段であれば、子供にあまり興味がない上に、スーパーで大声をあげて泣く子供に、声をかけるなどの行為はこれまで皆無であった。
だが、その日はなぜか違っていた。
「僕?お母さんは一緒かな?」
突然話しかけた私を警戒し、後ずさりする男の子。
「一緒じゃない…。」
「お買い物?それともポケットのやつはどぉするの?」
私がその言葉を発すると同時に、男の子はスーパーの出口方面へと物凄いスピードで走り去る。
当然私は万引Gメンでもない上に、下手に追いかけて、私自身が変出者と取られては困ると思い、自分の買い物を続けた。
すると数分後、例の男の子が私を追いかけてきて、ポケットからお菓子を出したのである。
「いつもママが買ってくれないんだ…。だから…。」
男の子は、震える小さな声で私に呟いた。
「黙って持ってこうとしたの?」
「ぅん…。」と小さな声の男の子。
未会計の商品を、私を探してまで返しにきた訳だし、怒ろうか迷った私だが、「もしここで私が注意しなければ、男の子は将来もっと怒られ、痛い目に遭うであろう…」瞬時にそう思った。
「ダメじゃん!お金払わないと!もう絶対やっちゃダメだよ!」
「ぅん…。もう絶対しない!」
泣きそうな表情で決意を固める男の子。
「ちょっとあそこのソファで待ってなぁ!」
私はお会計を済ませ、男の子が欲しがっていたお菓子を、ソファで待っていた男の子にプレゼントした。
満面の笑みでお菓子を受け取った男の子だが、きっと彼は二度と万引をしないと思った瞬間であった。
この出来事が私の中に大きな変化と気づきをもたらせてくれた。
まず、今までの「優しさ」の概念が大きく変わった。
今まで私が、他人に怒られたり厳しくされて「優しい」と感じることもなければ、逆に私が怒ったり厳しくすることで「優しさ」を表現することもなかった。
「優しさ」には様々な種類や形があるが、望みを叶えてあげるのも「優しさ」であれば、望みを叶えてあげないのも「優しさ」。
甘やかすのも「優しさ」ならば、厳しくするのも「優しさ」。
ここでだ。全てのものに共通しているのが、「その人の為になるなら」という、「その人の為に向けられた想い」であることだ。
次に、今まで私に与えられてきた優しさを感じ、理解することができた。
今まで考えた事がなかったが、親や先生、会社の上司などは、嫌われ役や憎まれ役を買って出てまで、それだけ大きな「優しさ」を私に与えてくれていた事に気付いた。
最後に、「優しさ」は、与えた分だけ返ってくる。
心理学の格言にも表される様に、「与えた分だけ、自分に戻ってくる」や「人は貰った分だけ与えられる」という言葉があるが、万引犯になりかけた小さな男の子に身をもって教えられた瞬間であった。
私の考えの中では、
〜〜「その人の幸せを願う、純粋な想い」という事が『本当の優しさ』である〜〜
最終的にこの様な見解に落ち着いたのだが、私が究極的な「優しさ」に求める事は、この様な私のコラムを最後まで読んで下さった、あなたの「優しさ」に感謝していると言う事でこのコラムを一度閉じさせて頂く。
万引犯になりかけた小さな男の子は、私の中で「優しさ」についての見解を導きだしてくれた小さな小さなヒーローであった。




