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たどりつく場所

あてもなく彷徨う夏の旅人は森を抜けた波止場にたどり着き、一人の老人に出会った。


旅が旅としての意味を持ったとき、その遠景は色を持つー

 入道雲が膨張し、流動的に姿を変えていく。夏虫たちのノイズが溢れる森、むわりとする土の小道を抜けると、一面に大海が広がっていた。ところどころの亀裂から植物が生い茂るブロック階段をゆっくりと下って行く。

 僕は未だに旅に意味を見出せていない。現実から逃げ出すように家を出たはいいが目指す場所はなく、目に入った場所へと流れ着いているだけだ。

 離陸したはいいが、行き先未定の飛行機のようだった。今回辿り着こうとする場所も、そこに道があったから、という短絡的な決定方法によるものだった。

 この道であっていたのだろうか。半信半疑ながらも肩ほどに高い植物をかき分けて進むとテトラポットの城塞が姿を表した。そして、それらに沿うように整備されたコンクリートの波止場には陽炎が立ち上っている。僕はその空間の調和に息を飲んだ。

 波止場の先端には小さな人影が見えた。先客だろう。近づくにつれて、身なりがわかってくる。小さなクーラーボックスにちょこんと座り、麦帽を被っており、その背中から老人だとわかった。このような場所を知っているのだから、地元の人間なのだろう。

「こんにちわ」

最低限のマナーとして挨拶をする。

「おや、珍しいね。こんにちわ。旅の方かね?」

こちらへ向いた額は浅黒く焼け、幾重にも積み重ねられた皺が笑顔でクシャリと潰れた。

「ええ。今日はこの村を見て回ろうと思いまして」

ただそこに道があったから、なんて言える訳もなく、今日おこなってきた事実から逆算して理由を作った。

「こんな村、君みたいな若者が見るところなんてあるかね?」

「ええ。たった今見つけました。とても綺麗な海ですし、この場所も素敵です」

これに関しては、本当に心に抱いている思いだ。南中している陽の光が海面を揺らめかせており、波打ち際の浅瀬は海底まで見通せるほど透き通っている。これを綺麗と言わずになんというだろう。

「そう言われると、嬉しいねぇ。まぁまぁ、隣に座んなさいな」

そう言うと、クーラーボックスをずらし、彼の右隣を空けてくれた。

 担いだリュックサックを下ろし、折りたたみ椅子を取り出す。失礼します、と腰を下ろした。

「今日は釣れていますか?」

「まぁ、まぁだね。食う分は釣れたよ。みるかね?」

老人は立ち上がろうと腰を浮かしたが、魚に関して詳しい話ができるわけでもないので、いいえと断る。そして、僕を舐め回すように見ると、不思議そうに言った。

「キミは…釣らんのかね?」

そういうのも当たり前だ。僕は釣竿を携えていないのだ。

「経験がなくて」

僕の言葉に、老人は目を見開く。

「ええ? それなのにわざわざ来たのかね。こんなところ、誰もこないよ。なかなか物好きだねぇ」

確かに、この盛夏の真昼時にこんな名も知らない波止場にわざわざやってくるなんて不思議で仕方ないだろう。しかし、それは老人も同じだ。

「あなたが来てるじゃないですか。それに、こんな暑い時間帯にわざわざ釣りに来るあなたも”すきもの"ですよ。それに、持ちきれないほどの大物を釣った時に、持ち帰るのも一苦労な場所じゃないですか。さっき通ってきましたけど、この村にはちゃんとした漁港もあるじゃないですか」

と冗談めいて言ってみる。”好き”と”数寄"をかけてみたが、気づいてくれただろうか。

「…大物ねぇ」

と思いに反し、違う部分に食いつかれた。逆に面食らって戸惑うと、老人は竿をゆっくりと引き上げた。

「あら残念。食い逃げだ…」

竿を地面に置くと、老人は指を組んで顎を乗せた。

「…実はね、ここにわざわざ来ているのは、”主”を釣ろうと思ってるからなんだよ」

「”主"?」

脳内の予測変換が一瞬思い浮かばなかった。きっと、場違いすぎたためだろう。しかし、その口調や状況から推測される”主”はそれしかなかった。

「主…って。ここは海ですよ。池や湖じゃないんですから、明らかに無理ですよ?」

「どうだろうね?」

冗談ではないことが皺くちゃの笑みからみてとれた。

「さすがに広すぎますし、それだとマッコウクジラを釣る事になりますよ」

「それでもいいじゃないか。池だろうと、湖だろうと一緒じゃないか。限りなくゼロに近いかもしれないが、ゼロではないというのは」

「そう言われればそうですが」

「という理由は、まぁ半分冗談だよ」

先ほどより皺が深い。一杯喰わされていたのはこちらのようだった。

「では、どうしてここに?」

「まぁ、建前の理由なんて何でもよかったんだよ。見ての通り、私は老い先短い老人だ。こうして与えられた余生は、どうなろうと最終的に向かうのは死だ。何もせずに死に向かうなんて、なんのために生きているのかわからないじゃないか。それなら今すぐにでも死んだほうが自分とにとっても、社会にとってもエコだろう? だから、こうして釣ることを生きる意味として理由付けているのさ」

エコという言い方に違和感を覚えるも、優しい口調ながらも自分にもその言葉は突き刺さった。

「だからね、主を釣るっていうことより、生きるための理由として辿り着いたのがこの場所だったんだ。先に主を釣るのが先か、かみさんに釣られるのが先か。あぁ、かみさんってのは、死んだ女房と、神様の両方だね。自死で命を切り捨てる事は簡単だけど、後生たちが後味悪いしね。まぁ、今じゃ建前じゃなく、心から”主”を釣りたいと思っているんだけどね。…まだ先も長いのに、こんな変な話しちゃってごめんね。旅のお兄さん」

「いいえ、そんなことはないです。ただ、なんとなく」

「なんとなく?」

「自分が旅をする理由にようやく気付けたかもしれません」

「おや、そうかい」

「ええ。今までは、旅が現実逃避の手段として最も手っ取り早かったから、ただの逃げる口実になっていました。でも、旅に飽きるということはありませんし、自死を選ぼうと思っていないということは、旅をすることに本質的な理由があるからです。

 …きっと、これ以上ない絶景にたどり着くためなんです。もう、死んでもいいくらいの。そこにたどり着くために、僕はこうして旅を続けているんだと思います。この広い世界で、その場所にたどり着くのが先か、時間切れで召されるのが先か。そう考えれば同じような気がします。これが、僕が旅をする、果ては生きる理由なんだと思います」

「旅と逃避の違いに気づけたのだろうね」

僕は現実という闇から逃れることを旅と定義していたようだが、それは違った。その旅の結果として、僕は逃げた先の靄の中で苦しみ続けていた。逃げたとおもっていたはずが、実際には迷っていたのだ。

いま、まさにこの瞬間。この波止場は靄の中の世界ではなく、本当の意味で旅先となったのだ。

「そうとわかれば、時間は無駄にできないね。早く次の旅に行きなさいな」

「ええ」

「君もいつか、その場所にたどり着くはずさ。言っただろう。限りなくゼロに近いかもしれないが、ゼロではない」

未だ”主"に出会わずにいる老人が信じ続けるように、いつか僕も終わりの地にだどりつけるのだろうか。幸いにも、彼よりも長い人生が目の前に続いてるのだ。信じて続けていけば、見つけ出せるかもしれない。

「そうですね。では、行くとします」

僕は立ち上がる。

「会えて、嬉しかったよ」

老人に手を差し伸べられる。僕は応じ、握手をした。

「僕もです。主、釣れるといいですね?」

「まだ早いよ。…あぁ、わしも新しい目標ができた」

「なんです?」

「絶景、見つかったらまた来ておくれ。そして、その話を是非聞かせて欲しい。それまで待っているよ」

「はい」

不思議な気持ちだ。先ほどまでは、うだるような暑さの単なる波止場に見えていたはずなのに、その陽炎にゆらめく直線は次の旅への滑走路へと姿を変えたのだ。

僕は振り向くことなく、波止場を駆け抜けていく。きっと老人には、次なる旅へ向かうため滑走路を助走していく航空機のように映っていたに違いない。

 自分の見たい景色、書きたい景色を描いた結果、ストーリー的にはよくある話になってしまいました。

 真夏の誰もいない秘密の波止場って、昼夜問わず、なんかいいなって思いました。小さい島に旅に行く事が好きな人はわかってもらえるかなと思います。


 彼が飛び立つ先は、皆さんのご想像にお任せしたいと考えています。


 一応、僕なりの結末も用意しましたので、たどりつく場所が知りたい、と思われる方は、次のータイム・トラベルドーにお進みください。話の最後に結末が追加されています。加えて、「あとがき」で、この話が浮かんだきっかけ(笑)についても少し言及しています。


続きを読まない方も、どうぞ、この物語の未来に馳せていただければ、と思います。


では、また次回。

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