救急
恋人と出逢う前の自分には、自殺願望があった
不眠に悩み将来に不安を感じ、友達や家族、その頃の恋人からの裏切りなど、全てに押し寄せられどうにもならなくなっていた
とにかく苦痛の少ない死に方を調べたりできるだけ誰かに迷惑をかけなくて済む死に場所を考えたり、そういう事に時間を費やしていた時期があり、決行を冬と決めてそれまで身辺整理をしていた
そうこうしている内に何とか不眠と睡眠薬から抜け出し、辛い経験は思い出に代わり始め、間もなく始まる冬を目前に、死にたい気持ちは薄らいだ
薄らいだだけで無くなった訳ではなかったが、死への恐怖の方が勝つまでとなり、それから約二年、今の恋人と出逢った時には死にたいなどという気持ちは消えていた
自分はメンタルが弱くもしかしたら、自分でも気付かない程度に鬱なのかも知れない、普段隠れて出て来ないが、何かあればドカンと大きな音をたててバランスを崩す
だが今は死にたいのではない、死にたくないのに死ぬからこそ、罰だ、死にたい人間に死に至る病など、ご褒美に値するだろう
自分は生きたい、恋人と共に
手術後初めて恋人と体を交わし、その気持ちはまた強くなった、恋人と離れたくない、あの人を大切にしたい、二人で償う方法を、見つけたい
あの子は許してくれるのだろうか、のうのうと幸せに生き、子供を産みたいと願う自分を
許されるとは思えない、死んでも許して貰えない程の事をしたのだ、ガンを知らせる為に自分の所に来てくれたなんて、自分勝手な妄想もいい所だ
仕事が終わった更衣室で、備え付けられた椅子に腰かけ一人考え込む、早く帰らなければ恋人も帰って来る、夕飯が遅くなってしまう
立ち上がろうと足に力を入れた途端、体に激痛が走る、踏ん張る事もできず椅子ごと倒れ込む、かなり大きな音がして、床で頭を打ったのか、意識が霞む
誰かが入ってきて驚いている、誰だろう、自分の名前を呼んでいる、返事をしているのに、わかってもらえない
「救急車!!!」
とまた誰かが叫ぶ、自分が乗るのだろうか、やめて欲しい、恋人のご飯を作らないと、しばらくすれば落ち着くから
そう訴えても自分の声は誰にも届かない、体の激痛に身をよじり、我慢しきれない痛みにされるがままになっていた




