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伯爵夫人の大掃除  作者: こうが


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3.それぞれのジャッジメント

【伯爵家サイド】

「おう、レオ、未来の花嫁はどうだった?」


 アンドレアとの顔合わせを終えて、ブラックリッジから戻ったレオンハルトを厩舎で待ち構え声を掛けたのは、伯爵のヴォルフラムだった。

 愛馬のラッセルから降りたところだったレオンハルトは父に向き直った。


「父上、ただいま戻りました。――アンドレア嬢は……激しい炎のような方でした」

「そうか、そうだろうなぁ。あの火のような度胸には毎回驚いたもんだ。単騎で敵陣のど真ん中に突っ込んでいった時は肝が冷えたぜ」

「そうでしょうね……」


 凝り固まった首を回しながら呟くヴォルフラムは砦の方角を見詰めていた。

 アンドレアと同じ日に砦を出てホワイトリッジ領に戻ったヴォルフラムは、連日執務室に閉じこもり何やら忙しそうにしていた。

 彼が屋敷に戻って早々にレオンハルトの婚約が発表されたため、レオンハルトを始め、使用人達も伯爵家代替わりと婚姻の準備だと思っていた。

 その父が久しぶりに執務室を出ていることに、レオンハルトは内心で驚いていた。


「ああ、ジャック、ラッセルを休ませてくれ。それと、ブラックリッジから新しい馬がくるから迎える準備を。父上、部屋に戻りますか?」

「……庭で話すか。家ん中は堅苦しくってな」


 外にいた馬丁に指示を出したレオンハルトは、ヴォルフラムに向き直った。

 ヴォルフラムは厩舎から屋敷に戻る道ではなく、庭に続く道をレオンハルトに示した。

 華美ではないが整えられている低木の間を歩きながら、親子は言葉を交わしていた。


「で?お嬢に何て言われた?」

「結婚式当日、一族を引き連れて留守にしろ、と。あとは、屋敷の見取り図と使用人達の情報を用意するように言われました」

「何をやろうとしているんだろうな。……本来なら婚約期間に渡すべきではないかもしれんが、まあいい。見取り図はお前が用意できるな?結婚式直前に渡せ。使用人の情報は俺が調べていたものを渡す。次に会う日に持って行け」

「よろしいのですか?」


 アンドレアに頼まれた情報は、内密に連携するつもりでいたがそうする必要もなさそうだ。

 レオンハルトはヴォルフラムの決断に少なからず驚きを隠せなかった。

 ヴォルフラムはレオンハルトの表情に小さく笑った。


「確実な証拠を掴むのに時間がかかった。……いや、想像もしていなかったんだ。血縁でありながら対立するあの家と関係があったとはな」

「母上の侍女の関係者でしょうか?」

「そうだ。本人は知らんだろうが、両親は、と言うより父親は、娘をお前の妻にして一族に影響力を持ちたいと画策していたようだ」


 レオンハルトの婚約者に、と強く推されていた少女は、ホワイトリッジ伯爵家と鉄の事業で対立する家と関係があった。


「母親の方がな、血筋はあの家の末端もいいとこだったんだが、何度も養子に出されてて関係を調べるのに時間がかかっちまった。あの子のことは、小さい頃から知ってるからな、無関係だと証明したかったんだが……」


 少女の父親がレオンハルトの曽祖父に仕えていた騎士の家系の一人だったため、少女自身幼い頃からホワイトリッジ領の騎士団に出入りしていた。

 彼女はレオンハルトに恋心を抱いているだけで、両親の応援は純粋な恋心に対するものだと思っていたようだ。


「浅はかな奴らだ。あの子もなぁ、交流を深めていた相手が対立する家門の奴らだと気付かない辺り、お前の妻にはなれん器だろうな」

「……父上は血縁の情で救済を考えていたのでしょうが、そんなもの必要なかったようですね」


 レオンハルトの声は低く、その裏に潜むやるせなさがヴォルフラムには堪えるものがあった。


「構わん。お嬢はな、勝ち筋が見えない戦いでも突っ込んでいく。向こう見ずなだけだと思えば、お嬢にしか見えない勝ち筋がちゃあんとある。あの戦い方は、俺たちにはできねえからな。……外からくるお嬢がさっさと覚悟を決めたんだ、俺達も肚をくくる時がきたんだろう。――情けねえ親父ですまんな」


 婚約者とはいえ、結婚式前に使用人達の情報を渡す決断をした父に、レオンハルトは重い溜息をかみ殺した。


「情けない、と思ったことはありません。アンドレア嬢に言わせれば、私達は騎士道を貫こうとしているだけだったのでしょう。誠実が伝わる相手ではなかった……」

「そうだな。俺達は、騎士道を誇りにしていた。知らず、それを他人にも求めていた。相手は騎士じゃあないのにな」


 二人は口を閉ざし、暫く庭を眺めていた。

 視線の先にはレオンハルトが生まれた年に植えたホワイトオークがあった。

 低木が多い伯爵家の庭で、その木は大きく成長していた。

 ヴォルフラムは光を浴びる大樹を目を細めて見詰めていた。


「また来月、お伺いしてきます」

「おう、さらけ出して来い」


 ヴォルフラムは自分より高くなった息子の頭を、傷跡が残る手でがしがし撫でた。

 レオンハルトは抵抗する素振りもなくその手を受け入れていた。

 伯爵家が、覚悟を決めた瞬間だった。



【子爵家サイド】

 アンドレアの結婚が決まってから子爵家では慌ただしく準備が進められた。

 持参する荷物の選別やウェディングドレスの作成など、時間との勝負だった。

 スマラグダの指揮の下、乳母のマリアや姉のジョアンナまでもが駆り出され、毎日のように邸内を駆け回る音が響いていた。

 全ての準備が整い、アンドレアが嫁ぐまで残り数日となっていた。


 人の出入りが落ち着いた頃、アンドレアの部屋では手先が器用なジョアンナが妹のために普段着をアレンジしていた。


「レア、ちょっと着てみてくれる?どうなるか分からないから一人でも着られるようにしてみたの」

「姉上……お忙しいのに、ありがとうございます」

「いいのよ。伯爵家の話は私も聞いているから。……そうね、貴女のことだから仕込みは終わっているのかしら?」


 鏡の前でワンピースのチェックをしたジョアンナは、鏡越しに妹の瞳を見つめて微笑んだ。


「さすがは姉上です、予想をしていましたか?」

「貴女の性格ですもの、耐えてあげても三日、といったところかしらね」


 ジョアンナはアンドレアより背は高いが、アンドレアと同じく柔和な笑顔とおっとりした口調の、物静かで慎重な性格だった。

 緊張しやすく心配性な所はあるが、彼女は決して気が弱い訳ではない。

 その事実を知るのは実際にジョアンナに対面したことがある人々のみだった。


「はい、レオンハルト様から使用人達の情報は入手しました。見取り図は結婚式直前になるそうです」

「そう、見取り図はそうでしょうね。気になる子達はいた?」


 ジョアンナがアンドレアの着ているワンピースの裾を器用に縫っていく。

 アンドレアは動かずにその針の行く末を見ていた。


「私の侍女候補になっている者達の中に、グレイル家と関係がありそうな者がいました」

「グレイル……ああ、貴女に縁談を持ち掛けてきたところね。ホワイトリッジの鉱山も欲しがっていたわね」

「ええ。本人はどうやらレオンハルト様に憧れているようですよ。私は彼より年上ですから、それも気に入らないようです。レオンハルト様の妻の座を狙っているようですが……。本人は自分の家族とグレイル家がどう繋がっているか、深く考えていないみたいですね。自分の立場も、グレイル家にどんな思惑があるかも知らないそうです。まぁ、母親も娘の恋を応援する、としか思っていないそうですが」


 アンドレアのワンピースを縫い終わったジョアンナは鏡の中で目を見開いた。


「そんなことあり得るの?罠ではなくて?」

「いいえ、彼女の母がグレイルと近しいようですが、なぜ交流を持つのか疑問にすら思っていないようです。彼女の父親の方がレオンハルト様との血縁関係があるために色々と夢みたようです」


 呆れたように息を吐くジョアンナは首を振った。


「全く、伯爵家の騎士道もご立派なことね。レア、貴女なら大丈夫だと思うけれど……。どうにもならなかったら報せなさい。剣は貴女より強くないけれど、取り返しに行く覚悟はあるわよ」

「ありがとうございます、が、ご心配には及びません。レオンハルト様を支えると決めましたから」


 真っ直ぐに鏡の中のジョアンナを見詰めてアンドレアは微笑んだ。

 もうすぐ家を離れる妹を、姉は強く抱きしめた。


「そう、決めたのなら頑張っていらっしゃい。準備は全て終わったのかしら?」

「殆ど終わりました。あぁ、一枚袋を作ってくれませんか?レオンハルト様から初めていただいた鹿で干し肉を作ったんです。それを入れる袋が欲しくて」


 アンドレアは盆の上に置かれた皿を示した。


「あら、上手にできたのね」

「はい、塩が強いのでワインも持ち込まないといけません」

「いいわ、袋はすぐに縫うから待ってね。ワインもいいものを持って行きなさい。決戦前夜に景気づけでもすればいいわ」


 笑うジョアンナの顔を見詰め、アンドレアは自分と似ている場所を探していた。

 アンドレアの波打つ黒髪を撫でるジョアンナの髪はきっちりと結い上げられているが、真っすぐと背に流れる髪を羨ましいと、幼い頃から思っていた。

 アンドレアの剣ダコのある手と、ペンだこのあるジョアンナの手がしっかりと重なった。

 アンドレアの丸い瞳とよく似たジョアンナの瞳が交差した。

 その瞳の奥は、二人共よく似ている、とアンドレアは思った。


「姉上、私は貴女の妹でよかったと思います」

「あら、嬉しいことを言ってくれるのね。――私も、貴女の姉でよかったわ。生まれた時から知っているから、貴女の手の内は全部分かっているもの」

「だから、ですよ。戦わない道を素直に受け入れられる貴女の強さは私には真似できない」


 悔しそうに俯く妹の背中を姉は一度強く叩いた。


「当たり前よ、私は貴女のように剣の腕は上がらなかったし、無謀な戦い方はそもそも考えないわ。そして、今の伯爵家に必要なのは貴女なの。――胸を張って向かいなさい、アンドレア・ブラックリッジ。覚悟を決めたなら怯むことは許されないわよ」

「……はい!」


ジョアンナは力強く頷くアンドレアに笑いかけた。


「さあ、もうすぐ嫁いでしまう貴女の計画を聞いておきましょうか。どうするの?」

「まぁ、取り敢えずは鉄鉱石の採集所で燻っている火種を解決する必要があるみたいです。件の娘の父親がいる採集所で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()表面化するようです」


 調査を進めていく中でヴォルフラムが突き止めた事実をアンドレアに伝えた時、レオンハルトは深く項垂れていたことを思い出す。

 その背を支えたい、と思った時、改めてアンドレアは覚悟を決めたことを思い出した。


 「ありがとうございます、姉上。嫁ぐ日まで、鍛錬は欠かさないようにします」

 

 部屋に立てかけた剣に視線を向け、アンドレアは結婚式までの過ごし方を決めたのだった。



砦を中心に考えると

ブラックリッジ領(北部)↔砦↔ホワイトリッジ領(東部)

王都は南部のような位置関係。

伯爵家は初顔合わせの時、子爵家は婚約期間終了直前のイメージ。婚約期間一年位。


ジャック(馬丁)ラッセル(馬)です。もう一人追加するならテリアだったけど増えなかった。

そして次こそ結婚式当日に…いきたいなぁ。


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