動き
西暦2727年11月 地球統合本部中央研究所所長室
「休憩されてはどうですか」
所長室の横にある給湯室からコーヒーカップの載ったトレーを持って出てきた白衣姿のカオリ・マシス主任研究員は、デスクでモニターを見つめるノーリス・ノジマ研究所所長に声をかけた。そして、そのまま応接セットに行き、テーブルにコーヒーを2つおいた。
「ありがとう」
ノジマは強くまぶたを閉じ、マッサージするように指を当てた。そのあと背を伸ばしながら立ち上がると応接セットに移動し、ソファーに座った。向かい側にマシスも座る。
「今日も何も変化はなし、か」
言い飽きた言葉と共にノジマはコーヒーカップを手にとった。そしてゆっくりと口に運ぶ。
「ヴァリアブルシップのマーカーが消えていないと言うことは、活動中と考えていいのですよね」
マシスはそう言いながら自分もコーヒーカップに手を伸ばした。
「そう願いたいな」
「万が一、マーカーが消えたら?」
「送り出したハンドラーがいなくなったということだ。そうなれば、コントロールが出来ない状態のVN-2082の行動次第では、そのまま干渉が続く可能性がある。万が一暴走し人類そのものを絶滅させるようなことが起これば、今のこの時間が存在しなくなるかもしれん」
マシスはコーヒーカップを両手で持ったまま動きを止めた。
「気付く事もなく消える、と言う事ですか?」
「そうならないように、マーカーの確認ができなくなった時点でVN-2082を強制終了させる。もっとも、それまでに干渉による変化がこの世界に出ればいいのだが、そうでなければどのみち終わりに違いはない」
「所長は干渉による変化がどのように現れるとお考えですか?」
「それもわからんな。まぁ、それだけ無鉄砲なことをしていると言うことだ」
シヴァル計画の発動は全人類による投票が行われ賛成された。しかし、それは未来への希望ではなく、投げやりな絶望から来るものだったのかもしれない。マシスは両手の中のコーヒーを見ながらそう思った。
「タイムウェーブの凪がいつ終わるかわからん。また、もしも干渉による変化が起これば巨大なストームになる可能性もある。そうなればヴァリアブルシップにつながった紐が切れて永遠に回収不可能となる。そうならないように成功不成功にかかわらず、彼女らをこの時間に戻すことを優先しないとな。失敗したとしても彼女らが悪いわけではないのだから」
ノジマはコーヒーカップを持ったままたちがると、デスクの後の大きな窓の前に立った。
そこからは研究所周囲に植えられたサクラの木を見ることができた。
ノジマがこの研究所に着任した当時、サクラの木はまだ本物だった。しかし、木は枯れ、花が咲くことはなかった。そしてその後、作り物に代えられたのだった。
それでも本物のように見えるサクラの木を覆う葉は、わずかな風を受けて太陽の光の中でキラキラと輝いていた。
「くれぐれも波の変化には気をつけるように。干渉による変化の現れを少しでも見逃さないために」
「分かりました」
マシスは手にしていたコーヒーカップをテーブルにおくと、葉の反射を受けて背筋を伸ばして立つノジマの後ろ姿を見た。
『わたしの背もあんなにしっかりとしているのだろうか・・・』
マシスは自分の気持ちの揺らぎを感じていた。
2083-12-15 ヴァリアブルシップ メインルーム
「動き出しました。急速に上へ移動しています」
モニターを見るユーリが緊張した声を出した。
「いよいよ、攻勢開始ってことか」
ユーリの隣に座っていたアスがシートから立ち上がると、アイナに視線を向けた。シロウも同様にアイナの指示を待っている。
「再構築発現の確認はできないか?」
「まだありません」
「仕方がない。見物に行くぞ」
アイナはシートから飛び出すように立ち上がると、髪を束ねながらC・コクピットへと向かった。すぐにアスとシロウも続く。
コクピットのハッチが閉まり、ユーリのヘッドセットにアイナの声が流れた。
「やってくれ」
「スキャン開始・・・。インサート」
ユーリの言葉とともに、3人の意識がそれぞれのVN-2082に突き刺さった。




