第十二話 突然の討伐と、感謝の晩餐
朝は少しだけ肌寒かった。
宿の裏手から立ちのぼる白い息を見て、アルルは季節が確実に進んでいることを実感する。
今日は、商売道具である水飴をすべて仕上げる日だ。
疲労回復用、風邪・頭痛用、そして昨日入手した薬草を使った、腹痛にほんの少し効くものを作るのだ。
今日で全部作り終えておく。
老婆にお願いして鍋を二つ借りてきたのだ。
アルルは袖をまくり、鍋を三つ並べた。
「クロノ、今日は大仕事よ」
「うん、任せて」
クロノは頭が良いし手際も良い。
共に過ごすようになってからまだそんなに経ってはいないが、とても賢い子だというのはわかる。
実際に作るのはまだ無理だが、水飴をつくる手順やそれぞれの薬効なとほぼすべて覚えている。
将来はとても賢い子になって、それなりの仕事に就けるのだろうな、とアルルはちょっぴり誇らしく思えた。
◇ ◇ ◇
三種類の水飴が完成した。
水飴の原液を絞り出した粕は、今まで乾燥させて馬や鶏などの餌や畑の肥料にと農家などに譲っていたが、今日は試しにハナに食べさせてみる。
大麦と雑穀と薬草なので、元は食べれるものばかりだが、ハナはどうだろうか。好んで食べるようならば餌代が少し浮くので助かるのだ。
宿のそばに繋いでいるハナの元へ行き、桶に入れた搾りかすを差し出してみる。
ハナは不思議な物を見るようにしばらくじっと眺めていたが、やがて少し匂いを嗅ぎ、食べ始めた。
もぐもぐとこちらを見ようともせず食べている。かなり食いつきが良い。
これならハナの栄養補給にもなるし、餌代の節約にもなる。良かった。良い事づくめだ。
アルルは再び宿に戻る。
空き瓶全てを並べ、少し冷めた水飴を慎重に瓶に詰めていく。
「クロノ、この疲労回復の瓶には赤い紐を結んでね。頭痛のは青、腹痛のは黄色でお願いね」
「わかった」
赤青黄色の紐の束を丁寧に解き、三箇所に分けられた瓶のそばにそれぞれの色の紐を置いていく。
効能は違えど、色は同じなので、間違えないようにするために考えたのだった。
当初は制作日を管理するのは物だったが、そこは紐にコブを作る事でわかるようにした。
作業の途中に軽く食事をとり、蓋を閉め終わり紐を結んだ瓶を一本ずっと藁に包む。
それをさらに藁を敷き詰めた木箱に割れないように詰める。
これで、やっと商品が完成した。
気がつくと陽が落ちかけていた。
「クロノ、疲れたでしょう。少し眠ったら?」
「うん、そうする」
先程から目がしょぼしょぼしていたクロノを気遣い、ベッドの布団を上げる。
クロノはよじ登り布団を被るとすぐに眠った。少しずつ体力はついてきているが、やはりまだまだのようだ。
◇ ◇ ◇
アルルは借りていた鍋を洗い、老婆へ返却に向かった。
とても助かったので、老婆にも水飴を渡したいと預かっていた瓶に水飴を入れ、鍋と共に老婆を訪ねた。
「鍋ありがとうございました。助かりました」
あとこれお礼の水飴ですと、老婆の瓶を置いた。
「こっちこそありがとうね。年取ると水飴作るのも面倒になってねぇ。昔は私もよく作ってたんだけど」
「なかなか目が離せないですものね。私は最初失敗ばかりでした」
「まあ女一人で生きていくなら手に職はあった方がいい。剣もいつまで持てるかわからんしな。あの子も居るしねぇ」
「そうですね。最初は一人だったんですけど、いつの間にか一人と一頭増えてしまいました」
ふふふとアルルは笑う。
旅してわかったが、年配の方は男女問わず話が上手でついつい色々話をしてしまう。
晩にまた来ますとお礼を言い、老婆宅を後にしようとした時。
ブルルルルッ!
大きな獣の雄叫びが聞こえた。
町人があちこち逃げまどっている。
アルルは何事かと腰の剣に手を遣る。
周囲を観察すると、町の外から魔獣が入り込んできたようだった。
「あれは……凶暴化したホーンボーンか」
先日倒したシシボーンとは違い、ホーンボーンは牛型の魔獣である。
元はシシボーンと同じく大人しいが、魔力を吸収しやすい特徴があり、強い魔力に触れると一気に大きなツノを生やし凶暴化して人や家畜を襲う。
ホーンボーン自体は大陸全土に生息し、単体で行動するので、凶暴化した個体がいつ出没するか分からないのが難点である。
このホーンボーンも何か魔力を浴びる機会があったのだろう。それがまたまたこの付近に生息していただけ。
このまま放置すると怪我人が出る。
町に警邏や逗留中の冒険者も居ない。
仕方がないので倒すことにする。
…それにホーンボーンには少し思うところがあるのだ。
「みんなできるだけ遠くへ逃げて!逃げられないなら出来るだけ頑丈なところで身を隠して!」
アルルは避難を促すため叫んだ。
すぐに人気が無くなり、ホーンボーンの荒い息と唸り声、イキリたった蹄の音が聞こえる。
ホーンボーンは強いが、倒し方は簡単だ。
基本的に突進しかしてこないので、足止めしている間に刺せば良いのだ。
アルルを見つけたホーンボーンは、前脚を鳴らすと、勢いよく突進してきた。
アルルはギリギリでホーンボーンを飛び越えると、背後から心臓のある横腹を突き刺した。
ブオオオオオッッッ!と断末魔をあげると、ホーンボーンはその場にドスンと倒れ込んだ。
◇ ◇ ◇
「いやぁ、旅立ちの前にすまないねぇ。ほら、シシボーンの釜焼きローストだよ。たくさん食べておくれ」
「ありがとうございます。美味しそう…」
「お婆ちゃんありがとう!」
アルルとクロノの前に、大きなシシボーンのローストがどかりと置かれた。
アルルは早速フォークを突き刺して大きめに切り分けて口に入れた。
刷り込まれた香草と旨みの含まれた肉汁と脂身が、老婆特製の甘辛いソースと絡まってとても美味しい。
しばらく二人は無言でローストを食べた。
「しかしアルルさん、あんた強いんだねぇ。あの暴れ牛を一撃で倒すなんて」
「私の住んでいた所でも時々出ていたので。ホーンボーンは体力もありますから、さっさと倒してしまう方がいいのです」
「へぇー凄いんだね。僕寝てたから分からなかった」
クロノはあの騒ぎの中でもしっかり寝ていたらしい。ハナもどうやってか分からないが、宿に入り、クロノの側でじっとしていたらしい。
クロノもハナも変に度胸があるらしい。
「暴れ牛まで貰っちゃって悪いね。ありがたく町のみんなで分けて食べるよ」
「いえいえ、こちらこそ旅の保存食をたくさん頂いたので助かります。ツノだけは貰いましたし」
あの騒ぎの後、町人達に感謝され、旅の途中にと色んな保存食を貰ったのだ。
これで食費が浮くのでありがたい。
それにホーンボーンのツノは工芸品の原材料になるので、大きめな町に着いたら売ろうと思っている。
◇ ◇ ◇
食後、火を囲みながら少しだけ話をした。
「次はどこへ行くんだい?」
「塩の道をもう少し進んで、小さな町をいくつか回る予定です」
「いいねぇ。あんたの水飴なら、どこでも喜ばれるさ。腕も立つしねぇ」
老婆はクロノを見て言った。
「クロノもしっかり手伝うんだよ」
「うん。頑張る」
クロノはニコニコと笑う。
アルルと老婆もつられて笑った。
◇ ◇ ◇
翌朝、宿の老婆は昨夜のローストを挟んだサンドイッチが沢山入ったバスケットをアルルに手渡した。
「旅の無事を祈ってるよ」
「ありがとう。またご縁があれば」
「婆ちゃんバイバイ」
ガラガラとハナが引く荷車の音がし始めた。
アルルとクロノも歩き出す。
振り返ると、老婆はまだ手を振っていた。
二人で手をふり返すと、再び歩き出した。
目的地までは遥か遠いが、先は明るく見えた。
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