第3話 繰り返される怪奇現象
そこから二時間かけて、俺たちは俺たちの街へ帰ってきた。
「まさか、同じアパートだったとは……」
「ほんと本当~、ビックリだよね!」
「しかも部屋が隣同士だと……?」
肩を落として項垂れる俺の隣で、まるで殿様が扇子を広げてせせら笑う雰囲気の柊木。
そう。帰宅の車中で、送っていく家までのナビゲーターを柊木に頼んでいたが……進めば進むほど、俺の知った道を進んでいく。若干の違和感を覚えながら「俺らの家って、実はめっちゃ近いのかもな」と冗談めいて放った言葉が、まさか現実になろうとは。
「柊木はいつ引っ越してきたんだよ。俺、全然しらないぞ」
「えー、でも挨拶周りはちゃんとしたよ?」
「アパート住まいなのに挨拶周りしたのかよ、律儀な奴だな。でもおかしいんだよな、全然記憶にないぞ?」
「まぁ先住民に挨拶するのは礼儀だからね。記憶がないのは、延治くんのキャパの問題かな」
「遠回しに『記憶力悪い』って言ったな?」
ジト目で見ると、柊木は「ふふ」と意味ありげに笑った。憎たらしい笑みを浮かべたままドアノブに手を伸ばす姿を見て、やはり俺たちは隣同士の部屋らしい。
ゆっくりドアを開ける、そんな柊木の姿をまじまじと見る。
紺色の浴衣にスニーカーに帽子――言うまでもなく、奴の恰好は変だ。そして同じく俺も、どこか変な気がする。
だって、こんなみょうちきりんな奴が挨拶に来て、それを覚えていないなんて、そんなこと有り得るか? それに、いくら俺が出不精だからって隣の部屋にこんな凸凹コンビがいたら気づきそうなものだけど……。
「じゃあ延治くん、奥ってくれてありがとう。助かったよ。
車の中で話した通り、今晩は様子見。もし宿無シが出たら、明朝一番に退治しよう」
「……」
「どうかした?」
「もし本当に宿無シが出たらさ……そっちに泊まらせてもらえる事って、できるか?」
両者の間に、一拍の沈黙。柊木を見ると、哀れな、本当に憐れな目で俺を見下ろしている。
「延治くん……それはあまりにも情けないよ」
「う、うるさいな。俺が今日、どんな思いで塩をまいたか知らないだろ!」
毎晩毎晩、怪奇現象に悩まされ、怯えて震えて。もうあんな夜は二度とゴメンだと、ついに意を決した。一キロの塩を車で二時間かかる距離まで運んだ。非難覚悟で、墓の跡地に大量の塩をまいた。これで恩恵がなかったら……いや、それどころか。強制的に清めようとしたから幽霊の怒りをかって、もっとひどい怪奇現象が起こるかもしれない。そんな恐ろしい未来を一切合切飲み込んで、やっとの思いで塩をまいたんだ。
「そんな俺の努力や苦労を、少しは労ってくれてもいいだろ!」
まるで水面が波紋するように続々と震えが止まらない俺に飽きれた柊木は「仕方ないなぁ」と。懐から名刺を取り出し、俺に渡す。
「何かあったらココにかけてよ」
「電話? 隣の部屋なら、電話かけるよりドア叩いた方が早いだろ」
「言っておくけど、アポなし訪問はナシだからね?」
いつも飄々とした笑みを浮かべている柊木だが、この時ばかりは真剣な目をした……ように見えたため、反論しようとしたけど「んぐ」と口を閉じる。
「分かった。そうは言っても、鍵だけは開けておけよ」
「いざとなったら突入する気、満々じゃないか。困るよ」
本当に眉を八の字にした柊木は、俺の手に名刺を握らせた。モミジを引き連れ、さっそうと部屋の中へ入っていく。
「じゃあおやすみ。夜、何も起こらなかったらいいね」
「他人事みたいに言いやがって……」
実際、他人事なんだから、そう言われても仕方がないのだけど。――でも、よく考えれば柊木が隣の部屋にいるのは、かなり心強い。棚から牡丹餅どころの話じゃないぞ。
「もし何かあっても電話があるし、よし。今日は満充電して寝るぞ、絶対に!」
柊木に倣って、俺も部屋に入る。玄関に入り際、太陽の落ちかけた夕日が、俺の足元に影を作った。黒い円の上に、俺だけがぽつねんと立っている。これは……まるでブラックホールの入り口に立たされたみたいだ。ゾッとしながらスマホを見ると、午後五時ピッタリ。しまった、逢魔が時だ。
「……幽霊に遭う前に、さっさと入ろ」
自分以外の余計な物が入らないように、素早く扉を閉める。あまりのスピードで閉めたものだから壁がわずかに揺れ、その衝撃で、部屋の奥でパタンと音がした。見に行くと、やっぱり。服を収納している三段ボックスの上に置く家族写真が、伏せるように倒れている。
「おーい、大丈夫かー」
角張ったフレームを持ち、起こして立てる。写真には、青空を背景に並ぶ俺と親父がピースをして写っていた。それぞれが、やや歪な笑みを浮かべているのには理由がある。
「これ、魚釣りに行った時だな。すごい良い天気なのに、行ったはいいものの釣果がなくて。結局、親父と二人で苦笑しながら帰ったんだよな」
漫画の影響で釣りに目覚めた俺は、「やってみたい」と親父にねだった。十三年前、俺が8歳の時だ。現在こそインドア派な俺だけど、昔は何にでも影響される性格で「これだ」と思えば、すぐに行動するスーパーアクティブ人間だった。8歳の俺も、まさしくソレ。
詠んでいた漫画を勢いよく床に置き「釣りがしたい」と声を張り上げた。そんあな俺に、親父はスマホ片手に立ち上がったのだ。
『近くの釣具屋に行くぞ。まずは道具からだ』
思えば、あの時。俺にならって親父が光の速さで行動したのには、何か理由があるんじゃないだろうか。【この先そう長くは一緒にいられないから、思い出を作っておこう】って。親父なりに、何か「予感」がしていたのではないだろうか。
今から十一年前。俺が十歳の頃だ。
何の変哲もない日常を送っていた俺に、突然、訃報がまいおりた。
『延治くん、お父さんが大変らしいから今すぐ病院へ行って』
『父さんが……?』
当時、小学四年生。
さっき訪れたトヨモチ村に実家があり、俺たち家族はそこに住んでいた。ゆったり流れる時間の中、毎日平和に過ごしていた。だけど、ある日を境に変わったんだ。
給食に舌鼓を打っていた俺の元に、血相を変えた校長がやってきた。目は血走っているし、息は荒いしで「大丈夫かな」って子供ながらに心配した記憶が、今も鮮明に残っている。
だけど、そこからの記憶はとんとない。ショックすぎて、記憶の外郭しかなぞれない。
「親父の死」――当時まだ小さかった俺には、その日からの記憶がスッポリ抜けてしまうほど、ショッキングな出来事だった。
「昼飯を食いに会社から出たところ、通り魔に刺されて死亡、だもんな。呆気ないったらないわ」
腹部を刺されて、大量出血で死亡。しかも犯人は巧妙な手口を駆使し、証拠と言う証拠をキレイに消し去り、未だ逃走中。
「……」
一寸のズレもなく、写真を立て直す。心に湧きあがる苦々しい思いを、少しずつ心の外へ追い払いながら。
「……今ごろ、天国で魚でも釣ってんのかな。いや、どうせまた釣れてないか」
少し前傾しながら「ハハ」と笑うと、同時にグシャリと乾いた音が響く。音がした方を見ると、ズボンのポケットから空になった塩の袋がのぞいている。無論、墓で盛大にまいた、あの塩だ。
「あ、捨てるの忘れてたわ。よいしょっと」
ゴミ袋をかぶせた、口が広めの段ボール。そこへ袋を投げ入れる。重さのないソレは、カサカサと音を立てながら底へ落ちて行った。
「それにしても俺ってさ、親父に嫌われてんのかな。……なーんて」
突如、ポロリとこぼれた言葉。これは怪奇現象が起こるようになってから、俺が毎日のように自問自答している言葉だ。
「怪奇現象が霊の仕業なら、親父がその霊を退治してくれないかな、とか。そもそも現世に未練たらたらの親父が、腹いせで俺に怪奇現象を起こしてるのかな、とか。色々考えちゃうよな。
だって世の中には守護霊って存在がいるんだからさ。霊で悩んでいる俺に、親父が力を貸してくれたっていいだろ」
「親なら、死んだ後でも子供を守ってくれるかも」と親父に期待をして、数か月が経った。だけど俺の精神が削られるばかりで、むしろ最近は一段と怪奇現象が激しさを増した気がする。
窓が開く音がしたり、カーテンが揺らめいたり。寝てる俺の周りを、いくつもの足音が通ったり。恐怖体験を積み重ねる度に、「いつか親父が、きっと親父が」と期待を膨らませた。だけど親父は助けてくれなかった。だから今日、俺は行動した。結局、自分の身を守れるのは生きている自分だけなのだ、と。そうして、助けてくれなかった親父へちょっと恨みを込めた塩を、たっぷり一キロ、墓にまいたのだ。
「だから親父には、もう期待しない。
だけど塩、お前は別だ。期待してるから、ちゃんと霊を清めてくれよな」
だけど――俺の願いは、無残にも砕け散る。
夕日が完璧に落ちて、夜も更けた頃。
「ぐ……っ、うぅ」
俺は、人生で初めての金縛りにあっていた。




