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宇宙一小さな宇宙戦争  作者: みなぎ
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十四話 研究室のタナー(3)

ある定例会議の前日、タナーの直属上司であるウラケとチーム内で打合せをしていた際に「やっぱりカムラさんは厳しいなぁ。10年前から変わってないなぁ。」とボソッと零したのをタナーは聞いた。


ウラケは40歳になったばかりの男性技官で、非常にユーモアがあって話しやすい性質もあって、場の雰囲気を明るくする人物だった。そのためチームメンバーの風通しも良く、聞きにくいことも話せる良い上司でもあった。そのウラケが発した一言が引き金になったようで、他のメンバーから次々に質問が飛び出てきた。


「え、ウラケさんってカムラ教授の研究室に居たんですか?」

「カムラ教授って当時からあんなに怖かったんですか?」

「僕が直接あんな言われ方したら立ち直れないんですが、ウラケさん大丈夫だったんですか?」


何気ないセリフがあまりに反響を呼んだせいで、ウラケも苦笑していたが、とりあえず昔の事を話してくれた。


「僕がアカデミーを卒業してから4年ほどは別の研究室に居たんだけど、その研究室の先生が退官されたので、カムラ研究室に異動したんだ。確か23歳の頃だったかな。そこで6年ほどお世話になったかな。」


とウラケは記憶を掘り起こしながら皆に話す。


「まぁ当時から厳しいことで有名で、カムラさんがまだ研究者だった頃の指導教授も、自分の言うこと聞いてくれないからさっさと独立させたって言ってたっけ。」


と笑いながら言うので、聞いていた皆は半分冗談と思って聞いていた。ウラケは笑いながら続ける。


「当時のカムラ研究室も厳しくて人が次々に辞めていくんで、僕みたいな落ちこぼれでも簡単に採用されたんだ。入ってから分かったけど、先生は部下を道具としてしか思ってないから、まぁ大変だったよ。結果が出るまで家に帰れなかったもん。」


うわ、不潔。ブラックじゃん。えー、私なら病んじゃう。そりゃ逃げるよな。と聞いているメンバーから感想が漏れる。


「ただね、先生の秘書がすっごい美人で、それで僕は辞めなかったんだ。すごいよ、3人秘書がいるんだけど、みんな美人なの。そしてみんな仕事バリバリできるんで更に驚いてたら、全員宇宙軍の女性士官候補生だったの。」


美人と聞いて「わかる」「俺も働きたい」などと男性メンバーから妙に力がこもったセリフが出たが、軍の話がでた瞬間、皆が驚いた。


「カムラ教授は当時から軍にもすごく影響力を持っていて、エーテリオンドライブのパイロットもカムラさんの推薦か承認が必要なくらいだったんだよ。今もそうじゃないかな。」


その話はタナーも知らなかった。ただカムラの妻エミーはそう言えば元宇宙軍所属だった事を思い出した。


「だから軍からパイロット候補の女性が秘書としてカムラ研究室に配属されてたって聞いたな。でもカムラ先生はそんな女性秘書すら泣かせちゃうくらい厳しい人だったな。」


うわー、そりゃないわ。私もこの前の会議で泣きそうになったよ〜。軍に影響力あるってよけいに怖いじゃん。と場は盛り上がる。タナーは知らなかった恩師の一面に、内臓の奥底がギュッと握りつぶされたような感覚を覚えた。


「カムラ研究室は日曜日の午後だけ休みだったけど、課題が終わってないと休みなしになるんだよね。スケジュール管理もすごくてさ、15分刻みで研究員の作業が決められてるの。でもアカデミーの主席卒業者が研究室に配属されて、そのスケジュール見てかえってやる気が出たって張り切ってたっけ」


うっわー、厳しい。そういう方が結果出せるのかなぁ。そのやり方だと俺は無理だなぁ。周りからいろんな発言が出るが、タナーは一言も喋れなかった。


ウラケは懐かしそうにしながら続ける。


「まぁ厳しかったけど、結果が出ればよくやったなって褒めてくれて、それは嬉しかったな。」


先生は褒められたんですね。すごい。といった称賛の声が挙がる。そう、ウラケは非常に優秀な研究者であり、このウラケ研究室は非常に人気がある。ウラケの人柄も評判で、タナーも高い倍率だったこの研究室配属が決まった時に喜んだ事を思い出した。


「ウラケ先生はカムラ研究室を辞めて独立したんですか?」と先ほどウラケを褒めた女性スタッフが質問する。


「軍出身の秘書さん達は3年って期限が決まってるからいいんだけど、研究者はなかなか独立できないのはみんなも良く知ってるよね。」


民間ではなく星群所属の研究所は、様々なルールの上で研究室の最大数が決まっており、研究室増加の審議が通らない限り一定である。研究者が自分の研究室を作るには、新規の研究室を立ち上げるのは相当に困難なことであることから、所属する研究室の最高責任者が引退した後を継ぐのが基本だった。


しかしその場合、研究室にいる多人数から引き継げるのは1人だけであり、これもまた相当狭い道である。従って自分の研究室を持ちたい人間は、軍や民間が所有する研究機関に移籍するしかなかった。


「だから僕の研究室は従来の独立じゃなく、特例付属なんだ。10数年前に軍事研究の法案が採択されて、その研究テーマに叶う提案が通ると、特例研究室を立ち上げて良い事になったんだ。僕の提案がそのテーマに採択されて、こうして研究室を持つことができたんだよ。」


ウラケ先生すごい!。立派!。カムラ研から脱出できて良かったじゃん。と声が上がる。


「特例だから場合によっては研究室が消される場合もあるかもね。」と戯けながら、それでも褒められて嬉しそうにウラケが話す。


「カムラ先生も僕の独立、というかその軍事特例の研究室設立を支援してたんだよ。僕は運が良かった。そうじゃなかったら君たちとこうして一緒に仕事できなかったからね。」


周りから「おー」という歓声があがる。じゃあ今回の地球侵攻で、また新規研究室の立ち上げが増えるかなぁ?と誰かが言った。


「いや、ここ数年はそういう募集が出てないし、政策や法案でも出てないね。今から研究所を作っても遅いだろうから、年ごとのプロジェクトを組んで、独立希望の研究者が参加するのがその代わりだと思う。だからもし研究室の立ち上げを狙うなら、今回のカムラさんが指揮するプロジェクトに、独立希望の研究者として個人で参加するのが一番早いかもしれない。」


えー、個人で参加したらカムラ教授から厳しい目にあいそう。責任追及すごそうだよね。ウラケ先生が間に居ないと俺は無理だ。といった感想が出る。


「まぁカムラさんの指導が合わなくて出ていった人も多いし、僕も当時は友人にカムラ研究室で本当に大丈夫か?ってよく心配されたっけ。」と笑いながらウラケは話す。


そういえばタナーが10代の頃、毎週末にカムラ宅にお呼ばれして夕食をごちそうになった時期があった。その時にカムラ教授が「今年の新人は戦力にならないな。口答えばかり立派だ。」「じゃあ新しく作る軍の研究室に預ける?」「いや、軍に作るのは私の従属研究所だから言うことを聞く人間でないと困る。こっちの計画に沿わない人員は民間だ。ただでさえ間に合わないかもしれないのに。」


ふと、そんな会話があったことを思い出した。妙に印象に残っていたのだ。



カムラ研究室は今も顕在している。そんな状況で自分の研究室を立ち上げたウラケは相当に優秀な証拠である。


が、タナーはここで気づいた。10数年前に軍事研究を拡張?それは何のため?まさかその時から地球侵攻が計画されていた?その可能性は高い。そしてカムラもその侵攻計画にどこまで絡んでいたのか……


カムラが部下やメンバーに苛烈なだけでなく、軍に深く関係して地球侵攻を計画していた可能性もあると考えると、カムラの知らなかった面に恐ろしさを感じ始めた。


丹下はノア議長が選挙のためと言っていたが、地球侵攻のため12年前に研究所が拡充されたとしたら、更にその前に地球に向かうシナリオがかなりの権力を持った人間にて作られていたはずだ。


シナリオが出来て行動開始されたのが15年から20年前と仮定すると、フザカ辺りでは年齢的に難しいだろう。ではカムラは?30代で確かその時は研究所の副長だったはずだが、一気に出世して新たに研究所責任者になったと記憶している。多分、シナリオに何かしら関わっているのでは……



考え過ぎと自分でも思うが、プロジェクト責任者として恐怖政治を行うカムラの態度は、自分の実績や立場に不可解に思えるほどの確固たる自信があるからこそと思えた。言うなれば企業のワンマン経営者のような……。


そうでなければ他にも同列の教授らが複数参加するプロジェクトにおいて、あんなに尊大な態度を周りに取らないはずだ。現にプロジェクト会議では誰も逆らえない雰囲気がある。


研究者であれば失敗する事は誰しも考えるはずだし、失敗自体が成果として残るため、失敗の報告は恐ろしいものではない。しかし今回のプロジェクトは、失敗自体が許されず、成果を期限通りに出す事を是とされている。これは研究者を動かすやり方ではないし、少なくともカムラのやり方は研究者のそれとは正反対である。


ウラケはカムラ研にいて、カムラ研に従属する研究室の責任者で、今もカムラ主体のプロジェクトで過不足なく結果を出している。ウラケはカムラ派閥で良いのだろうか。自分はカムラに恩があるが、研究者としてカムラに従えるのだろうか……



考えれば考えるほど、自分が望まない方向に思考が落ち込んでいく。タナーはふと丹下と話をしたくなった。丹下でなくても、地球側の面接官とやらに会いたかった。カムラの事を聞いてみたかった。

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