30. 目を覚ました後(2)
しばらく、王宮のことなどを話してひと段落が付いたころ、突然ヘンリックが立ち上がり、私とマリージェイのことを見下ろした。
突然どうしたのだろうと二人でヘンリックの言葉を待っていると、ヘンリックは咳払いをして姿勢を正した。
「俺は寺田祐樹。死んだときの年齢は40歳だ。よろしく。」
ヘンリックは顔を真っ赤にしている。突然何を言い出したのかと思えば、日本時代の自己紹介だった。
それにしても、40歳!?
「40歳?おじさんじゃん!そんなの詐欺よ!詐欺詐欺!イケメン詐欺よ!・・・しかも40歳で乙女ゲームなんてやらないでよ!」
マリージェイが頭の抱えて、地団駄を踏んでいる。
たしかに、40歳で乙女ゲームって・・・ちょっと・・・と考えていると、ヘンリックと目が合い、ヘンリックは「男で40歳だ!自由に生きて何が悪い!」と叫び始めたので、「そうね、自由に生きることって大切だと思うわ。」と宥めておいた。
「それで、お前たちは?これで秘密っていうのはなしだからな。」
ヘンリックは足を開いて椅子にどすんと座り、私とマリージェイを睨みつけた。
すると、今度はマリージェイが立ち上がり、腰に手を当てて、にやりと笑う。
「私は藤田マリ!死んだのは17歳。花の女子高生よ!マリという名前とマリージェイという名前が似てるから、私がマリージェイに生まれ変わったことには運命を感じてるの!」
マリージェイはふふんと言って、なぜか勝ち誇ったようにヘンリックを見下ろした。ヘンリックもなぜか悔しそうに負けを認めている。
マリージェイとヘンリックは親子ぐらい年齢が違うのか・・・
マリージェイがヘンリックルートに行かなくて本当に良かったと心から安堵した。
「それで、レティシアは?私の予想では20代後半ぐらいだと思うのよね。結構落ち着いてるし。」
マリージェイは予想しながら、楽しそうに私の顔を見ている。ヘンリックも興味津々だ。
こう期待されると緊張してしまう。
私は大きくため息をついた。
「マリージェイ、正解。私は森本綾。28歳の時に死んだの。」
マリージェイは嬉しそうに目を輝かせて、「じゃぁ、私のお姉さんってことねぇ。」と言い出し、ヘンリックはまたもなぜか悔しそうに負けを認めていた。
その後も、三人で日本時代の思い出話に浸った。世代の違う3人だが、話が途切れることはなく、あっというまに夕方になってしまった。
次期国王のヘンリックと聖女のマリージェイは、いまはとても忙しいらしく、しばらくお見舞いには来られないけど、元気になったらまた三人だけでお茶会をしようと約束してくれた。
二人を見送った後、久しぶりに家族以外と長時間話したからか、どっと疲れが出てしまい、私は数日程寝込んでしまった。
それから、数日後。
私は家の中を走り回れるぐらいまで元気になったので、マリージェイとの約束通り、エドモンドに連絡を取ってみようと思い、いつもエドモンドと文通をしている用紙を取り出した。
すると、エドモンドとの文通の紙には「大丈夫か?」という短い文字が書かれていた。
私はばっと紙を手に取り、震える。
いつからだろう・・・いつからこの文字は書かれていたのだろう。
今、書かれたのかもしれないし、もしかしたら2、3日前かもしれない。
やっぱりこういう時のために、この用紙に着信音機能をつけておかないとだめだったんだ。
せっかくエドモンドが和解をしようと一歩踏み出してくれたのに、私はそれを無視してしまっていたなんて。
どうしよう。とりあえず、何か書かなくちゃ。
落ち着いて・・・今の私は元気になったとはいえ、すぐに倒れちゃうような貧弱な体なのよ。
私が慌てていると、部屋のノック音が鳴った。
私は「はい。」と返事をしながら、エドモンドへの返事を考える。
「お嬢様あの・・・」とアメリの声が聞こえた。私は「なに、アメリ?」と声をかけながら、ひたすらエドモンドへの返事を考えていた。
「大丈夫か?」って聞かれたんだから、体調のことを書こう。いや、その前に謝罪から書いた方がいい?魔法をかけたこと、屋根から飛び降りた時のこと、文通にすぐに返事をしなかったこと、そのほかいろいろ。
う~んと唸っていると、コツコツと足音が聞こえて、すぐ後ろで止まった。
「アメリも一緒に返事を考えて!私、エドモンドから文通が来ているの気づかなかったのよ。絶対怒ってると思うの。なんて返事をすれば・・・」
「気づいていなかったのか?」
・・・。
その声を聞き、私は心の中でひぃ~と悲鳴を上げて、固まった。
ゆっくりとペンを置き、ゆっくりと振り返ると、今まさに返事を考えていたエドモンド本人が立っていた。
「エドモンド・・・どうしてここにいるの?」
私は、ばっと、ドアの陰に隠れているアメリに目をやると「お嬢様ごめんなさい!」と口パクで言って、アメリは部屋から出て行ってしまった。
アメリ、裏切り者め・・・!
エドモンドは私が何も言っていないのに、すっとソファに座り、私のことを睨むと、ここに座れと言ってきた。私はうっと言いつつ、にっこりと微笑みながら、エドモンドの隣に座った。
「えっと、返事が遅くなってしまって・・・」
「1週間だ。1週間も前に書いたんだぞ。」
1週間!それって、マリージェイとヘンリックがお見舞いに来た頃にはすでに書いてあったのかもしれない。たとえ体調が悪くて寝込んでいたのだとしても、確認するべきだった。
「ごめんなさい。」
私が謝ると、エドモンドは舌打ちをして、体の調子はどうだ?マリージェイとは本当に友達なんだろうな?と一問一答形式で質問し始めた。
私も、エドモンドの文通に1週間も気づかなかったという罪悪感があり、すべての質問に律義に答えていった。
質問されている間、エドモンドはなぜか私の髪の毛を一束つかみ、指でぐるぐると回してはほどくを繰り返していた。
いつもは髪を編み下ろしにしているのに、今日は完全に下ろしているから、それが珍しいのだろうか。だけど、今は余計なことを言わないほうがよさそうだ。なすがまま、私の髪で遊んでいただこう。
途中でアメリがお茶を用意してくれた時に、思いっきりアメリを睨んでおいたが、アメリは私のことを無視して、そそくさと部屋を出て行ってしまった。
しばらくして、質問することがなくなったのか、エドモンドは黙って私の髪をいじっている。
毛先をいじっていた手が徐々に伸びてきているような気がする。
正直、これは恥ずかしすぎる。
「エドモンド・・・ちょっと近すぎない?」
私はにっこりと微笑んで、少しだけエドモンドから離れて座り、エドモンドの言葉を待ったが、エドモンドは何も言わないし、髪をいじるのもやめない。
そろそろ限界だ。
アメリが入れてくれたお茶を飲みながら、場をつなぐのにも限度と言うものがある。
「レティシア。」
エドモンドが急に沈黙を破って話し始めた。
「何?」
私はにっこりと微笑んだまま、飲んでいたお茶を置いた。
「あの時は悪かった。手を離してしまって・・・。」
あの時というのは、私が屋根から飛び降りた時のこと。
そのことはマリージェイとヘンリックからも聞いている。
「悪いだなんて、エドモンドは助けてくれたでしょ?ありがとう、エドモンド。・・・でも、それを言ったら、私の方こそ・・・ヘンリックからも言われたのだけど、あの時、あなたのことを心配しなかったわけじゃないのよ。」
「その話はマリージェイから聞いた。」
「そう・・・。でもね。」
「もういい終わったことだ。・・・ところで、第1王子との縁談がなくなったと聞いたが・・・残念だったな。・・・好きだったのだろう?」
私がヘンリックを?冗談言わないで。
「ヘンリック様のことは嫌いではありませんが、男と女の関係でどうかと聞かれると、好きとは言えないわ。だから、婚約が解消されて残念だとは露ほども思っていませんのよ。むしろ、これから自由に魔法研究ができると思うと嬉しいぐらい。」
私はふふっと笑ってお茶を飲んだ。
こんなこと、普通の貴族の前では言えないが、エドモンドの前では本音で話してしまう。
「そうなのか?では、あのセレスとかいう男と結婚するつもりなのか?あの男はいつもお前にそういうことを言っているが。」
ごふっ
思わず、咽てしまう。
エドモンドがセレスと私の会話を聞いていたのか知らないが、これ以上誤解されないように、セレスにはきつく言っておく必要がありそうだ。
「ごめんなさい・・・。セレス先生とは結婚しないわ。それはセレス先生が勝手に言っているだけだし、セレス先生も本気で言っているわけではないもの。」
「では、俺とはどうだ?」
「エドモンドと?それもないんじゃないかしら。というより、やめたほうがいいわね。今の私は第1王子との縁談がダメになった上に、貴族の間でも評判が悪いらしいから。しばらくは・・・というより、もう縁談はないかもしれないわね。」
自分で言って、少し悲しくなる。
だけど、それでもいいか。
貴族の令嬢が未婚なんて、問題ありだと思われるかもしれないが・・・私には魔法研究がある!
「でも、未婚のままでもいいこともあるのよ。このまま結婚しなければ、一生自分の自由に魔法研究をすることができるでしょう?」
どんな魔法研究がいいかしらね・・・と話そうとすると、エドモンドが舌打ちをして、
「マリージェイが言っていたが・・・レティシア、お前は本当に鈍感なんだな。」と言った。
え! 急に悪口?
私はそこまで鈍感ではない。鋭くはないけど並み程度の感性はあると思っている。
「まあいい。お前が今は結婚する気も相手もいないということはよくわかった。」
何が、まあいい。なのかさっぱりわからない。
「レティシア。」
「なんですか。」
私は警戒しながら聞いた。
エドモンドは私の反応を鼻で笑いながら、ごそごそと何かを取り出した。
「ケーキを持ってきた。」
ケーキ?
唐突すぎてついていけない。
エドモンドは箱からケーキを取り出した。
私が大好きなブルーベリーのようなジャムが乗った濃厚なチーズケーキだ。
「このケーキ。初めてエドモンドと会った時に食べたケーキですね。覚えていたのですか?」
私は懐かしい。と言いながら、エドモンドがケーキを取り分けてくれるのを見ていた。
ケーキの箱を覗いていると、私の髪がかかりそうなのが嫌だったのか、エドモンドが私の髪を耳にかけた。
私は「ごめんなさい。」と言って体を起こして、エドモンドを見ると、エドモンドはフォークでケーキを豪快にひとすくいして、そのまま私の口元に突き出してきた。
これは・・・。
まさか、あの時の再現?
今度は私に食べろと?
そんなの恥ずかしい。誰も見ていないけど、恥ずかしい!
しかも、ケーキの量があの時の3倍ぐらいある。とても一口では収まりきらない。
「エドモンド・・・一人で食べられますから・・・。」
私はにっこり微笑んで、エドモンドからフォークを受け取ろうとしたが、エドモンドは頑なに食べろと目で脅してくる。
仕方ないと思い、せめてその半分ぐらいの大きさで・・・という要望を伝えた。
エドモンドは「わがままだな。」と言いながら小さくしてくれたが、これは断じて我儘ではないと思う。
エドモンドは再び私の口元にケーキを持ってきた。
エドモンドはあの時私が言ったように、「恥をかかせるな、早く食べろ。」と言ってきた。
そういうエドモンドは耳まで真っ赤だ。恥ずかしいことをしているという自覚はあるらしい。
だったら私もと、「そのケーキ、毒入りですか?」と言った。
これはエドモンドが言った言葉だ。
エドモンドはふっと笑って、「そうかもしれないな」と言って、私にケーキを食べさせた。
食べた瞬間、思わず笑みがこぼれた。
私の顔を見て、エドモンドがにっこりと笑った。
エドモンドの笑顔なんて初めて見たかもしれない。鼻で笑ったり、人を小ばかにしたり、貴族特有の社交辞令的な笑みはよく見るが、こんなににっこり笑ったところを見たのは初めてだ。
意外と優しい笑い方をするんだな。結構好きかも・・・。
そう思いながらエドモンドを見つめていると、「なんだ?」といつものように睨まれた。
「何でもないわ。」
私はにっこりと微笑んで、エドモンドにもう一口ケーキをねだった。
これにて完結です。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました!
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2019/12/21 昼更新
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