小森さん
何気なく手に取った貸し出しカードには、小森の名前が書かれていた。
京(小森…ってもしかしてあの子の名前か…?
返却日が昨日だし…)
しばらく貸し出しカードを見つめた後
京はその本を元あった場所に戻し、本も借りずに図書室を後にした。
向かう先はもちろん、あの少女がいる教室である。
教室につくと、まずは教室のドアについている小窓から中の様子をそっと見る。
黒髪の少女は、いまだノートと睨めっこしたままだった。
時折、頭を抱えるような仕草をしている。
どうやらまだ悩んでいるらしい。
その姿に、昔の自分が少し重なる気がした。
何事も、つまずかない者など居ない。
数学の天才と呼ばれる京でも、それは例外ではなかった。
京は少し考えてから、"よし" と一言つぶやいて、教室のドアに手をかけた。
ガラガラガラ
ドアの開く音にビックリした様子で、少女がこちらを向く。
そんな事はお構いなしに、京はズカズカと教室へ入ってゆく。
そして黒板の前に、少女に背を向けるようにして立つと、大きな声でこう言う。
京「あー、どうしてもこの問題を解いてから帰らなきゃ気が済まないなー (棒)」
黒髪の少女「ちょ、いきなりなに…」
少女から若干の冷たい視線を感じながらも、京は気にせずつづける。
京「ひとりごとだから、気にしないで」
黒髪の少女「意味わかんないんだけど…」
京「まず、この問題の肝は、足していく数が1ずつ増えているという点。
1に2を足す、次に3を足す、次は4、といったように。」
黒髪の少女「……」
京「じゃあ逆から見ていくとどうなるか
999+998+...
ってなるんだ、これはさっきとは逆に、足していく数が1ずつ減っていってる。
順番を変えただけで真逆の事が起こってるように見える。
じゃあ1ずつ増えてる数と1ずつ減ってる数を足したらどうなるか
当たり前だけど、1増えた後に1減るわけだからプラマイゼロ。」
京は慣れた手つきで黒板に数式を書き始めた。
1 + 2 + 3 + 4 + ... + 999
999 + 998 + 997 + 996 + ... + 1
黒髪の少女「あ……」
京「こうすると見えてくる。
上の式は数字が1ずつ増えてる
下の式は数字が1ずつ減っている
上下の数を足すと、全部1000になるんだ。
1+999
2+998
3+997
って感じ。
1〜999までの全ての数字が全部1000になる、つまり1000が999個できるわけだ
つまり、上下の式の合計は
1000 × 999 = 999000」
少女は依然として無言のままだったが、シャーペンの動く音がする。
どうやら理解はしてくれているらしい。
京「でも、ここで終わりじゃない。
いま求めた 999000 という値は、あくまで
1 + 2 + 3 + ... +999 という式 "2つ分" の合計。
なぜなら、順番を逆にした同じ式を追加で足し合わせた訳だから。
今求めたいのは "1つ分" の合計。
つまり、この 999000 っていう値を 2 で割ってやれば求まる。。
よって答えは...」
と言って、京はチョークを置き
黒板の方を向いたまま、教卓に寄りかかるようにして座った。
京(さっきからシャーペンが動く音がしてる、きっと分かってくれたはずだ。)
少しして、シャーペンの音が止む。
少女のノートにはきちんと
999000 ÷ 2 = 499500
という式が書かれていた。
音が止んだのを聞いて、京は少し安心したような声で、相変わらず少女の方に背を向けたまま話し始めた。
京「19世紀のドイツ人数学者のガウスは、この計算方法を小学生の頃に発見したらしい。
びっくりだよ。
まさに天才だ。
昔のガウスだけじゃない、今の世の中にだって、どの分野にも信じられないような天才はゴロゴロいる。
そんなのを見てると、どうせ俺なんか、って思う時がある。
実際何度も挫折しかけた。
でも、その度に俺は、人として成長できた気がするんだ。
努力したって、報われるとは限らない、1番になれるとも限らない。
乗り越えられない壁だってあるかもしれない。
だけど、これだけは言える。
努力した人間は、それを怠った人間よりもずっと素敵な人になる。
挑戦した人間は、それを怠った人間よりもずっと強い人になる。
挫折を経験した人間は、経験していない人間よりもずっと優しい人になる。人の辛さを分かってやれる。
何かを頑張れる奴は、すごい奴だ。
だから俺はそういう奴を放っておけない。」
黒髪の少女「……」
京「1から学ぶ高校数学、借りてたろ?
さっき偶然図書室で貸し出しカードを見てさ。
ノートに書いてある名前と同じ、小森って書いてあって…」
黒髪の少女「……」
京「だから、頑張ってるんだなって思って。
どこか昔の俺に重なるところがあって…
だから思わず戻って来た。」
黒髪の少女「………じゃない…」
京「ん?なんか言った?」
黒髪の少女「それ…私じゃない」
京&黒髪の少女「………………」
京「……………え?」
黒髪の少女「それ、私じゃない」
京「え…だって小森って…」
黒髪の少女「うちの高校、小森って苗字の人、2人いるし…きっと私じゃない方の小森さんだと思う…」
京&黒髪の少女「…………………」
沈黙の中、京の顔はみるみる真っ赤に染まっていった。
黒髪の少女「………………(笑)」
黒髪の少女は少しうつむいて顔を隠した。
どうやら笑いをこらえているらしい。
京「おい!笑うな!こっちは真剣だったんだぞ!//////////」
ふっと少女が顔をあげると、先程までと同様、澄ました顔に戻っていた。
黒髪の少女「笑ってないわ」
京 (うお…突然真顔に…切り替え早いな…)
少し間をあけて、少女が口を開く。
黒髪の少女「小森 文乃」
京「……ん?」
黒髪の少女「私の名前」
京「あ……あぁ…!
えっと、俺は桃李 京だ、よろしくな」
文乃「そっちはご遠慮しておくわ。」
京「そっちって…?
あぁ、そういう事か」
どうやらまだ "よろしく" はしてくれないらしい。
京 (はぁ…こりゃ大変な道のりになりそうだ…
でも………)
京はふっと文乃のノートの方に目を向けた。
そこには先程、京が黒板に書いたことがきちんと書き写してあった。
京 (少しは希望が見えたかな)
その後、2人は職員室に向かい
無事、初日の授業は終了した。
-----------------京の自宅-----------------
カリカリカリカリ
夕食前、日課の勉強をする京。
何気ない風景だが、この後
京はとんでもない事を思い出すこととなる…………
京 (あ、本借りるの忘れた)
一応、文中の問題をより詳しく解説
1+2+...+999という式を順番を逆にして足し合わせると
1+999
2+998
3+997
…
999+1
という風に、合計が全て1000になります
この合計が1000になる組が999個できるわけなので、1000×999=999000
という値が得られます。
この値は、1+2+...999という式を2つ足し合わせたものなので、求めたい値の2倍になっています。
よって、÷2をしてやれば、求めたい値が出てきます。
999000÷2=499500ですね。
この解法を、数学者であるガウスは小学生の頃に発見したというのですから、驚きです。
さて、次回の授業は文系科目ですね、自分は理系の学生なので、少し文学を勉強する必要が出てきそうです…笑
では、また次回の授業でお会いしましょう。