09 来客の話
鍋を持って帰ると、蘇芳はとても喜んだ。
これで藍鉄が満足する料理を作ってみせると意気込んだ彼女だったが、その材料の少なさと、鍋の一つが水汲み用にとられることが分かって落ち込んだ。
「ほら、でもこれで水を沸せるようになったんだし」
「そうだけどー!」
「ほら、竹を切ってご飯も炊けるし、串にもできたし、釣竿もつくれたろ?」
父に教え込まれて要らんことまで覚えていた藍鉄は、そのサバイバル力を大きに発揮して、それが逆に蘇芳を落ち込ませていることに気が付かなかった。
「私はてっちゃんに料理を食べてほしいの!」
「そうは言っても………味噌とか醤油は作り方知らないから村に降りなきゃいけないし………」
村、という言葉に、双子は揃って顔を顰め、そろって顰めたことを笑い、気を持ち直して今後どうするか話し合った。
味噌や醤油、それに豆腐なんかは、捌いた新鮮な魚と物々交換をしてもらうことで手に入れ、軒先につり下がっている高野豆腐も、大抵は山の奥地の小さな村で物々交換をして手に入れた。
子供と言うこともあって、きっと陰陽師の弟子として食べ物を集めに行かされているんだろうと考えた村人たちの厚意で、食料を手に入れることは容易であった。
「あー今日も雨だね………」
食料も増え、冷蔵室が冷凍室に変わるくらいに食料が家に溜まった頃、丁度雨期に入ったため、特に外に出ることもなく、家の中で様々な形の式紙を作って二人は遊んでいた。
まるで家に居た時のような雰囲気は、外の鬱屈した雰囲気を吹き飛ばしたかのように明るかった。
「すみません」
数日が過ぎたある日、もうそろそろ寝る準備をしようかとしたその時、初めての来訪者に双子は身を凍らせた。
「あの、誰かいませんか?」
外から聞こえてくるのは双子よりも幼い声。
その声の主しかいないことを確認し、もしもの時の為にと紙を後ろ手に隠して蘇芳は座り、藍鉄も紙で作った短剣を背中に隠し、扉を開けた。
「えっと………?」
そこに居たのは一人の少女だった。
「あの、くろほしっていいます。もりにおはなをさがしにきたんですけど、あめがひどくてかえれないので、ひとばんここにとめてください!」
懸命に言葉を発するその少女の姿に、藍鉄は困ったように蘇芳を見て、蘇芳も同じ目で藍鉄を見返した。
「とりあえず火に当たるといいよ、蘇芳よろしく」
「えっと、黒星ちゃん? 傘はそこに立てかけておけばいいから、和服を貸すからそれに着替えて囲炉裏の火にあたってちょうだい」
年下とは言え女の子であるからと、藍鉄は蘇芳に世話を任せて、初めての来客に出す野菜と魚をさがしに冷凍室へと歩いていく。
「黒星ちゃんはなんで一人で森に? 森は妖怪さんが一杯いるから危ないんだよ?」
「よるにならないとようかいさんはでてこないし、さいきんおおかみさんもみかけないからだいじょうぶだとおもったのー」
ああ、自分たちがここに住んでいるせいで獣が寄ってこなくなってきているんだと理解した蘇芳は少し落ち込む。
「あしたおにいちゃんのたんじょうびでねー! このやまにしかさかないおはなをプレゼントするのー!!」
「そっかー」
タオルでごしごしと少女の髪を拭き着替えさせると、服を木の枝にかけ、囲炉裏の上で乾かす。
「あれ? 少し仲良くなった?」
「仲良くなったよねー」
「ねー」
帰ってきた藍鉄は、蘇芳と黒星の笑顔をみて、明日になって別れた時に蘇芳が泣かないが少し心配になった。