表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/96

7 空の街



7 空の街




 ヨフが街道を歩いていると大きな音がした。風を切る感触が遠くから近づいてくる。上のほうからのようだ。見上げると、雲の合間に黒い影が見えた。尋常な大きさではない影だった。

「なんだろう、あれ。鳥、かなぁ……?」

 普段通りに振舞うことにした。

「ん、おまえ、飛行機のこと知らないのか?」

「ヒコーキ?」

「ああ、飛行機。動力を燃やして、鉄で出来た翼で揚力を掴んで、空を飛ぶ機械」

「……そんなもの何に使うの?」

 険しい表情で言う。ルピーは少し怪訝に思いながら答えた。

「人や物を載せて運ぶのさ。便利だぜ」

 ヨフが目を輝かせた。

「なにそれ、見たい! 乗りたい!」

 はしゃぎながら駆けていく。

(あいつ……、変な知識はあるのにそういうことはちっとも知らないんだな。やっぱりちゃんとした学校を出たわけじゃないのか)

 街道をしばらくいくと、妙な形の壁が見えてきた。凹型になっていて、最奥が門のように開く仕組みになっている。通常は人の通れる小さい門を作る程度なので、二人にはひどく奇妙な形に見えた。あんな作りでは強度的に脆くなってしまう。

 壁に辿り着き、衛兵が簡単な手荷物の検査をして二人は街に入った。

 街に入ってすぐ左手に、柵に囲まれた巨大な広場が見えた。コンクリートで舗装された道路が長く続いている。街の面積の約二分の一を占拠していた。凄まじい広さだ。

「すごい街だね」

「滑走路ってやつだな。あたしも実物見るのは初めてだ」

「なんのための設備なの?」

「鳥だって平地から飛ぶには初速がいるだろ。その初速を確保するために、あそこを走らせるのさ」

「へえ!」

 ヨフは柵にへばりついて滑走路のほうを見る。奥に格納庫がある。丁度一台の中型飛行機を引っ張り出しているところだった。

「あれが、飛ぶの……?」

 ヨフにはすごく奇妙な物に見えた。とてつもなく重そうで大きな鉄の塊に、太い翼が二本生えている。真下に車輪が出ていて、ゆっくりと走る。エンジンに火が入った。途端に轟音。人の手を離れて少しずつ加速していく。そして、次第に空気を掴み、翼の角度が変わって、地面から離れた。

「わあ……」

 風が渦を巻いてヨフの髪を撫でていった。

 鉄の塊が空を駆け抜けていく。広く高い空をどこまでも遠くに。

「ディべーロにも見せてあげたいなぁ……」

 憧憬すると同時にヨフはこれが戦争に使われたときのことを考えた。手の届かない上空から一方的な殺戮を加えることができるのではないか。下から上への攻撃は難しい。重力があるからだ。しかし逆は簡単だ。物を落とせばいい。高ければ高いほどいい。落とすものはなにがいいだろう? ただ物を落とすだけでは局所的な破壊を引き起こすだけだ。だったら例えば、炎。燃え広がる炎ならば被害は局所的には留まらない。

「ルピー」

「あん?」

「恐いね」

「……」

 ルピーはしばらく考えていたが、何か思うところがあったのかそのうち「ああ」とだけ言った。

「疲れたや。宿にいこう」

「もっと見ていかなくていいのか」

「うん。またあとでゆっくり見るよ」

 ヨゼフは足早にかけていき、衛兵にもらった地図を眺めた。ホテルは幾つかの種類がある。それから商店街がある。レストラン、医院、図書館や娯楽施設、公園。

 比較的よく発展した街だった。それはきっと「飛行機」という巨大な資本の齎す莫大な資金の結果なのだろう。金のあるところには人が集まる。事業を起こそうとして。職を求めて。理由は様々だ。

 ヨフは街を歩いた。人の身なりはよく、町並みは美しく整っている。一方でまだ昼間だというのに、ボロ着ぬを着た子供や街娼の姿もちらほらとあった。ルピーが目を逸らす。ヨフも少し足を早める。

 ふと後ろから子供が走ってくるのがわかった。ヨゼフの荷物を狙っているのがわかった。盗人だ。大きな街にはたまにある、スラム街の住民なのだろう。吹き溜まりの中に暮らす子供達。

 ヨフは荷を肩から少しずらした。盗ませても構わないかなと思ったのだ。この手荷物がなくなっても、ヨフには充分な蓄えがある。入街管理所にいけば、盗難保険が降りる。バッグも中の荷物もそれほど拘りのある品はない。保険で出たお金でまた買えばいい。

 背後で人の倒れる音がした。子供が倒れていた。その手を警官らしき人物が掴んでいる。

「いいよ、離してあげて」

 ヨフが言った。

 警官は首を横に振る。

「盗みは犯罪であります。よって法の裁きを受けるべきです」

 ひどく真っ当で正しい主張だった。未遂ではあるが、周囲の人から見ても窃盗の現行犯であることはあきらかだった。それに常習犯でもあるのだろう。この街は旅人の落とす資金を大きな収入源にしている。「治安の悪化」は旅人を遠ざける。取り締まるべきであることは間違いない。

 だが少年には職がない。ぼろぼろの身なりでは誰も雇おうとは思わない。少年の親にもきっと職がない。同じようなぼろぼろの身なりをしていて、同じように雇ってはもらえない。盗んで食べなければ生きていけない。

 誰が悪いのかはわからない。

 職にありつけるだけの技能がなかった少年の親が悪いのかもしれない。

 学のない、技能のない人でもつける職業を用意しなかった行政が悪いのかもしれない。

 また彼らを雇おうとしない事業主達が悪いのかもしれない。

 ただ彼らはそんな中でも生まれ、生きていくために必要なことをしている。

 もちろんヨフだって努力せず、人から奪うだけの人間を肯定することはしない。でも自分には余力があり、彼らの努力のために必要な力を少しだけ貸せるかもしれなかった。それがバッグの中の食料とお金だった。

「調書を取りたいので、署まで来てもらえませんか?」

 警官は丁寧に言った。

 ヨフは頷いた。

 ぼろぼろの身なりの子供がずっとヨフのことを睨みつけている。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ