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幻葬鬼譚 ~神話ヲ殺ス少女タチ~  作者: K. Soma
第九話 幻想の花/背負った命

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29

╋━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━╋

 (カン)ノ月、()ノ週、()ノ日 未明

 /結界封印都市ヒモロギ

  尾居土(オイツチ)宿舎付近

╋━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━╋

 

 ようやく開放された――。

 

 既に日付は変わっているものの、まだ夜は明けていない。

 

 ヒミコは暗闇の中を若干ふらついた足取りで進みながら宿舎を目指していた。

 

 精緻(せいち)な造りの顔には濃い疲労の色が浮き出ていたが、それでも緋色の瞳はまだ(いく)らか強い光を宿している。

 

 あの(マガ)()(オニ)は――今度こそ、討ち取った。

 

 鬼門(キモン)を介した空間転移の(のち)、即座に御幣(ごへい)で〝()(ツノ)〟のすべてを斬り落としたのである。

 

 あれだけの苦戦を()いられた鬼だったが、最後は案外あっけないモノだった。

 

 まあ、往々にして命の取り合いにはそういう側面がある。

 

 月並みな言葉だが――とるか、とられるか。結局はソレがすべてだ。

 

「……っと」

 

 今回の戦いで霊気の大半を使い切ってしまった。貧血に似た症状が出ている。

 

 戦闘後、医療棟で治療と検査を終えた際に医師からもそう指摘されていたが、さりとて(ただ)ちに静養が必要な水準(レヴェル)でもなく、(ゆえ)にヒミコはその後、間髪を入れずに各方面からの事情聴取を受けねばならなかった。

 

 事情聴取。

 

 一番しんどかったのは技術部とシマメからの追求である。まるで夢のような玩具を手にした子どものようにキラキラと目を輝かせ、根掘り葉掘り鬼門形成や玉垣について問い(ただ)された。ミヅキの制止(ストップ)が掛からねば、今もまだ続いていたに違いない。

 

 ――ミヅキ。そう、ミヅキだ。技術部の前にはミヅキからも事情を聞かれている。

 

 ()()()()に関して。

 

 コレについてはヒミコも〝非は己にある〟としか言いようがない。結果がどうだったにせよ〝第一射の隙を突き鬼を討て〟という命令を自分は明確に無視した。無視して、しまった。

 

 ただ、あの鬼門形成が予期せぬモノであったのもまた事実であり、それを話したところ、ミヅキはむしろ〝落としどころを見つけた!〟とばかりにコクコク頷き、特に御咎(おとが)めもないままに解放してくれた。どころか帰り際にはギュッと抱きついてきて、個人的な感謝と(ねぎら)いの言葉まで口にしている。

 

(……おい、ハク。()()()()()()?)

 

 しかし――ハクのことだけは伏せざるを得なかった。

 

 ハク。最初の鬼門形成は自分がしたことではない。間違いなく、ハクの仕業(しわざ)だ。

 

 訊きたいことは山ほどあったが――()()()()()()()()

 

 あの感覚。

 

 鬼の角を斬り落とした刹那(せつな)、自分の中に――〈アマテラス〉の中に()()が入ってきた。

 

 その直後、ハクは『ねむいからねる』とだけ言い残し引っ込んでしまう。

 

 第二の禍ツ忌ノ鬼を討った時と、まったく同じだ。

 

(チッ……)

 

 こうなるとヒミコの側からは手の打ちようがない。

 

 あちらから顔を出してくるのを待つのみだ。

 

(やれやれだぜ……)

 

 ヒミコは肩を(すく)め、ふと空を見上げた。

 

 いつの間にか雨はやんでいる。

 

 番傘を閉じ軽く振って雨粒(あまつぶ)を飛ばすと、ちょうど宿舎が見えてきた。

 

流石(さすが)に今回は……ちいっとばかし消耗し過ぎたな)

 

 今日は(カン)ノ月の()ノ週、()ノ日。

 

 一月(ひとつき)の始まりの週にして、始まりの日だ。

 

 本来は平日で、各々(おのおの)気持ちを(あら)たに仕事なり学業なりに励む日ではあるが――三日続いた激戦を切り抜けた今日である。

 

 その辺りの事情を加味し、高巫(高等巫術学校)は休校とする知らせが届いていた。

 

(寝よう……昼まで寝よう……絶対寝よう)

 

 ヒミコは一周回ってスゴ味を()びた目でそう決意するものの、

 

「げ」

 

 宿舎。

 

 宿舎の前。

 

 ユイナがいる。

 

「ヒミコ――!」

 

 多分、取る物も取りあえずで飛び出してきたのだろう。傘もささずここまで来たに違いない。

 

 豪奢(ごうしゃ)な金髪から緋袴(ひばかま)(すそ)まで、余すとこなくビショ濡れだった。

 

「ヒミコ、ヒミコ、ヒミコ――!」

 

 脇目も振らずにヒミコの薄い胸へと飛び込むユイナ。

 

 身体中から活力が満ち溢れているに違いない。

 

 金糸雀(カナリア)色の瞳が傍目(はため)にはちょっとアレなくらいギラッギランに輝いていた。

 

(うっ……)

 

 若干戸惑(とまど)いつつも受け入れるヒミコ。

 

 さらには背中の方に手を回しポンポンと軽く叩いてやる。

 

 ……まあ実際、今回ユイナ(コイツ)はよくやってくれた。

 

 これくらいの謝意は示すべきだろう。

 

「ヒミコぉ……っ!」

 

 だがソレでいよいよユイナは感極まったらしい。ヒミコの薄い胸に顔を埋めたまま、ボロボロと泣き崩れた。

 

 そこから何やら「守ってくれた」だの「生きてていいの」だの「うれしかった」だの、ワケのわからぬコトを(わめ)きはじめる。

 

「……あー、そうだな。うん、そうだと思うよ。そうにちげーねえ」

 

 こういう時は取り敢えず肯定しておくに限る。

 

 女子としては欠陥品(ポンコツ)のヒミコでもソレくらいは察することができた。

 

 だからそのまま胸を貸してやる。

 

「……ふぁ」

 

 しばらくして、ようやくユイナがヒミコの胸から顔を離した。

 

 泣き腫らした真っ赤な目。大きい目。人形のように愛らしい顔……。

 

(うっ――!)

 

 思わずゴクリと喉を鳴らすヒミコ。

 

 この〝うっ〟は先のとはまた別の〝うっ〟である。

 

〝ガチ〟でこそないものの、女は決して嫌いではない――どころか全然イケる口のヒミコだ。

 

 そのヒミコの中の。比較的やんちゃな部分が。

 

 つい、こう思ってしまったのである。

 

〝アレ、コイツすんげーかわいいぞ〟と。

 

(ダメだダメだダメだ……! どれだけかわいくても、コイツにだけは手を出しちゃダメだ……!)

 

 何せヒミコはその昔、親代わりのヨウコから釘を刺されている。

 

『アンタが〝ガチ〟でない限り〝ガチ〟の相手はすんじゃないよ』と。

 

 さらには『じゃないとお互い痛い目を見るだけだ』とも。

 

「……どうしたの、ヒミコ?」

 

 ああ、でも!

 

 でも、でも、でもッ!

 

 ヒミコとて所詮は人間だ。肉の身体に囚われている。

 

 ならば必然、たまるモノはたまるし、つのるモノもつのる。

 

「ねえ、ヒミコってば」

 

 そんなヒミコの内なる葛藤を知ってか知らでか、下から覗き込んでくるユイナ……。

 

 ふうわりと、甘い匂いが漂ってくる……。

 

「~~っ!」

 

「えっ⁉」

 

 次の瞬間、己の頬を己で(はた)くヒミコ。

 

 そのままぜーはーぜーはーと肩で荒い息をした後、ようやく何らかの結論に達したらしく、キッとユイナを見返す。

 

「ヒ、ヒミコ……?」

 

「……今日は世話になったな、方波見(カタバミ)

 

 額に触れるか触れないかの軽い接吻(キス)

 

 これくらいなら〝手を出した〟範疇(はんちゅう)に含まれまい――どうやらそのような灰色の判断を下したらしい。

 

 ヒミコはそのまま足早に去ろうとした。

 

 だが直後――背後から弩級(どきゅう)嬌声(きょうせい)

 

 言うまでもなくユイナの発したソレだ。まるで犬の遠吠えよろしく夜のヒモロギに響き渡る。そして、終わるや否やバタリと卒倒(そっとう)

 

 結局ヒミコはユイナを(かつ)いでもう一度、医療棟まで引き返す羽目になった――。

 

 

 

 ~第九話 幻想の花/背負った命 完~

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