桐島遊香
そのあと直ぐに合流した凛花さんと三人で食事をする事になった。
誘って来たのは凛花さん。
流石にコンビニ弁当があるから断ろうと思ったけど、明日の朝食にすれば良いと言われたので、その誘いを受ける事にした。
私は亮介君の向かい側の席に座り、私の隣には凛花さんが座る。
なんで私の隣に凛花さんが?……と思ったけど、どうやら私と話をしたいらしい。
凛花さんとは顔見知りとは言っても、あまり話したことが無かったから私も嬉しかった。
普段は亮介君と一緒だから今回は私を優先してくれたみたいだけど、『麻衣ちゃんと結婚したら家を出て行くから寂しい!』と嘆いていた。
私のお母さんも優しい人だけど、そこまでベッタリという訳ではない。
流石に一人暮らしをする時は寂しそうだったけど、凛花さんみたいに本気で嘆いてショックを受けてはいなかった。
いやわかる。
亮介君の経緯を考えると仕方ない。
あれだけ酷い目に遭ったのだから心配するのは当然と思う。
私はその時の事を思い出し、また、胸がチクリと痛んだ。この痛みは思い出す度にこれからも一生続くだろう。
私は周囲を見渡す。
ここは小洒落たレストラン。
綺麗な外装とは違ってメニュー表にはリーズナブルな値段の食べ物がズラリと並んでいた。
既に注文を終え、席で料理が届くのを待っている状況だ。
凛花さんの注文したハンバーグがいち早く届き、彼女は冷めない内にとすぐさま手に取ったナイフとフォークを巧みに扱い、肉汁溢れる料理を口に運んだ。
表情は綻び、二口、三口と止まらずに食べ続ける。
彼女が美味しそうにハンバーグを食べていると、もう一人食事に誘われていた女性が姿を現した。
「あ!やっと来たわね!遅かったじゃない!」
「いや、電車がさ……電車だよ?私は悪くないよ」
私も凛花さんと同じ方へ顔を向ける──すると、そこには渚沙ちゃんが立っていた。
表情は……うん、明るい。
彼女は亮介君の隣の席を見つめる。
渚沙ちゃんは少し戸惑った後に、恐る恐る亮介君に話かけていた。
「えっと……隣……良いかな?」
「ここしか空いてないんだし、早く座りな。お腹空いてるだろ?」
「う、うん……ありがとう」
そして嬉しそうな表情のまま隣に腰掛けた。
──渚沙と二人の時はそこまで会話は弾まない。お互い嫌っている訳ではないのだが、どうしても過去の決別が気を遣わせる。
だからこそ母である凛花が間に入る事が多いのだ……凛花が居れば亮介も渚沙も互いに安心して話をする事が出来るのだから。
「ごめんね、お兄ちゃんと涙子さん……電車がトラブルで動かなくなっちゃって……それで遅れちゃったんだよ」
申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にする。
「ちょっと!私の時は『電車がさ……』とか雑な言い訳してたのに、なんで亮介と涙子ちゃんにはそんな申し訳なさそうなのよ!?」
「そんなこと言って良いの?私、現役バリバリの東大生なんだけど?」
「いやどういうマウントの取り方よ」
「……渚沙」
「あ、な、なに、お兄ちゃん?」
「この激辛トマトソース煮込みカレーの100辛がオススメだよ」
「いや、こんなの食べれないよ!?」
「東大生なのに?」
「……あう……お兄ちゃん……いじわる」
「あれ?東大生様に食べれないものあるんですかぁ〜?」
「お母さん……やだ反抗期になりそう」
家族三人、楽しそうに笑い合っていた。
私はその光景を微笑みながら見つめる。
だって、そこには家族の絆が確かにある。
渚沙ちゃんはまだ少し亮介君の顔色を窺ってるみたいだけど、仲直りしたばかりだし、これから二人の絆もどんどん深まってゆくんだろうね。
─────────────
会計は凛花が全て支払う事になった。
亮介が『こういう時は母さんを頼って良いと思うよ』と言うものだから抵抗など出来ず、涙子もそれに従うしか無い。
因みに渚沙は『ゴチです』と笑顔で母親に伝票を託す。
このまま解散となったが、当然のように三人と連絡先を交換した。
だからこれは寂しい別れなんかじゃない。
これから亮介や渚沙……二人の母、凛花とも会う機会が何度も訪れる筈だ。
(それに、結婚式でも会うしね!)
さっきまで憂鬱がまるで嘘かのように、涙子は心を弾ませながら帰路に向かった。
──翌日からの涙子はまるで人が代わったかのようだった。
「おはようございます!今日も一日宜しくお願いします!あ、城戸先生!ちょっと暇な時があれば時間を貰えますか?」
「え……あ、構いませんが?」
「すいません、今更聞きたい事がありまして……ちょっとご迷惑をかけます!」
「ええ……別に迷惑だなんて、君はしっかりと整理整頓も出来てるし、授業の進め方も上手ですし、かなり頑張っていると評価してますよ?ただ、生徒と馴染める様にと少し注意はしましたがね?」
……そうだったんだ、と、涙子は胸を撫で下ろす。
『もう少し生徒と馴染めるようになりましょう』
この城戸先生にそう言われた。
涙子はてっきり先生に向いてないから警告されたのかと思っていたが、詳しく聞けばなんて事ない、ただこうしたら良いというアドバイスに過ぎず、むしろ、それ以外の部分は高く評価してくれていた。
そう……考え方ひとつ変えるだけで、こうも世界は色付く。
そんな日常の変化に涙子は喜びを噛み締めた。
「うむ」
涙子のやる気を良く思ったのか、城戸先生も笑顔で話し始める。
「聞きたい事ならいま聞きましょう、まだ授業まで時間がありますからね」
「……は、はい!──実は生徒と距離を感じてまして……なんか暗いと思われてるみたいなんです。何か仲良くなれる秘訣とか教えて頂けませんか……コーヒーご馳走しますので」
「要りません……生徒と仲良くなりたい、ですか……ああなるほど」
そんな事か、と……城戸先生は首を横に振った。
「どうやら心境に大きな変化があったみたいですね」
「はい!」
「じゃあ、大丈夫でしょ?」
「え……いや、えっと」
「今の活気に満ち溢れた貴女なら、子供達も気軽に話してくれますよ。あえてアドバイスするなら、ありのまま元気良くです」
「……は、はい」
「そんな不安そうな顔しないで。きっと大丈夫ですからね──あ、重ねてもうひとつアドバイスですが……あまり『一部の生徒』の顔色を伺わないことですかね」
そう話して城戸先生は去ってゆく。
──涙子は不安そうにしながら教室へと向かった。そして城戸先生のアドバイス通りに、ありのまま元気に授業を進めた。
そうすると生徒達の反応にも少しづつ変化が訪れる。涙子が実習に来て間もないのもあり、生徒達からの印象がまだ定まって無かったのも幸いした。
これが本当の姫川涙子なのだと、次第に受け入れられ始めたのだ。
「この問題わかる人居る?」
昨日まで涙子と上手く話せるか不安で手を挙げなかった生徒も迷う事なく手を上げる。
その反応が嬉しくて涙子は綻んだ。
そうなのだ、小学生の子供達がまともに話せない大人に懐いてくれる訳もない。
そして──
(たった一日で何を不安がってたの私は!)
──馬鹿みたいだったと心から思った。
「せんせーい!昨日まで静かだったのに、今日は元気だから変でーす!」
「え……どうしたの?」
「いや、なんか変だなぁって」
「………あっ」
その生徒に見覚えがある。
昨日、涙子に暗いと笑いながら言い放った生徒だ。彼女は悪意ある笑顔を涙子へ向けていた。
ここで今一度、城戸先生の言葉を思い出した。
『一部の生徒の顔色を伺わないことですかね』
(……あ、そういう事か)
何処にでも他人を傷付ける人間は居るんだ……例え、それが子供であったとしても。
小学生だから全員純粋だなんて有り得ない事だ。
涙子はそんな少女を優しく宥める。
毒牙を抜かれた少女はつまらなそうに窓の外へ顔を向けたが、それ以上、何かをしてくる事はなかった。
「………あ」
自分へ対する興味が目に見えてなくなっていたのは悲しかったが、それでも、平穏に午前中の授業を終えて昼休みを迎えた。
給食も食べ終え、子供達の多くは外へと遊びに向かう。涙子が弁当箱を片付けてる最中、人の波に紛れて外へ出ようとする一人の少女の姿が目に入った。
(今の私なら)
私はすぐに彼女を追いかけた。
そして少女が教室を出たタイミングで追い付き、そのまま声を掛けた。
「霧島遊香さん」




