再会
会いたいような、会いたくないような。
会いたいけど、合わせる顔がない。
一緒に居られると嬉しいのに、その資格がない。
彼の前では呼吸をする資格すらないかも知れない。
私にとっての君は、そんな矛盾を極めた様な相手で、一日たりとも忘れた事がない人。
(……ああ、コンビニのお弁当)
何故か、手に持っているお弁当を後ろ手に隠す。
自炊も出来ないダメな女だと思われるのが嫌だと思ってしまう。
そう思われたって別に良いじゃないか。
第一、コンビニのお弁当を食べるのなんて悪いことじゃない……それにわたしは独身なんだし、忙しいのも事実なんだから。
でも、一日の終わりをコンビニで毎日済ませるような女だと思われるのが嫌だった。
亮介君にガッカリされるのは、もう嫌なんだ。
私はそのまま顔を伏せる。
いつもそうやって逃げていたから、絶対に逃げてはダメな相手に対しても、やっぱりこうなってしまう。
これまで培ってきた逃げ癖に、こんな所でも足を引っ張られてしまうのだ。
「………あぁ」
俯いてても彼からの視線を感じる。
それに気付いた私の額からは汗も流れて来るし、動悸が激しくなる……もう一歩も動けなくなってしまった。
亮介君が転校してから初めて出会う。
最後に話したのは、保健室……桐島さんの友達に暴力を振るわれて怪我をした、あの日以来になる。
謝らなくちゃ……でも声が出なかった。
高校の時は簡単に謝るのは最低だと思って、時間を掛けて、沢山反省して……それから謝るつもりでいた。
だけどそうしてる間に、君は転校し、もう謝る機会すらも失ってしまったのだ。
だから、今、声を出して謝らないと。
「………えっと」
「……………」
「………………ぁ」
声が出なかった。
どうやっても、その後の会話を想像して恐怖する。
ずっと謝りたかったのに全然出来ない。
もう無理だ……もう限界だ。
こんなんじゃ先生になる資格なんてないよ。
今の私が子供達に何を教えられる?
今回の教育実習で子供達と接する機会を得た。
そこで気付かされたのが教師に向いてないという、先生を目指す私には辛い事実だった。
明るく接したつもりなのに暗い先生だと思われた。
結構、無理をして笑顔を振る舞い、自分なりに精一杯頑張ったのにそんな風な印象を子供達に持たれた。
頑張ってそう思われるんだから、少しでも手を抜いたらお終いだ。
それに……このまま先生になったとして、何処かでクラスを受け持つ先生になれたとしても、きっと子供からはハズレの先生だと思われてしまう。
可愛い子供達の貴重な一年を台無しにする。
(……もう辞めよう……先生なんて)
私にも考えがあった。
だから頑張って来たんだけど、これ以上は頑張れないと思う。ここで亮介君に出逢えたのも、きっとそういう事なんだろうな。
彼の一生を台無しにした私が、性懲りも無く夢を追いかけてるのを神様が怒ってるんだ。
彼の顔を見た瞬間、高校時代の悪行が鮮明に浮かび上がって来る。
「……生徒会……いえ、姫川さん」
「………はい」
存在をスルーされると思った。
意外だったけど、でも、何を言われるんだろう?
…………例えどんな事を言われたとしても、彼の言葉を受け入れなきゃ。
私は俯いたまま、彼の言葉に耳を傾ける。
「……あー……良かったら公園に行きません?歩いて直ぐの場所にあるんですけど」
「……え、う、うん」
コンビニの入り口じゃなく、落ちつける場所で話したいらしい。私は言われた通り、彼の後に続いてコンビニから離れる。
(さっきから手汗が止まらない──でも)
……気の所為かな?
彼の声色は、思ったより優しかった気がした。
──────────
公園は本当に近くにあった。
丁度コンビニの裏側にある住宅街だ。
普段、表の道しか通らないから気が付かなかった。
だけど近くで暮らしているのに気が付かないとは……なんて無知なんだろう。
「座って下さい」
「う、うん」
私は亮介君に言われたまま公園のベンチに腰掛けた。
そして彼の視線は、私が手に持っているコンビニ弁当へと向けられた。
「その弁当、美味しいですよね」
「え……あ、た、偶に買う」
白身魚のフライがメイン。
値段も安くて普段から良く食べている。
コンビニ弁当には触れて欲しくなかったはずなのに、意外にも肯定的だったから安心した。
「良く食べてたなぁ……ま、これからはコンビニの弁当を食べる機会はなくなると思いますけど」
「………え?」
ここでハッキリ気が付く──彼の指に嵌められた指輪の存在に……
さっきまでは緊張して気付かなかったけど、落ち着いたら直ぐにわかった。
そして、その相手が誰なのかも──
「麻衣さん……?」
「正解です。よく分かりましたね」
「わかるよ……二人を知ってる人間なら、誰だって分かるよ」
「そうですか」
「うん……結婚おめでとう」
「……はい、ありがとうございます」
迷わず祝福する事が出来た。
そして意外にも、亮介君は私からの祝福の言葉を素直に受け入れてくれた。
何を言われても仕方なく思っていたし、言われても当然の人間だと自覚している。
それなのに笑顔で接してくれるのはなんでかな?
「つい昨日なんですよ、指輪を買ったの」
「そうなんだ……凄い偶然だね」
彼と話をしていると元気が出て来た。
やっぱりカッコいいし、優しい男性だと実感した。
……素敵な女性と結婚しているのに未練タラタラだね。
「……実は婚約だけで、結婚はまだなんです」
「……そっか」
「なので姫川さん──」
そう言うと、彼は手提げ袋の中から一枚のカードを取り出した。
そして、それを私へ差し出して来る。
「──結婚式、姫川さんも参加しませんか?」
「……え?」
それは本当に意外な話だった。
結婚がまだなのが意外だったんじゃなく、私に招待状を差し出してきた事が信じられない。
何よりも、どうして私を相手に好意的な態度で接してくれるのかが一番理解に苦しむ。
最後に保健室で話をした時、亮介君は凄く私を恨んでいた筈だった。
「……あ」
思わず、そのカードを受け取ってしまう。
私が参加してもいいモノなのか、凄く不安だ。
「……先生目指してるんですか?」
「え!?………あ!」
なんで知ってるの……そう聞く前に、その答えを自分で見つける事ができた。なんと教育実習の札を首に掛けっぱなしだった。
私は慌てて札を取りポケットに仕舞い込んだ。
「……そんな慌てなくてもいいのに」
「……気付かなかった」
本当に恥ずかしい。
買い物中もずっと見られていたって事だもん。
私は顔を伏せて黙り込んでしまった。
「いや、そんなに気にしなくても、大したミスじゃないですよ?」
「そ、そうだね」
本当にそう思えてきた。
これが家に帰って、一人の時に気付いていたら、きっと凄いダメージを受けていたと思う。
亮介君と一緒の時で良かった……
亮介君と一緒で……
………
………
「……どうして?そんな普通に接してくれるの?」
私は思わず、そう聞いてしまった。
「……なんの話です?」
私からの問い掛けに、亮介君は不思議そうに頭を傾げていた。
「………ッ!」
まるで私が彼に対して行った悪行を忘れたかのような振る舞いに、私は更に言葉を続ける。
「わ、私は君を誰よりも傷付けたのに、どうして結婚式の招待状を渡すの?……君は私をどこまでも怒っていいのにどうして?」
「…………」
醜いな、私……そんな事を聞いてどうするんだろう。
亮介君を困らせてしまうだけなのに。
きっと今の話を聞いて彼も呆れてる筈だ。
「──どうしてって……貴女は麻衣を助けてくれたじゃないですか……俺にとってそれは何よりも大事です」
その言葉を聞いて、私は小さく息を飲んだ。




