第2話 ヴィスビュー旧市街
旧市街を覆っている魔力はかなり強く濃密だ。こんな物をずっと浴び続けていたら邪神の眷属ではない普通の人間であってもどんな影響が出るか分からない。実際神力を凝らして注視してみると魔力の塊がまるでのたうつ触手のように、行き交う人々に纏わりついて浸食しているのが分かる。
魔力の塊に取りつかれた人間は一様に暗く淀んだ印象になり、剣呑な雰囲気を纏わせるようになっていた。
地元の住民だけでなく、明らかに観光客と分かる外国人に対してもだ。そしてそういった観光客が城壁の外に出て行っても、纏わりついた魔力はその人間に取りついたままだ。天馬はその光景に眉をひそめた。
「……おい、これって何気に結構ヤバくないか?」
「うむ……何となくだがこの『結界』を張っている存在の目的が見えた気がするな」
アリシアも同意するように深刻な表情で頷く。シャクティだけは今一つ解っていないようで首を傾げた。
「も、目的、ですか? 確かにこれだけの『結界』を張れる存在がこの街にいるのは憂慮すべき事でしょうが……」
「うむ、いや……まだ推論の域を出ないので、今の段階であれこれ言うべきではないな。だがこの『結界』を張っている輩は見つけ出して滅した方が良いのは確かだろうな」
少なくとも住民や観光客たちに何らかの悪影響を与えているのは間違いない。
「それとディヤウスの捜索もだな。といってもこっちから能動的に捜すのは難しいんだが……」
天馬が唸る。それはこれまでの旅でも可視化された問題点ではあった。何分情報が少なすぎるので探しようがないのだ。解っているのは精々現地に住む若い女性だという事くらいだ。これではどうにも出来ない。
「そこはディヤウス同士の引き合う力に賭けるしかないな。願わくば邪神の勢力に先に発見されているという事態だけは防ぎたいものだが」
未覚醒の状態で邪神の勢力に捕捉されるのは危険だ。茉莉香の件は最悪のケースだったが、似たような事が起きないとも限らない。
「どうしましょう? 余り居心地がいいとは言えませんし、とりあえず一旦ここから出ましょうか?」
シャクティが促す。この旧市街に満ちる魔力はディヤウスに影響を及ぼす程ではないが、それでも神力と相反する魔力に満たされた空間が不快である事に変わりはない。シャクティもすっかりテンションが下がって完全に観光気分ではなくなったようだ。
「そうだな。一旦ホテルに戻って、改めて今後の方針を……」
天馬が頷いてそこまで言い掛けた時だった。
「――皆、一体どうしたの? ヘルガ! マルグレーテ! 正気に戻って!」
「……!!」
通りの先から女性の逼迫した声が聞こえてきた。顔を見合わせた天馬達が駆け向かうとそこは旧市街の広場のような場所で、ちょっとした人だかりが出来ていた。
しかし……異様なのは人だかりが出来ているにも関わらず、全く騒めきがなく誰もが無言でいる事だ。普通これだけの人数が一箇所に集っていたら、必ず複数個所で人の会話や囁き合い……つまりそれらが集まった騒めきというものが発生するが、それが無くただ無言で静寂に包まれた人々が同じ方向を向いて立っている。
それは何とも不自然で無気味な光景であった。そしてこの無言の群衆が取り囲む先には……
「な、何なの……何故皆黙っているの? な、何をするの? やめて……離してっ!」
先程聞こえたのと同じ女性の声。外からは見えないが、どうやらこの『群衆』に取り囲まれて何らかの被害を受けている様子だ。この異常な状況と合わせて放置しておく事は出来ないだろう。
「おい、どけ! やめろ!」
天馬が人波を強引に掻き分けて進む。その後ろにアリシアとシャクティも続く。群衆は抵抗しなかったが、その代わりに天馬達の事も虚ろな目で見つめてきた。
群衆を掻き分けた先では、案の定1人の女性が何人かの人々によって襲われている所だった。襲っている方は武器の類いは持っていなかったが何分人数が多く、襲われている女性は必死に抗っているが敵わずに揉みくちゃにされていた。
群衆は彼女を殺そうというよりは、捕まえようとしている様子に見えた。だがどちらであっても女性の意思を無視した侵害には変わりない。
「やめろっつってんだろが!」
恐らく魔力によって何らかの精神支配を受けていると思われるだけの一般人相手に、まさか強引に斬り払う訳にもいかず、その代わりに素手で彼等を引き剥がし突き飛ばしていく。
「こやつら明らかに正気ではないな。我等も多少強引に行くぞ」
「は、はい!」
アリシアとシャクティもそれに倣って素手で強引に彼等をどかしていく。ディヤウスに覚醒している彼女らも天馬程ではないがその気になればかなり高い膂力を発揮できるので、一般人相手なら強引に押しのける事は十分可能だ。
「おい、大丈夫か!?」
「あ…………」
群衆に揉みくちゃにされて酷い有様にはなっていたが、無事ではあった女性が呆然とした顔と声で天馬を見上げた。
「……!」
その女性と目が合った天馬もまた一瞬硬直した。まず目に付いたのは色素の薄い乱れた銀髪だ。揉み合っていたから乱れたのであって、本来は流れるような美しい髪型だったのだろう。
北欧人らしい堀の深い整った顔立ちに、その目はやや赤みがかった不思議な色合いの瞳をしていた。そして肌は同じ白人のアリシアよりも尚はるかに透き通るような白さ。
その外見に目を奪われたのは事実だが、天馬がその女性を見て硬直したのはそれだけが理由ではなかった。
(……おいおい、マジか!? 言ってる傍からかよ!? どんだけだよ!)
襲われていたその銀髪女性は……未覚醒のディヤウスであった。即ち天馬達が探し求めていた人物だ。既に何度も体験した感覚なので間違う事は無い。事実遅れてその女性を見たアリシア達も驚きに目を見開いていた。
『『『おお……何と不快なエネルギーだ。お前達はディヤウスか。その女を保護しに来たか? 私の邪魔はさせんぞ……』』』
「……!!」
群衆たちが初めて喋った。だがそれは全員が一斉に同じタイミングで同じ言葉を喋るという奇々怪々な代物であった。『私』という呼称からして、彼等に喋らせているのはこの事態の裏にいる存在か。異様な現象に銀髪女性の顔が恐怖で引き攣る。
とりあえず今は悠長に話している暇がない。天馬はアリシア達と頷き合うと、銀髪女性の腕を掴んで強引に立たせた。
「……っ」
「色々疑問はあるだろうが、すくなくとも俺達はアンタの味方だ。まずはここから逃げるぞ。詳しい説明は後でしてやる。いいな?」
「……! そうね、解った。ありがとう」
異常事態ながら意外に物わかりよく頷く銀髪女性。事態をややこしくする余計な疑問や警戒心を差し挟んだりもしない。もしかしたら先程は慌てていただけで、本来は冷静で落ち着いた性格なのかも知れない。あのような事態に1人巻き込まれれば動揺してしまうのも当然だ。
「俺が道を切り開く! アリシアとシャクティはこの人の護衛を頼む!」
数の圧力で包囲を狭めてくる群衆を突破すべく天馬が指示する。乱闘になった際に庇いながらだとどうしても密着する可能性があるので、銀髪女性の警護は同性のアリシア達に頼む。
「わ、解りました!」
「うむ、任せろ!」
天馬の意図を察した彼女らもすぐに頷いて銀髪女性の両脇に付く。
「行くぜ! 遅れるなよ!」
天馬が合図と共に群衆に突進する。そのすぐ後ろに銀髪女性を間に挟んだアリシア達が続く。操られた市民や観光客がひしめく旧市街からの脱出行が始まった!




