第3話 強行突破
「どけ! 邪魔するな!」
天馬は押し寄せる群衆の注意をなるべく自分に引き付けるべく大声で怒鳴りながら、強引に群衆を掻き分けて道を作る。
しかしやはり操られているだけの一般人相手なので武器や技を使う訳にもいかない。その為相手の数が多いとどうしても取りこぼしが出てくる。そういう連中は彼の後ろから追随するアリシアとシャクティ、そして彼女らに守られた銀髪女性をターゲットにしてくる。
「ええい、寄るな! 下がれ!」
「皆さん、正気に戻って下さい!」
アリシアもシャクティも天馬と同じように素手で彼等を押しのけたり振り払ったりするが、天馬と同じ理由でその処理速度は鈍い。銀髪女性は未覚醒でありまだ戦う力はないので、敵に群がられたら抵抗できない。
「…………」
だが彼女は不必要に取り乱したりする事無く、冷静にアリシア達に守られている。護衛する側としては余計で予測できない動きをされる心配がなく、ある意味で理想的な護衛対象の態度ともいえる。
その甲斐もあってようやく群衆の波を掻き分けて突破できたかというタイミングで――
「……!!」
エジプトでも散々聞いたパトカーのサイレンがけたたましく耳に入ってきた。どうやらこの『騒ぎ』に警察が駆け付けてきたらしい。だが……
「テンマ、油断するなよ?」
「へっ、言われるまでもねぇぜ」
警察が駆け付けてきた事は、彼等にとって特に安心材料とはならなかった。否、それどころか天馬達はむしろ警戒の度合いを高めた。
「どういう事? まさか警察にも抵抗するというの?」
銀髪女性がここで初めて疑問を呈した。これまで比較的冷静に事態に順応していた彼女だが、流石にこれは仕方が無いだろう。邪神の勢力の事を知らなければそう思うのは当然だ。
「論より証拠だな。そら、早速おいでなすったぜ」
「……!」
混沌とした旧市街の広場に何人もの警官達が駆けこんできた。ゴットランド警察の本物の警官達のようだ。だが様子がおかしい。
広場のそこら中に群衆が倒れており、立って動いている市民や観光客たちも明らかに正気ではない様子でゾンビの如く天馬達に群がっているという異様な状況だ。
こんな状況を突然目にしたら誰だって自分の目を疑って動揺するだろう。そして可能な限り状況の把握に努めようとするはずだ。……警官達が普通の人間であれば。
だが広場に駆け込んできた警官達は、その本来あるべきプロセスをあっさりとすっ飛ばして銃を抜くと、その銃口を躊躇う事無く天馬達に向けてきたのだ。まるで最初から天馬達が狙いであるかのような迷いの無さだ。
「……っ!?」
「これで分かったか? 今までの常識を捨てろ。お前は既にそういう事態に巻き込まれている」
警官に銃を向けられて動揺を示す銀髪女性に、アリシアが警告しながら自身も素早く銀色のリボルバー『デュランダル』を顕現させてグリップを握る。まるで手品のように何もない空間から突如銃が出現するという現象に、銀髪女性は再び目を瞠った。
警官達が容赦なく発砲してきた。何発もの銃声が旧市街に響き渡る。銀髪女性が思わず悲鳴を上げたが、彼女の元まで到達した銃弾は一発も無かった。
「え……?」
女性が恐る恐る顔を上げると、そこにはやはり顕現させた神器を構えた天馬とシャクティの姿が。2人が全ての銃弾を斬り払ったのだ。
「むんっ!」
アリシアが神聖弾を発射して警官達の銃を弾き飛ばそうとするが、警官達は何と人間離れした挙動で神聖弾を避けて大きく跳び退った。そして更に銀髪女性の目を疑うような光景が展開された。
警官達の身体が肥大して制服を破り、見る見るうちに異形の怪物の姿へと変わっていったのだ。
それは一見すると身長が2メートル程はありそうな、真っ白い体毛に覆われたゴリラの如き生物であった。だが断じてゴリラではない。太い四肢のバランスそのものは人間に近いし、手や足の先には凶悪そうな鉤爪が備わり、目は白濁して不揃いな牙が並んだ口からは蒸気のような吐息が漏れ出ている。
それはゴリラというよりは、想像上の生き物であるビッグフットをより凶悪にしたような外見の怪物達であった。
「ひっ……!? あ、あれは何……?」
「けっ……あれがこの国の進化種共の姿って訳かよ」
銀髪女性が流石に恐怖に目を見開くのを、それを庇うように前に出た天馬は『瀑布割り』を構えて油断なく怪物達を見据える。怪物達が一歩進み出てきた。
『忌々しい神化種共め……。この街に潜んでいただけでなく、外からもやって来るとは。我等の計画の邪魔はさせん。この場で死に果てるがいい!』
白いビッグフット達の一体が吼えると、それを合図に他の怪物達が一斉に襲い掛かってきた。
『ゴアァァァァァッ!!』
見た目通りの野獣のような咆哮を上げてプログレスが、巨大なハンマーのような拳を打ち下ろしてくる。かなりの速さだ。
天馬が咄嗟に躱すと、プログレスの拳は石畳を大きく抉らせて破片が飛散した。速さだけでなく威力もかなりの物だ。
「おらっ!」
天馬が反撃に刀で斬り付けるとプログレスは片腕を掲げてその斬撃を受け止めた。すると……
「何……!?」
天馬が目を瞠った。何とプログレスの剛毛に包まれた腕は天馬の斬撃を通さなかったのだ。神器による斬撃だ。プログレスの腕程度なら間違いなく一撃で斬り落とせていたはずだ。プログレスが反撃に空いている方の腕を薙ぎ払ってくる。
「ちぃ……こいつら!」
天馬は飛び退りながら舌打ちする。その横ではシャクティが二振りのチャクラム……『ソーマ』と『ダラ』を手に、踊るような流麗な体術でプログレスの攻撃を避けつつチャクラムで斬り付ける。
「……っ! か、硬い……!?」
そしてその手応えに顔を顰める。やはり彼女の攻撃もプログレスの剛毛や肉体を斬り裂く事が出来ない様子だ。
その後ろからはアリシアの援護射撃がプログレスの胴体に命中するが、奴等は何と痛みに怯みはしたものの、それで死んだりする事無く再び体勢を立て直して襲い掛かってくる。
「ぬぅ……神聖弾でも貫通できんとは……!」
「どうも肉弾特化っぽい連中だな!」
天馬が目の前のプログレスに応戦しながら断じる。目立った特殊能力や遠距離攻撃などを持たない代わりに、高い膂力と耐久力に特化している。それがこの地域のプログレス達の特徴のようだ。
天馬達が初めて戦うプログレス達に手こずっている間に、操られた群衆が後ろから追い縋ってきて、銀髪女性をターゲットに群がってくる。
「ちぃ……! 悠長にチャンバラしてる暇は無さそうだな……!」
銀髪女性を守りながらこの無駄に硬いプログレス共を相手にしている余裕はない。しかも操られた群衆は斬り捨ててしまう訳にも行かないから余計に厄介だ。天馬はアリシア達と目線だけで頷き合うと、まずはこの旧市街からの脱出を優先する。
『鬼刃連斬!!』
『女神の舞踏会!』
『拡散神聖弾!』
彼等はそれぞれ威力よりも手数と攻撃範囲を重視した技でプログレス達を牽制。当然それだけで倒す事は出来なかったが、奴等が怯んだ隙にアリシアが銀髪女性を半ば強引に抱えるようにして強行離脱を敢行する。天馬とシャクティはそれを両脇から護衛して、プログレス達を牽制する役割だ。
即席のフォーメーションだが功を奏し、天馬達は何とか群衆とプログレス達の包囲網を脱出する事に成功した。だが安心してばかりもいられない。突破した敵が後ろから追い縋ってくるし、遠くからは新たなパトカーのサイレンが聞こえてくる。この街の警察はほぼ邪神勢力の支配下と見て間違いなさそうだ。
「このまま突っ切るぞ! 遅れるな!」
天馬達は一路旧市街の出入り口を目指して突き進む。途中で群衆や警官に遭遇するが、まともに相手にせず牽制だけに留めて脱出を優先する。
その甲斐あって何とかヴィスビューの輪壁を越えた天馬達は、そのまま銀髪女性を抱えて一目散に旧市街から離れていくのであった。




