バルセル
この世界と全く違う場所の事を乳母に話した事がある。乳母は恐ろしい顔をして俺に言う。
「ぼっちゃま、絶対に奥様に言ってはいけませんよ?これ以上」
これ以上、奥様を苦しめてはなりません。
懐かしいな、昔の事を思い出した。
天才だ神童だと騒がれていたが、母は俺の事を気味悪がっていたっけ。
断片的だけど、ここが物語なのは知っている。
そして将来、俺がこの家から出ていく事も。
俺は一人の少女と仲良くなればいいだけ。
□□□□
「『ねえ、君新入生?』」
「あ!!はい!」
うわ、本物だ!なんて小声で言ってるの聞こえてるんだけど、どうもこの子も記憶があるみたいだ。
俺の役割は攻略対象だ、子供の頃はよくわからなかった記憶のパーツが最近は鮮明にリアルに思い出せる。
だから、この世界が乙女ゲームの設定通りで、俺達が役割をもってストーリーをなぞっていくのも必然なんだろう。
あの家から出ていけるなら何だっていい。
むしろ、バッドエンドになってもらわないと困る。
俺はあの世界へ還りたい、魔道の知識の中に召還がある、ならば逆も出来る筈だ。
その為には、魔道塔の禁書がどうしても読みたい。
ごめんね、俺達は君の望むような王子様じゃなくて。
見てるうちに色んな意味で可哀想な子だなと思っていたけど、ミレニアじゃない表情をする時があるのに気がついた、本当はこんなに明るい子じゃないんだろうなって思う。
なんか最初は同情だったんだけど、最近は可愛くみえてくるから不思議なものだ。
早いもので断罪が近い、あと少ししか側にいれないけど。それまでは優しくしてあげる、可哀想で可愛いミレニア。
それでも、どうしてもあの世界に帰りたい。
もし帰り方が解ったら、彼女も誘ってみようかな。
それはとてもいい考えで彼女に対する罪悪感が薄れた。
□□□□
処分が決まり、ようやく魔道塔に入れる日がきた。ずっと管理者が居なくどれだけ朽ちているのかと思えば、外も中も古の魔法で保存されている。
雲の高さまである魔道塔の塔の真ん中に螺旋階段が連なって1階は居住スペースだ。
時間はまだある、今日はゆっくりするか。
「やめろ!やめてくれっ!うわああぁぁ!」
自分の絶叫で目が覚めた。
子供の時から自分が殺された日の事を夢に見る。
自分と愛する家族が殺される日、俺はその日に戻らないといけない。
俺はどうなっても構わない、家族を助けることが出来るなら。
それさえ叶えたら俺は…。
次の日から魔道塔の書物を読み漁る。
2階には目ぼしい本は無かった。
塔に籠もって1ヶ月漸くそれらしい本が見つかった。
逆召喚について。
ただ帰るだけじゃない、定まった事柄が起きる前までという制約がある。
中々、日時を固定する魔道書は見つからなかった。
塔の半分まできた、既に1年は経っている。
しかし、俺は最悪な事に治る見込みのない病を患ったようだ。どうすればいい?折角ここまできたのに。
そういえば、参考になりそうな本があったっけ。
もう一度中身を確認した。
まさか自分がこんな外道のような真似をすることになるなんて。
誰がいいだろうか、よく考えろ。
殿下は論外だ、王家から降りたとはいえ監視はついている、ユーレンも妹と離れないだろう。
ハロルドかナハト。
聖職者か…かなり女神の恩恵を受けていそうだな。
であれば、ナハトか。
俺は久々に外に出る準備をする。
懐かしい旧友を捕まえる為に。




