思い出の宿
「……懐かしいな、ここも」
王都を出ておよそ一週間。
一行は、ユウシアの実家に行く前に、彼たっての希望からセリドの街へとやって来ていた。
「私とユウシア様が初めて会った場所……思い出の地、ですわね」
「そうだな……。演説してたリルが襲われて、それを助けて……本当に、懐かしく思えてくる。そんなに経ってないはずなんだけどな」
「なんだかんだ、色々あったからね」
思い出話に花を咲かせる三人。フィルは、なんとなく交ざらないでおく。……シオンが、一人になってしまうから。
と、思ったのだが。
「セリド、ですか……何年ぶりでしょう」
と、こちらもまた懐かしそうに目を細めるシオン。
「来たことがあるのか?」
一応学外なので、王女として敬語はなしだ(この口調が相応しいかは別だが)。ちなみに、リルはあの喋り方が基本である。
「はい。実はこの街で、親戚が宿を営んでいるのです」
「宿……失礼だが、平民の?」
「まぁ、そうですね。交流こそあれ、血筋は大分離れていますから」
二人がそんな話をしていると、ユウシアが声をかけてくる。
「フィル、先輩。今日はこの街に泊まろうかと思うんですけど、いいですか?」
「あぁ、私は構わんぞ」
「私も問題ありません」
「ありがとうございます。……それで、泊まる場所に関してなんですけど、リルが普通の宿に泊まってみたいって聞かなくて……」
「あぁ……普段は王都を出たとしても位の高い貴族の家を借りるか貴族専用の高級宿しかないからな……。全く、姉上は普段はどちらかというとおっとりしてるのに、好奇心は人並み以上にある上、変なところでアグレッシブだな、本当に」
否定出来ないユウシアである。
「それでしたら、私の親戚の宿に案内しましょう。“普通の宿”ながら、質は保証しますよ」
「へぇ、先輩の親戚がここで宿やってるんですか……じゃあ、それでお願いします」
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「……まさかここだったとは……凄い偶然もあるもんだな」
シオンの案内によりやって来た宿。そこは、前にユウシアとアヤが泊まった宿だった。
「うーん……あまり思い出したくない記憶が――」
「あら、お客さん?」
「「ひっ!?」」
悲鳴を上げるユウシアとアヤ。声の発生源である後ろを見るとそこには――
「あ、シオンちゃん! 久しぶりね」
この宿の女将、ミラの姿が。
((般若だ、般若の人だ……!))
ユウシアとアヤが全く同じことを考える。
「ミラさん、お久しぶりです」
「しばらく見ないうちに大人っぽくなって……どうしてこんなところまで?」
「彼――ユウシアさんの里帰りについて来たのですが、その途中にここへ」
「彼?」
くるり、と振り返るミラ。
「…………」
そのまま、ユウシアの顔をじーっ。
「…………」
思わずユウシアもじーっ。
「……ユウシア、さん? もしかして、うちに泊まったことあります?」
「はい」
「やっぱり! どこかで見たことあるなーって思ってたんですよ。あの時はミーナがご迷惑を……」
「あぁいや、いいんですよ。面白い子じゃないですか」
(女将さんは怒ると怖いけど。とっても、怖いけど)
笑顔の裏でそんなことを考えるユウシア。実際に怖いんだから仕方ない。
そんなことを思われているとは露知らず、ミラはシオンに問いかける。
「それで、もしかして今日は、皆泊まってくれるのかしら?」
「はい。空いていますか?」
「んー……っと」
と、人数を数えるミラ。
「一人部屋が一つと、大部屋一つかしら……あら、一人部屋が空いてないわね。二人部屋ならあるんだけど、その分料金が……」
一人部屋にユウシアが一人、他の全員は大部屋、と考えたミラだったが、一人部屋は空いていなかったらしい。二人部屋にすると料金も二人分かかってしまうので、それでも構わないか、とシオンを見る。すると彼女は、
「あ、そちらの方がいいと思います」
「え?」
シオンの言葉にキョトンとした表情で首を傾げるミラ。シオンは、完全に無表情だった。
「多分、ユウシアさんとリル殿下を同じ部屋にした方が、いいと思います」
諦めの境地である。むしろ勧めていく。
その言葉に色々と察したのか、ミラは笑顔を浮かべて――
「あら、そういうこと……うふふ、若いっていいわねー。えっと、ならユウシアさんとリル殿下……殿下?」
はて、どこかで聞いたような。そんな顔になり、
「って、お、おお王女様!?」
目とか口とかを美人が台無しになるレベルでポカーン。
「ちょ、ちょっと失礼しますね?」
そう声をかけておいて、リルを上から下まで観察するミラ。
「……綺麗な桃色の髪に、整った優しげな顔、抜群のスタイル……そして何より演説のときに見たのと全く同じ姿……ほ、本物、ですか?」
「本物ですわ」
「ご、ご無礼をお許しくださいっ!」
笑顔で返すリル。そこから土下座までにかかった時間、なんとコンマ一秒。
「構いませんから、頭を上げて……お忍び、ですから、お静かに頼みますわ」
「は、はいっ」
「……それと、ユウシアと姉上の関係についても、内密に」
姉上、忘れているぞ、なんて言いながら、そう付け加えるフィル。ミラはそちらを見ると、
「……燃えるような赤い髪に、姉と似てやはり整った、しかしこちらはやや攻撃的な顔……そしてこちらも抜群のスタイル……えぇと、フィル様、です?」
「そうだが」
「ごご、ごぶれっ……ハッ!」
静かに、と言われていたのを思い出し、慌てて口を押さえるミラ。しかし体は止められず、ペコペコと謝るばかり。フィルは困ったようにしながら手振りで彼女を止める。
「……女将さん、部屋、お願いできます?」
そんな彼女達のやり取りに苦笑しながら、ユウシアが口を開く。
「は、はいっ! 少々お待ちください! ミーナ! お客さんよ!」
「はーい」
タッタッ、と軽やかに走ってきたのは、この宿の看板娘であるミーナ。彼女はやって来るなりユウシアとアヤに気がついて、
「……ボール、いります?」
「いらないよっ! っていうか、シオン先輩に反応してあげて!? 親戚なんだよね!?」
アヤの素早い反論。無視されたシオン、遠い目。
「くふふ……シオンねぇには後でいっぱい甘えるからいいんですっ!」
「そっか、なら大丈夫だね」
シオン先輩が、と声には出さずに考えるアヤ。だって仕方ない。当のシオンが、ミーナの言葉を聞いてとっても嬉しそうな表情になったのだから。
「ミーナ、二人部屋と大部屋一部屋ずつね。案内して差し上げて」
「二人部屋……? ははーん、りょーかいっ!」
ミーナは、ビシッ! と敬礼する前に、妙に距離の近いユウシアとリルを見てニヤリと笑った。