師匠
「……聞きたいことがあるんだ」
夏休みが始まって三日後、宣言通り里帰りをしようとしたユウシア。彼は、ガイルが出してくれるという馬車の前で、おもむろに口を開く。
「どうされました、ユウシア様?」
それに首を傾げるリル。しかしユウシアは彼女を見て首を横に振る。
「いや、リルじゃないんだよ。俺が聞きたいのは――そこの、三人」
そう言ってユウシアが指した方にいたのは、アヤにフィル、そして――何故か、シオン。
「とりあえずアヤから行こうか。何、ついてくるつもりなの?」
「いやぁ、二人の旅行を邪魔しちゃダメかなーとは思ったんだけど……これでついてかないと、あたし一人ここに残ることになっちゃうし……フィルも行くって言うからさ」
苦笑いしながら答えるアヤ。
「なるほど。フィルは?」
確かに、ユウシアもリルも、そしてフィルもいないようなところにいたくはないだろうし、ついて行こうと考えるのも仕方のないことだ、と納得したユウシア。ついで、フィルに目を向ける。
「ユウシアの故郷は、凶悪な魔獣の生息で有名なあの“魔の森”なのだろう? 訓練にはうってつけの場所だろう。もちろん、父上の許可は取っているぞ?」
「なんだ、ただの脳筋か」
ユウシアは、思わずボソリと呟いた。
「仮にも一国の王女に失礼じゃないか!?」
「いや、だって……義妹だし?」
「そうか、そうなるんだったな!」
意識していなかったらしいフィル。ツッコミの勢いそのままにそう返す。
「はぁっ……。ユウシア、私はな、我慢ならないんだ。騎士たるこの私が、あくまで騎士候補でしかない学生に敗北を喫したことが。……もちろん、負け惜しみを言うつもりなんてない。私が負けたのは、私が弱かったからだ。だから私は、強くなりたい。胸を張って、『私は騎士だ』と、そう言えるように……」
胸に手を当て、そう告げるフィル。ユウシアはそんな彼女をじっと見て何か考えるようにすると、微笑を浮かべて口を開く。
「……うん、いい意気だ。そういうことなら、俺も協力しよう。とことん鍛えてやる」
「うっ……お、お手柔らかに頼む……」
頬を若干引き攣らせるフィルにユウシアは今度は苦笑を見せると、残ったシオンにも問いかける。
「それで、先輩は何故ここに?」
その質問に、シオンは間髪入れず、
「師匠」
「うんちょっと今変な言葉にルビ振ってあった気がするけどまぁいいや続けてください」
「あの日――祝勝会の日の夜、師匠と殿下の話を聞いてしまったんです」
「え、聞かれてたの……っていうか最早呼び方隠す気もないんですね」
「うぅ……私、変なことを言っていたりしませんよね……?」
「愛を囁きあっていましたよ。――そこで私は考えました。師匠の強さの秘訣は、生まれ育った環境にあるのではないか、と……」
「つまり?」
「私も鍛えて欲しい」
「呼び方を改めるならフィルと一緒に鍛えてあげないこともないです」
「よろしくお願いします、ユウシアさん」
ペコリ、と頭を下げるシオン。彼女は素直だった。
なんてことを考えながら、ふとリルに目を向けるユウシア。と、
「あ、あああ愛を、ささ、ささやっ……」
シオンが何気なく漏らした一言がそんなに恥ずかしかったのか、彼女は顔を真っ赤にして、目をグルグル。つまりどういうことかというと、
(……うん、可愛い)
親バカ――ならぬ彼氏バカは、いつでも健在だ。
ニコニコと、しかしニヤニヤも若干混じった笑顔を向けるユウシアを見たリルは、頬を膨らませる。
「もうっ……ユウシア様、私が取り乱している姿を見て笑って……人が悪いですわ」
「ごめんごめん。リルが可愛くってさ」
「ユウシア様……もう」
嘘偽りない本心。それを聞いたリルは、顔を更に赤くして、顔を背けてしまう。
「まぁたやってるよこの二人は……」
「最近は毎日こんなのを見ている気がするな……わざと私達の前でやっているんじゃないだろうな」
「この身はとうに闇に捧げたつもりだったのですが……こう幸せそうな姿を見ていると、少し羨ましいものがありますね」
三者三様の感想を漏らすアヤ達。シオンが思いの外肯定的だったのが意外だ。
なんてふと思ったユウシアに、今回御者を務めてくれることになったミハイルさん(二十三歳独身)が声をかけてくる。
「……準備、出来ましたけど」
若干、やさぐれた感じで。
「あ、ありがとうございます。じゃ、行こうか、皆」
ユウシアは、気づいていてあえてスルーした。




