012――雪
――カルリア候国。都市オーガン。宿屋。
「どうしてこうなった」
朝。
起きたら、両隣にリーアと緋音が居た。
な、何を言ってるか分からねーと思うが、俺にも分からない。
とりあえず、右側にリーア、左側に緋音が、それぞれ俺の腕に抱き付く感じで寝ている。
「すぅ……」
「くぅ……」
2人の寝息が首筋にかかるし。
両腕には柔らかい感触があるし。
何か良い匂いまでするし。
「どうしてこうなった……」
確か……、昨日は街を影で調べて、それで疲れてホテルに入って、緋音と何か話して……駄目だ、その後何をしたか覚えてない。
とりあえず、確かに俺は1人で寝た筈だ。いや、断じてヤっちゃったりはしていない……筈。
で、どうすればいいんだよ。コレ。
あと、何故か非常に寒い。できれば早く布団から出て暖炉で火をおこしたい。
「あ、先輩起きました?」
「あぁ、今起き――!!!??」
ちょっと待て。何で今琉青の声が聞こえた。
「おはようございます。先輩☆」
「☆はうざいからやめろ! ……じゃなくて。何でお前がここに居る」
「え? だって先輩がここに居るから……」
「いや、理由になってねぇ!」
はぁ……。
ホント、どうしてこうなった。
「とりあえずお前の事はいいや……。それじゃ、お前はなんでこの2人が俺の両脇で寝てるのか知らないか?」
「あ、それはですね。先輩が、昨日先に寝ちゃったじゃないですか」
「ああ、それは覚えてる」
何時もは服を着替えるのに、そのままの服でベッドに突っ込んだからな。
「それで、服がそのままだとシワがついてしまうので、先輩の服を着替えさせようとしていたら緋音さんとリーアさんに止められてしまって」
……何がなんだか知らないが、とりあえず緋音GJ。
「それで、しょうがないので2人に先輩の着替えをお願いして、僕がその後お風呂に入って出てきたら、既に服を着替えた先輩と、その両脇に2人が寝ていました」
「うん。とりあえず全部意味が解らなかった」
何で琉青が服を着替えさせようとしたのかとかそこで緋音とリーアに頼むのはどうかと思うとか悠長に風呂なんぞ入ってんじゃないとか肝心の部分が丸々抜け落ちてるじゃねーかとかいろいろ言いたいことはある。
「はぁ……どうしてこうなった……」
訳が分からん。どうしてこうなったとしか言いようがない。
「とりあえず、2人が起きる前に抜け出さなきゃな」
とりあえず、少しずつ両腕を2人の腕から引き抜いて、そのまま影で上方向に移動。
その後、床に着地。
「ったく、何があったかは知らないが。心臓に悪いぜ……」
あの柔らかさは反則だ――思い出すな。思い出してはならない。
「とりあえず、朝飯でも食おう……」
「あ、先輩もう準備できてますよ」
「お、気が利くな」
ちなみに、こっちの宿というのは本当に宿泊するだけのもので、朝飯付きや夕飯付き、といった概念は無い。
そのため、泊まった人間は自分で好きに朝飯を用意する事になる。
大概、宿屋がある街なら朝からやっている食堂があるし、そもそも朝飯なんて食べないという人間も多い。
今でこそ誰でも朝から食べるが、数十年前まで朝飯というのは貴族専用だったらしいしな。
「さて、今日も頑張らなきゃな」
寝過ぎて硬くなった体を解し、伸ばしていく。
外は雪が降っており、地面に浅く積もっている。
通りで、寒いと思ったわけだ。
「先輩、張り切ってますね」
「どうせ今日も、姫様を追って車に乗り続けるんだろうからな。今のうちに解しておこう」
「ははは。そうですね」
窓の外から雪を見つつ、まだ眠たい頭を覚醒させていく。
さて、本日のお仕事をしますか。
――カルリア候国。商業都市キリビス。天険ウォース。
黒鍍達がオーガンを出発してから約4時間。
第二王女と、爺やは魔物の群に襲われていた。
「くっ……爺やっ、危ないっ!」
第二王女の両手に握られているのは西洋剣。
幅広の刀身が宙を舞い、魔物達を一掃していく。
「姫様こそ、危ないですぞっ!」
爺やの両手に握られているのは大小2振りのレイピア。
『斬る』のには適さぬ剣であるものの、確実に魔物の弱点を衝き、倒していく。
「一体何体いるんだコイツ等は……」
「予想以上の数ですな……」
背中合わせに立つ王女と執事。
握られる武器は既に、刀身全て血で汚れ刃こぼれを始めている。
さらに、周囲は既に猛吹雪。
数メートル先も見えない状況下で、2人は戦い続けている。
「残り20頭以上のオロフ、さらにはライオロフが奥に控えているか……」
彼等を襲っている魔物の名はオロフ。
銀色の毛並みを吹雪に隠し、狭まった視界の中から不意討ちの様に襲ってくる狼。
群れを成す魔物として有名で、雪山でオロフの群れにあったら最後、まず命は無い。
群れは、1匹の雌と20~40匹の雄、そして1歳未満の子供から成り立ち、その群れのリーダーである雌はライオロフと呼ばれ、数ある群れの狼の中でも一際大きい体を持つ。
そして、そのオロフの内の1頭が第二王女の大剣を口で受け、弾き飛ばす。
その衝撃で第二王女が膝をつく。
「ちっ……ここまでか……っ!」
「姫様、あきらめてはなりませぬ。心が折れてしまっては、助かりはしませんぞっ!」
目の前から現れた2頭のオロフを潰しつつ、爺やが叫ぶ。
だが、既に吹雪は2人の間に積り、互いの顔も見えない。
「……そうだな。最後まで醜く足掻かせてもらうかっ!」
爺やの叫びを受け、再び第二王女は立ち上がる。
その手には、武器とも呼べぬ小さなナイフを握って。
「さぁ、かかってくるが良いっ!」
第二王女と、吹雪から姿を現した1頭のオロフが対峙する。
「はぁあああああ!!」
「がぁあああああ!!」
第二王女のナイフと、オロフの牙。
双方が激突する――
「アオォーーーーーーーン」
しかし、その瞬間、咆哮が空を切る。
悲痛な叫びの様に、空へと響き渡る。
「くっ……何の、声だ?」
耳を劈く咆哮に、一瞬怯む。
だが、決定的な隙を見せた第二王女に、オロフは攻撃しようとせず、むしろ後退した。
「オロフの様子が、おかしい……?」
そして、そのままオロフは吹雪の中へと走り逃げていく。
同時に、2人を囲んでいた筈のオロフ達の気配が消えた。
「姫様、ご無事ですか!?」
「あ、あぁ、爺や。爺やの方は大丈夫か?」
「私は問題ありませんが…………。姫様、よくぞご無事で……」
茫然としている第二王女に、爺やが泣きながら抱き付く。
「ナイフ1本で突っ込んだ際には、死んでしまわれたかと思いましたよ」
「あ、ああ……。しかし、何だったんだ今のは……」
少し弱まった吹雪の中、第二王女の呟きは雪の中へと消えていく。
「そいつは、俺達が説明してやろうじゃねぇか」
突如、吹雪の中から人の声が響く。
「何者だっ!」
第二王女が鋭く叫び、その声に呼応するように吹雪の狭間からひげを蓄えた大男が現れる。
「そう怒るなよ。第二王女様」
「なっ…………」
大男は、ニヤリと笑いながら、第二王女へと近づいていく。
その手に、巨大な剣を持って。