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テンメイズヘル  作者: アントン
第一部 時掛け編
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9/9

名を呼ぶ者

土蔵を出た鈴は、実家の様子がおかしいことに気付いた。

屋敷の中を歩く人々。見覚えのない使用人達。

人の出入りはある家だが、一人も見知った顔がいないというのはどういうことだろう。

訝しげにしながら、鈴はそろりと門の外の様子を伺う。

特に人が張っている様子もない。

ほっと胸を撫でおろし、これからどうするか考える。

まずは、例の男たちのことを相談したい。

だがこの時間だと、父と祖父は仙台城に詰めていることが多い。

身の危険を感じている以上、できれば今すぐ相談したい。

母は……今はやめておこう。

そこの土蔵とは言え、朝帰りなんて知れたら丸一日お説教されてしまう。

となるとやはり叔父上だ。

道すがら例の男達に張られている可能性もあるが、よもやこんな真昼間から誘拐などしないだろう。

鈴は周りを十分に注意しながら、叔父の家へ足を速めた。


「………ない」

叔父の家へ続く杉林を抜ける。

もう見えてもいい頃だった。

だが、ない。

杉林を進めども進めども家がなかった。

「え、嘘! そんなはずないよ、昨日通ったばかりじゃん!」

まるで狐に化かされたみたいだ。

建物一軒が丸ごと消えることなんてあり得るのか。

きっと道を間違えただけなんだ。

鈴は思い直して、元来た道を戻る。


「スズ様?」


びくり、と鈴の身体が跳ね上がる。

油断した。日中とは言え、こんな人気の少ない杉林など、格好の狩場ではないか。

ゆっくりと鈴は声の方向へ振り替える。

だがそこにいたのは菅笠の男達ではなく、農民風の男女3人だった。

誰も彼も、自分を見て驚いた顔をしている。

「スズ様だ!」

一人が叫ぶ。

次の瞬間、3人が集まってきた。

鈴は思わず後ずさる。

「よかった……!」

「探していたんです!」

「早く来てください!」

鈴が口をはさむ間もなく三人はまくしたてる。

「えっ?あの、私は―――」

話を聞こうとするが、誰も聞いてくれない。

三人とも必死だった。

その勢いに鈴の方が圧倒される。

気付けば両腕を取られ、次の瞬間には身体が宙に浮いていた。

二人に抱え上げられたまま運ばれていく。

「ちょっ!?」

しまった、昨日と形は違うが、誘拐されているではないか!

そう思って身をよじろうとした鈴だったが、農民達はそんなことお構いなしに事情を話し始める。

「堰が!」

「名主派に堰を取られそうなんです!」

「このままじゃ水を使いきっちまう!」

三人は口々に叫ぶ。

「坊ちゃんもおられない!」

「スズ様しかいないんです!」

「どうか助けてください!」

鈴は目を白黒させた。

何を言われているのか分からない。

なんだって、堰? 名主派? 助ける?

話の意味が一つも理解できない。

「ま、待って、ちょっと、ねえ!」

鈴は慌てて声を上げた。


「私は、スズじゃありません!」

農民達がぴたりと止まる。

鈴は続けた。

「私はリンです! 皆さん、人違いです!」

農民達は顔を見合わせる。

―――だが。

そして何事もなかったように再び担ぎ上げた。

「何を言っているんですか」

「スズ様でしょう?」

「冗談を言っている場合じゃありません」

鈴はますます混乱した。

自分だけが話についていけない。

そのまま鈴は宙を浮かびながら、農民達に運ばれていった。

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