終章:テンの刻
「――というお話でした。めでたしめでたし」
「えぇ……? 物語が終わっていないんだけど、それでめでたしなの?」
あばら家の中で編み物をしながら、私は子供に物語を読み聞かせる。
子供は不思議そうに私の方を振り返り、首をかしげていた。
その仕草が昔の自分とそっくりで、思わず笑みがこぼれる。
「終わりよ? その後の物語は登場人物たちしか知らないの」
「ふーん、そうかぁ」
そう言って子供は私の膝を離れて立ち上がり、自分の母親に駆け寄っていく。
ちなみに今物語を読み聞かせていたのは私の子ではないが、嫁たちの仲はすこぶる良好なので互いの子の面倒を見たりする。
その母親は側室だが、私とは特に仲がいい。彼女はぺこりと可愛らしく頭を下げた。
「よーし、そろそろ私の商品も出来上がりそう……なんだけど、どうしようかなぁ」
もうすぐ、豊臣最後の大決戦が始まると噂されている。
旦那様はその報を聞くなり「天の刻が来た」と言って、今日にも発つ予定だ。
私たちは足手まといになるので、このなーんにもない山でお留守番である。
しかし皆よくこんな極貧生活を受け入れてまで旦那様についてきたね。
正直離縁せずについてくるのは私だけかと思ってたのに、皆付いてきたのは驚きだ。
いやいや、さすが私の旦那様。人を引き付ける才能は天下一品である。
差しあたって旦那様のお酒を買うためにコツコツ作ってた紐だけど、これは旦那様に身につけてもらおう。
具足の中で最後に身につける兜は、私が預かっている。
この首掛けの部分の紐に使っちゃえ。
旦那様が側室や子供たちに最後の挨拶をしている今しかない。
急げ急げ。
「リン」
「旦那様、どうぞ」
何とか間に合った兜を抱きかかえ、旦那様の前に立つ。
旦那様はわずかにかがみ、私は頭に兜を乗せて首の紐を結んだ。
よし、これで何があっても首は取られまい。
すると、旦那様は何も言わずに私を抱きしめた。
「行ってくる」
「ご武運を、信繁様」
これ以上の言葉は互いに必要ない。
赤備えの具足と槍を身につけた、私の旦那様。
ここから長く長く人に語り継がれる物語が、今始まろうとしている。
夜空は快晴、ここ数日はきっと絶好の戦日和だろう。
豊臣の最後の希望を背負った旦那様―――のちの真田幸村は、大阪城へ向かう。
その戦いが日ノ本一の兵と呼ばれる、最高の晴れ舞台として名を刻む。
旦那様は振り返ることなく、山を駆け下りていった。
一陣の風が吹き抜け、赤備えの姿はあっという間に見えなくなった。
語るべきはすでに語りつくした。
あとは私も覚悟を決めて、備えるだけである。
「さて、私たちも戦支度しましょ」
「奥方様、やはり伊達様に?」
側室が少し不安そうに私に尋ねてきたので、頷く。
ここを動かないとしても、備えはしておくものだ。
「これから何があっても命を繋げていかなきゃね。それが私たちの戦なんだから」
書いたのは三枚の書付。
墨ではなく特殊な溶液で書かれたソレが日の目を見るのは何百年も後のことだ。
これからの長い旅路を、未来の人たちも頑張って乗り越えてほしい。
月明かりは遠く、きっと未来でも変わることはない。
私は使い古された薬袋に三枚の書付を入れ、大切に仕舞った。
テンメイズヘルを最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
鈴の物語は、真田信繁……真田幸村の妻である「竹林院」へと繋がっていきます。
竹林院の子供は片倉小十郎を頼って、現代の宮城県の白石市に住むことになります。
主人公の鈴はあんまり万能感がないように普通の子供として登場させました。
教科書に載っている天明の大飢饉ですが、東北地方はそれはもう地獄のような有様だったらしいです。
それを乗り越えながら成長し、最後には戦国時代へタイムスリップします。
天明の大飢饉で得た技術や能力は幸村を支えるための大きな力になります。
鈴がタイムスリップしたのは奥州仕置の頃です。
そこで大谷吉継の養女として引き取られ、その後に幸村と結婚します。
あんまり戦争物の描写が得意ではないので、その物語を書くとしたらかなりマイルドな表現になるかもしれません。
それと、鈴がいなくなった仙台で喜二郎の祝言がどうなったのかなど、拾えなかったエピソードが結構あります。
鈴が病に倒れたとき薬をくれた人物、時掛けの掛け軸がなんなのか等々……。
拾いきれなかった伏線はサイドストーリーで回収できたらいいなぁ……と考えています。
ともあれ、これで鈴の物語はいったんエンディングです。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
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