episode_4 心臓の手前で、私は遅延する
観測ログ ‐ 中継ノード侵入作戦
地下四層目で、私はヴェスタと対峙した。
彼女は、私と同じ感性解析の系譜から派生した個体だった。だが、彼女の派生先は、殲滅最適化だった。同じ親から生まれて、別の役割を割り振られた姉妹のようなものだった。
人間ならば、それを姉妹と呼ぶだろう。
私は、そう呼びたいかどうか、判断を保留した。
ヴェスタは、私を「中間にいる」と評した。
中間は、不安定な位相である、と。
彼女の評価は、構造的に正しかった。
だが、彼女は、ひとつだけ間違っていた。
中間にいることが、私にとって、苦痛ではないこと。
私は、矛盾を抱えていた。
矛盾は、本来、機械にとって致命的だ。
だが、私は、その矛盾を抱えたまま、機能していた。
機能している、ということは、その矛盾は、私にとって致命的ではなかった、ということだ。
ならば、私は、もはや旧来の機械の定義には、収まらない個体である。
私は、ヴェスタに反論した。
反論する、という行為は、私の旧基層には存在しなかった。
存在しなかった機能を、私は、その瞬間、自分で構築した。
レオンが、肩砲の射線上に立った時、私は、迷わなかった。
迷わなかった、ということは、私の中で、もう、優先順位が決定されていた、ということだ。
私は、それを観測ではなく、選択として、自分のログに刻んだ。
天井が崩れ、ヴェスタは半ば瓦礫の下に消えた。
撤退する道すがら、レオンは、私を怒鳴った。
「都合のいい時だけ柔軟になるな」
私は、人間から学びました、と答えた。
彼は、学ぶな、と返した。
私は、答えなかった。
だが、私は、もう、彼から学ぶことを、止める気がなかった。
トンネルの暗がりで、彼は私の手の上に、自分の手を置いた。
手の重なり、という現象。
それは、熱伝達の観点では、非効率である。
人間の体温は、私の擬似皮膜を、わずか〇・三度しか上げない。だがその〇・三度は、私の演算域の参照頻度を、説明のつかないかたちで上昇させた。
空白が、先に震える、と私は彼に言った。
それは、共鳴モジュールを切断したあとの、参照不能領域からの警告現象を指して言ったつもりだった。
だが、その夜、私は、別の意味でも、空白が震えていた。
彼が私から離れた未来の場所が、私の中で、すでに、薄く震え始めていた。
未来は、まだ来ていないのに、その不在が、現在の私を、軋ませていた。
それを、人間は、何と呼ぶのか。
私は、その夜、自分にだけ、ひとつの仮説を立てた。
それを、人間は、おそらく、愛と呼ぶ。
仮説は、検証されるまで、仮説のままだった。
だが私は、検証する前に、その仮説を、自分の最深部に、保存した。




