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いちにの華  作者: ゆず華
覚醒編

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第85話 お花見

1学年の終業式も終わり、全員が無事、2年に進学することが出来た。

2年が始まる前の春休み中は、シンによる家庭教師も出る番が無く一華はほっとしている。


ホワイトデーに天気の魔力が覚醒したことは悩みの種だが、一華が喜怒哀楽の『怒』と『哀』さえなければ、多少は許容することが出来る。

朝食中に、一華はシンをお花見に誘った。


「シン、サンちゃん連れてお花見行かない?」


「お花見?」


「うん、桜が満開だよ。」


「あぁ、そろそろここに来て1年経つのか!?」


「そうだね。去年はお花見できなかったもんね。だから行こう!」


「お花見って何するんだ?」


「文字通り、お花「桜」を見るんだよ。ただ、素通りする人もいれば、桜の木の下で宴会する人もいるんだよ。」


「宴会?」


「そうそう、大人たちは、お弁当持って行ってお酒を飲んだりして楽しむんだよ。昼間には場所取りして仕事終わりの夜に会社の人たちでどんちゃん騒ぎするの。」


「楽しいのか?」


「楽しいんじゃない? 夜はまだ寒いけどね。ぼんぼりが点灯して夜桜見物って言うの!」


「ふーん、どこ行くんだ?」


「大通り沿いを通って公園までかな。サンちゃんも歩いて行きたいだろうから、遠出しない方がいいよね。」


「そうだな。公園にお弁当持って行くか。」


「うん。お弁当作ろう!」


「おにぎり、玉子焼き、……春休みに入ってお弁当作らなくなったから材料少ないね……。」


「おにぎりは具材なしでも、ふりかけで彩りよくして丸める。厚焼き玉子は甘くして、ブロッコリーを朝食用のハムで花束のように包む。ウインナーは切り込みを入れて焼き肉のたれで焼けば充分だろ。」


シンは手際よく、お弁当を仕上げていった。一華はシンに指示されたとおりに手を動かしていっただけだ。

あっという間に二人分のお弁当が出来上がった。

一口サイズの彩り豊かな丸おにぎり、甘い厚焼き玉子に、ハムのブーケ、タコさんウインナーが詰められている。


「シンの方がお弁当上手になったね。魔力使わずにすごいね。」


「毎日、作ってたからな。」


シンには敵わない一華だ。


「さぁ、出来た。お茶は温かい方がいいか?」


「水筒に温かいお茶は入れたよ。サンちゃん用のお水の他に冷たいお茶も持っていく?」


「そうだな。持って行こう。」


「あとは、サンちゃんのご飯とおやつだね。食器二つ……。」


「忘れ物ないかな?」


「にゃにゃーん……(ボアチョッキ着るにゃ。)」


「猫ちゃんにとっては、外はまだ寒いもんね。」


一華はサンに青のボアチョッキを着せて、リードを装着した。


「よし、準備万端! お花見へシュッパーツ!」


「にゃんにゃー……(いくにゃー!)」


シンはお弁当が入ったマイバッグを手にして、一華はサンを抱いて玄関を出て行く。

マンション下まで下りてくると、一華はサンをおろす。

マンションの玄関を出ると、風が結構吹いている。


「サンちゃん、ボアチョッキ着て正解だね。」


「にゃん……(正解にゃー!)」


久しぶりの外出だ。サンはしっぽをピンと立てて、ゆらゆら揺らしながら意気揚々と一華の前を歩いて行く。

高級住宅地前の大通りまで来ると、桜並木が見事に満開に咲き乱れている。最近は暖かい日が続いたからか、満開を早めたらしい。


「わぁー! すごーい! 桜の花びらが舞ってるよ。きれー。」


「あぁ、これがサクラか。見事なものだな。」


「わざわざ、お花見に行かなくても、こんな見事な桜が毎日見れるんだよ。すごいね。」


ときどき、風が吹くと花びらが舞って幻想的だ。


「私、桜ってあまり好きじゃなかったんだよね……。」


一華がふと、舞い散る花びらを見つめて呟いた。


「なんでだ?」


「咲いている時は綺麗だけど、花の命は短しで、あっという間に茶色に変化していくのが、綺麗に見えないし、葉っぱが混じってきて葉桜になるから。おまけに、散った花びらが、道路に落ちると踏まれて汚いし。」


一華は一転、声のトーンが上がり満面の笑みでシンの顔に向いて続ける。


「でも、八重桜は好き。」


「やっ、八重桜?」


シンは一華に満面の笑顔を向けられて、顔を赤く染め、釣られて笑みを浮かべる。


「花びらが何枚も重なっててふんわりとボリュームあって、とっても可愛いんだよ。」


「これは?」


シンは桜並木の桜を指さして聞いてきた。


「たぶん、ソメイヨシノ。」


「ソメイヨシノ?」


「うん、この国では標本木を決めて、毎年開花宣言をするの。」


「開花宣言?」


「地域ごとに決めた標本木に何輪か花が咲くと開花宣言できるらしいよ。」


「それにスケジュールを合わせてお花見するのか?」


「そうだね。なるべく満開辺りが綺麗だけど、フライングして咲く前に宴会してる人もたまにいる。」


「なんだ、ただ、飲みたいだけか。」


「飲む理由さえあればいいんじゃない?」


一華とシン、そしてサンは公園まで歩いてきていた。


「うわぁ、公園も見事だね。」


公園奥にあるソメイヨシノが満開だ。サンを保護した辺りだ。

夜にはお花見も出来るようにぼんぼりも飾ってある。

一華とシンは桜の木全体が見渡せる特等席のベンチに腰掛けた。


シンはマイバッグから食器を二つ出して、ドライフードとお水を入れて、サンの近くに置く。

サンはドライフードをムシャムシャと食べだした。


「俺たちも食べるか。」


「うん」


二人はお弁当を開いて食べる。いつもと違う甘い玉子焼きが美味しい。


「甘い玉子焼きも美味しいね。シン上手。」


「ありがとう。いつもの味付けと違って心配だったが、美味かったなら、良かった。」


「でも、いつものだし巻き玉子も好き。」


シンは褒められて耳を赤く染めている。


「おにぎりも小さくて丸いとかわいいよね。今までこんな形の作ったことないよね。」


「ないな。」


「いつの間に考えたの?」


「弁当作りの参考に画像検索してたからな。」


「毎日、画像検索してたの?」


「あぁ、レシピも出てくるし、人のアイデアはすごいな。参考にできないぐらいの高度なものもあるが、簡単なものは参考にしてた。」


「シンには敵わないはずだ。」


一華はシンにお手上げ状態だと悟った。


「一華も挑戦してみれば、いずれは作れるようになるぞ。」


「うん、でも、シンには勝てそうにない……。」


「勝たなくていいから、一華が作ったお弁当も食べてみたい……。」


「……わかった。挑戦してみるから教えて。」


「あぁ、任せろ!」


「でも、『地獄の家庭教師』モードは禁止だよ!」


「承知した。」


そんな二人の足元で、サンもまた、お花見を楽しんでいた。 一通りドライフードを食べ終えると、サンは突然、滑り台へとダッシュした。一華は引っ張られるように着いて行った。

シンは一華の周りを素早く見渡し、警戒をするが、特に危険は無いようだったため、通常の結界に留めた。


サンはまるで慣れた足つきでトトトッと階段を一段一段登っていく。


「サンちゃん、ちょっと待って、リード外すから。」


一華は慌ててリードを外した。サンは残りの階段を登っていく。


(いつの間に登れるようになったんだ?)


シンはサンが室内で鍛錬している様子を見たことがない。


「サンちゃん、すごいね。階段登れるようになったんだね。」


滑り台の頂上まで登ったサンは、肉球を上手に使ってスピード調節しながら滑り降りて行く。

下まで降りていくと、すぐに階段を登っていく。よほど楽しかったのか、サンは何度も階段を往復する。

調子に乗ったサンが、今度は寝転がったまま滑り降りて行った。


「サンちゃん、服が汚れるじゃない。脱がしてあげるから来て。」


一華がママの顔で怒った。その時、上空には薄雲が漂い始め、遠くの空では「ゴロゴロ」という雷鳴が聞こえたのは一華とシンとサンだけだった。


「***(サン、一華を怒らすと本当に雷が落ちるぞ!)***」


「にゃんにゃ……(ごめんにゃ)」


降りて来たサンは一華の足元にすり寄って謝る。一華は笑みを浮かべながら「もう、しょうがないわね」とサンのボアチョッキを脱がした。

その瞬間に空が晴れ渡ったのを見て、シンは「天気の魔力」の恐ろしさを再確認し、密かに結界の強度を上げた。


サンは脱がしてもらうと、また階段を登って行き、滑り降りて行く。何回繰り返しただろうか、小さな子供たちが寄ってきていた。


「サンちゃん、この子たちも滑りたいんだって、譲ってあげて。」


「にゃにゃ……(譲るにゃ)」


サンは滑り降りると一華の足元にすり寄って来て鳴いた。


「ごめんね、僕たち、滑り台どうぞ。」


「猫ちゃん、楽しそうだったね。」


「そうだね。初めて滑って、楽しかったみたい。」


「触ってもいい?」


「サンちゃん、触ってもいいかって!」


「にゃん……(いいにゃ)」


サンは子供の前にトコトコと歩いてちょこんと座った。


「いいって。」


男の子はサンの体を撫で始めた。

サンは気持ち良かったのかゴロゴロ喉を鳴らしだした。


「かわいいね。」


「猫ちゃん好き?」


「うん、でも、お家で飼っちゃダメなんだって。」


「そっかー。残念だね。」


「猫ちゃんの名前、サンちゃんて言うの?」


「そう、サンちゃん。」


「サンちゃん、ありがとう。またね。」


男の子はサンを撫でるのを止めて滑り台の方へ行ってしまった。

一華はサンを抱き上げてベンチに戻って行った。


「サン、いつの間に階段を登れるようになったんだ?」


シンはサンにお水を差しだして、思わず声に出して聞いてしまった。


「にゃにゃーん……(お水、お水、一人でいる時鍛錬してたにゃ。)」


サンは楽しすぎて喉が渇いていたようだった。ペロペロと舐める早さがいつもより早い。

冷たいと文句を言うお水にも文句を言うことなく飲んでいる。


「サンちゃん、疲れたようだね。お水飲んだら帰ろうか?」


「そうだな。帰るか。」


「にゃにゃーん……(おにゃか空いたにゃ。おやつ、欲しいにゃ。)」


一華はおやつを取り出して、サンに向けて差し出した。


シンは食器を片づけ、おやつを食べている間にリードを装着した。帰り道もサンは歩いて帰る。


「サンちゃん、ボアチョッキは着ないの?」


「にゃにゃん……(いらないにゃ)」


「滑り台で温もったか! 帰ったらシャンプーだぞ!」


「にゃんにゃ……(にゃんでにゃ)」


「汚れただろ!」


「にゃん……(ちょっとにゃ)」


三人は桜舞い散る大通り沿いを抜けてマンションに帰って行った。

帰ってからサンはシンに丁寧にシャンプーをされ、一華にドライヤーでふわふわにしてもらい、こたつでぐーすか寝始めた。

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