第15話 新月
時計は夜10時を指している。一華とシンはリビングで寛いでいる。
一華は、ふとカレンダーを見た。
「今日、新月なんだね。」
シンは資料を確認する。
「そうか。魔界の暦と同期しているんだな。」
「ねぇ、シン。今日は新月だから、結界張らずに直に夜空を見上げてみたい。満月や欠けた月と違って、本当に影響がないか確認しておきたいんだ。」
「いいだろう。確認は重要だ。」とすぐに了承した。
一華はキッチンへ行き、月華草茶を煎じてティーカップに用意した。
仁華に変身するリスクを考え、保険として飲み干す。飲み干した後、彼女は大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。
「準備できた。」と窓際に立ち、シンに視線を送る。
シンは少し離れた場所から見守る。一華は窓に手をかけ、ゆっくりと開けた。冷たい夜の風が頬を撫でる。
一華は夜空を見上げる。
「月が見えない……星だけが瞬いているね。」
月光は全く確認できない。しかし、一華は結界を張っていないにもかかわらず、自分の感覚が鋭くなるような、微かな魔力の流れを感じた。見えていないため、魔力暴走や仁華への変身は起きなかった。
「大丈夫。変身してないよ。」と安堵のため息をもらす。
シンはデータを確認するかのように言う。
「月の視覚情報さえなければ、変身しないことは確定だな。」
「なら、雲に隠れた時は、私、自由に外を出歩けるんだね!」
「ああ。ただし、雲の切れ間が一切ない時だけだが。」
「じゃあ、雨の日とか?」
「天気の悪い日になるな。あとは、今日みたいな新月の夜。月に1日程度だが、これだけでも大きな収穫だ。」
一華の笑顔が弾ける。
「それでも、楽に過ごせるのは良かった! 月夜は、いっそ黒猫の仁華に変身したうえで散歩するとか!」
「いいな。その時は、俺が『飼い猫』を散歩させているように見せるよ。」と一華の提案を面白がる。
「護衛を兼ねて?」
「それもあるが、毎日訓練ばかりでは気が滅入る。一緒に散歩するのも、気分が紛れるだろう。」
シンは一華に向けて優しく微笑む。
「うん! じゃあ、試しに、このまま結界張らずにコンビニまで買い物行かない?」と興奮気味に言う。
「早速、実行か? いいだろう。ただし、夜の人間界は予想外の変数が多すぎる。常に俺の魔力制御を体内に感じていろ。」
「うんわかった。じゃ、アイス買いに行こう!」
一華はお互いパジャマのままに気づき、すぐに出かけようとするシンに「先にパジャマは着替えてからね。」というとシンは自分の服装に気づき、わずかに赤面する。
「うむ。油断した。」
二人は笑い合い、急いで外出着に着替えた。夜の静けさの中、一華とシンは連れ立ってコンビニまで歩き、アイスを買って食べた。月の光に怯える必要のない、初めての解放的な夜だった。
一華は、シンと並んで夜道を歩くことに、どこか内緒のデートのような高揚感を覚えていた。
(新月って最高!これで『安全な日』が月に一度できた!『飼い猫』としても散歩できるのが楽しみだな。ちょっと変だけど、シンと二人きりの、特別な遊びみたい!)
アイスの冷たさが、夜の風と、隣にいるシンの存在と相まって、心地よかった。一華の心は、訓練の疲れから解放され、満たされていた。
シンは、少し離れて並び、一華の魔力の流れを感知し続けながら歩いていた。
(完璧だ。月の視覚情報さえ遮断すれば、今の一華は安全だ。そして、一華の心は今、喜びによって満たされている。この感情の安定こそが、魔力暴走を防ぐ最高の結界だ。)
しかし、シンの心には、護衛の使命を超えた感情もあった。
(「飼い猫」を散歩させる。言葉は業務的だが、一華の笑顔は、俺の心を温める。この束の間の平和な時間を、一華から奪うことは誰にも許さない。俺が隣にい続ける。それが、俺の全てだ。)
シンは、アイスを食べる一華の横顔を見つめ、静かに決意を新たにした。




