第14話 書道初日
シンと一華は、魔力で希望を叶えた選択科目「書道」の授業のため、書道セットを持って特別教室棟の書道教室へ移動した。教室には既に何人かの生徒が集まっていた。
二人は、護衛任務を遂行しやすいよう、一番後ろの空いている席に横並びに座った。一華は、月に関わる本がないことに安堵し、シンは周囲に不審な動きがないか確認していた。
初日は、書道の教科書の購入案内と、筆や墨の簡単な紹介から始まった。必要な道具を確認した後、各自、墨を擦り始めた。
(書道なら月を見る心配もないし、シンも隣にいる。これで授業中は安全だ!)
シンは、墨を擦る際も無駄な動きがなく、その動作すら一種の鍛錬に見えた。
先生がお手本として、力強い文字を黒板に貼りだした。
課題は「現在の実力を把握するため、お手本を参考に、好きな文字を自由に書いてみましょう。」
墨の香りに、自然と精神が統一されるのを感じ集中するシン。
「……」
一華は墨汁を硯に入れながら、習字が得意でないことを後悔した。
(あーあ、小学校以来だもんな。字が下手なのバレちゃうな。何で選んだんだろう……失敗したなぁ。)と思いながら筆を手に取る。
シンは筆先に集中し、何の迷いもなく一筆を入れ始めた。その筆運びは力強く、文字の形も整っている。魔界では書類仕事や誓約のサインも多かったため、彼は漢字も問題なく書けていた。
一方の一華は、久しぶりに持つ筆の感触に戸惑い、一文字書き終えたところで現実を直視した。
(ひどい……。大目に見ても、小学校の時より下手かも……。)
一華は現実を見て項垂れ、自分の作品を両手で隠した。
シンは集中を解くと、一華の仕草が目に入る。
「一華、どうした。」
「下手すぎ。見ないで!」と、更に手を広げて紙を隠す。
シンは、一華の隠そうとする手を優しくどけ、その作品を覗き込んだ。そして、その字を見て、少しだけ笑った。
「ふむ。これは……練習だな。」
「もう……。」
一華はシンに笑われたことに、更に項垂れる。
(やることがどんどん増えていく! 魔力の訓練に、習字の練習! そして料理、掃除、洗濯、ゴミ捨て……! 遊べなーい!)と、筆を机に投げ出したい衝動に駆られる。
一華の精神統一が崩壊し、周囲の魔力の流れがわずかに乱れた。シンにはそれが手に取るように分かった。
シンはすぐに指導に切り替えた。
「まず、筆の持ち方から直そうか。その持ち方では、力が入りすぎて文字が硬くなる。」
シンは一華の隣に身を寄せ、優しく彼女の筆を持つ手を添えた。
「筆は、こうだ。力を抜いて、筆先に全ての意識を集中させる。一華の心が乱れていると、筆先も乱れる。習字は、精神統一の訓練に最適だ。」
「う、うん、わかった。ちゃんとやる。」
一華はシンの真剣な指導に、(近すぎる!)と内心ドキドキしながらも、その真摯さに気持ちを切り替える。
シンは満足そうに頷く。
「ああ。今日の授業の間に、集中して筆の持ち方だけでも体得しろ。」
◇◆◇
授業を終え、書道セットを持って帰宅した一華とシンは、夕食の準備に取り掛かる前に、今日の課題について話し合った。
一華はエプロンを結びながらシンに話しかける。
「あーぁ、シンて本当に字、上手だよね。私もあんな字が書けるようになるのかな。」
「一華が心を込めれば、必ず上達する。それよりも、今日の一華はすぐに集中力が途切れていた。」
「だって、やることが多すぎるんだもん! 高校生って、もっと遊ぶ時間があると思ってたのに!」
シンは真剣な眼差しで、一華と向き合う。
「一華。よく聞け。今の生活は、一華が人間界で自立し、強い心を持つための訓練だ。料理も掃除も、すべてが一華を成長させるための課題だ。」
「……うん。」
一華はシンの真剣さに、投げ出したかった気持ちが引っ込む。
「そして、習字は、精神統一と魔力制御、どちらにも繋がる訓練だ。一華の心は、乱れると制御を失いやすい。字を整えることは、心を整えることに繋がる。」
静かに、しかし力を込めて更に続ける。
「今日から、夕食後、魔力制御訓練の直後に、書道の練習時間を組み込もう。俺も一緒にやる。一華の生活の指導と、習字の指導。どちらも完璧にこなすのが、俺の役割だ。」
「うん、わかった。書道、頑張る! シンの字みたいにかっこよく書いてやるんだから!」
一華はシンの真剣さに、(なんだか、習字までシンと一緒なら、頑張れるかも……)と、心の中で決意を固める。
「ああ。楽しみにしている。まずは、今夜、正しい筆の持ち方で名前を百回書くことから始めるぞ。」
シンは満足そうに頷き、(これで、彼女のストレスを「学習」と「競争意識」で解消できる)と安堵する。




