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神牛一刀流〜近未来剣客浪漫譚〜  作者: ひろひさ


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シングルベッド

 夕食前、母親に連絡した健太郎はこうこうこうなって、ホテル探しに難儀したとありのままを伝える。


 すると彼女は黙ったまま最後まで聞き、息子が言い終えると「ごめんね」と謝罪した。


「なんで母さんが謝るんだよ」


「そりゃそうだよ。子供にそんな思いさせてるんだからね」


 その言葉を聞き、健太郎はますます訳が解らなくなる。


「だからって母さんが謝ることないだろ。謝んなきゃいけないのは物を知らない馬鹿共だし。俺たちが寛大な心で仕方なく我慢してるから平和が保たれてんだぞっていうのにさ。それをちゃんと解ってんのかって、あの警察官に言ってやりたいよ」


 香織は「まあ、そうだけどね」と共感しながらも言い聞かせるように言葉を返した。


「子供にそんな思いさせてるんだから謝らせてよ」


「うーん……。やっぱり俺には理解できないよ」


 健太郎は首を傾げる。


「まあとにかく、お疲れ様ってこと。それじゃあ、八重に変われる?」


「おお、解ったよ」


 そう言って「ほい」と八重にスマホを差し出した。彼女は私? と自分を指差し、健太郎の頷きを経てからそれを受け取る。


「はい、お電話変わりました。お疲れ様です」


 他人行儀だなーと思いながらも健太郎は黙ったまま八重の電話が終わるのを待つ。彼女は「はい。はい。いえ」と相槌を打っていると、聞かれたくない話が始まったらしく、スッと静かに席を立ち、部屋を出ていった。


 それを見てああ、俺が気を利かせて出れば良かったなぁと彼は思う。話の内容としては本当に嫌じゃないのかという香織からの最終確認であった。


「まあ、あの子のことだから八重のことを傷付けるようなマネはしないとは思うけど……」


 それでもやはり、香織は八重が何か我慢してはいないかと心配になる。


「そうですね。でも健太郎なら大丈夫です。私、信じてますから」


 そうは言っても……。彼女の控えめで真面目な性格を香織はよく知っている。


「やっぱり無理してない? 仕方ないなんて我慢しなくてもいいんだよ?」


 優しい母としての言葉に嬉しさを思いつつ、それでも八重は心の底から健太郎のことを信じているとなんとか香織に伝えようと言葉を紡いだ。


「我慢なんてしてませんよ。本当に私は大丈夫なんで」


 その言葉に香織は2人の母親として確かめなければならないことがあった。


「……こんなこと電話で話すことじゃないんだけどさ」


「はい」


「前にも聞いたけど、八重は本当のところ健太郎のことどう思ってるの?」


「うーん……。どうと言われましても……」


 またか、とは思いながらもなんとか言葉を絞り出し、自身の胸中を深く探る。私は健太郎のことをどう思っているのだろうか。好きなのだろうか。であれば、それは異性としてか。家族としてか。そもそも好きとはどんな感情なのだろうか。家族だとは思ってはいる。思ってはいるのだが、兄妹なのかと問われると、どこか腑に落ちない。モヤモヤとした感情が湧き上がってくる。これが好きという感情なのだろうか。私は異性として好きだからこそ、このモヤモヤが発生するのだろうか。


 しばし考え、香織の予想通り前回と同じ答えを彼女は口にする。


「すみません、やっぱり私には分かりません。そもそも好きって感情がどんな感情なのかも分かりませんし……」


 笑いながらそう言う彼女に香織もまた改めて考えてみると、確かに感覚だけで理解したつもりになっているだけで、自身もまたしっかりと言語化し、正しい答えを教えることのできない感情であることに気付かされた。正しい答えなどないのかもしれないが。


「好きか……。改めてそう聞かれると、やっぱり答えに困るよね……」


「そうですよね。そういうもんじゃないですもんね……」


 頭では理解していた。言語化して学ぶような感情ではないことを。ではやはり、自分には恋愛感情というものを理解することは難しいように感じる。


「じゃあまあ、とりあえず、健太郎と一緒でも嫌じゃないんだね? 我慢してないんだね?」


「はい。健太郎は一時的な感情に流されるようなことはないですし。それに私を傷付けるようなことをするとはとても思えません。なんだかドキドキしますけど、別に嫌な緊張感ではないんですし。私は大丈夫です!」


 その言葉を受け、香織は安心すると共にある指摘を口にした。


「——あのさ、八重。もし違ってたら聞き流してくれてもいいんだけどさ……。もしかしてその信頼だったり心地いい緊張感だったりが、いわゆる恋とか愛とか、そう呼ばれるものなんじゃあないのかなぁ?」


「え?」


 恋……? これが?


「…………」


 長年抱いていた謎の感情を初めて指摘され、八重は言葉を失う。


「ああ、ごめん八重。こんなこと、いま言うべきじゃなかったね」


「い、いえ。そんなことは……」


 頬が赤く染まるのを鏡を見ずとも体感し、心臓がドクドクと脈を打つのが感じられた。


 私が好き? 健太郎のことを?


 頭の中が大混乱だ。なんで私はドキドキするなんて余計なことを言ったのか? ドア1枚隔てた向こう側に健太郎が居るって言うのに。それを彼の親に向かって堂々と宣言するなんて訳が分からない。何かがヘンだ。何かがおかしい。


 熱でもあるのかな? などと思っていると、八重が今まで聞いてきた中で一番優しい声色で、今の素直な気持ちを大切な娘に香織は送った。


「ありがとね、八重。うちの子を好きになってくれて。——それと、おめでとう。その気持ち、大切にするんだよ」


「————はい。ありがとうございます。……先生」


 お母さん……。


 そう言葉にして伝えたい気持ちでいっぱいになりながらもなぜか口に出すことはできなかった。


 母と呼ぶのは怖かったのか。亡くなった母に申し訳ないと思ったのか。どれも違う。ただ単純に照れ臭かった、だけである。

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