EP6:続・レーネと愉快な四天王
「んだよベルチゴール……ん? 今日はやけにイカした格好じゃねーか」
そう言いながら、隣に立つ鎧をツンツンと叩くマルティシアス。
『そいつは代理の鎧人形だバカ。まだ今のところ絶賛入院中だよ』
鎧の中から管楽器のように響いてくる声は、そう苛立ちを露にする。
「ふん、工房製ゴーレム如きに敗退して入院するなど……貴様は四天王としては恥ずかしくないのか?」
『うっせーよロリコンが。私はお前らと違って体格に恵まれてねぇんだよ。つーかもう会議終わりでいいか? ずっと徹夜してるから寝たいんだが?』
「貴様! 陛下を待たずにいなくなるなど、無礼にも程があるぞ!」
そういがみ合う四天王たちにレーネは軽くため息をつきながら、
「………ベルチゴール様は現在、陛下からの特命を受け、特殊な使い魔を製造されております」
『そういうわけだ。まーつっても、もう完成してるがな』
そう得意げな声と共に、鎧がひとりでに動き腰に手を当てる。マルティシアスは「うぉぉ動いた!」と鎧に興味津々であった。
「ですがベルチゴール様、レヴィア様が仰るように、陛下がご退室されるまではご参加お願いします」
頭をマルティシアスに取られてもなお、その兜から『へいへーい』と生返事を返す鎧人形。
「アスモディアス様も、前回のようにいつの間にかご退室される事はご遠慮願います」
レーネは最後に、何やら右端で床に這いつくばっている長い黒髪の女性に声を掛ける。薄手の白い長いローブを纏っている女性は、レーネの声にビクッと体を震わせると、ゆっくり顔を上げる。が、あまりに長い前髪のせいで、全く顔は見えない。すると、
「わ……わかり……ました。レーネさん、ごめんなさい……」
そんなか細い声が前髪の隙間から漏れてきた。そして彼女はすぐさま床に顔を向けた。どうやら彼女は、何かを一心不乱に書いてるらしい。そんな様子に近くにいたレヴィアは、
「……アスモディウス殿は毎度何を書いておられるのだ。書記であればレーネスカ殿がいつもやっておられるだろうに」
そんな疑問をアスモディウスにぶつける。彼女は再びビクッと体を震わせると「新作を……書いています」と返した。すると、そんな時だった。
突如耳障りな金属音が、玉座一体に響き渡る。それはベルチゴールの鎧人形で遊んでいたマルティシアスが、誤って兜を宙高く放り投げてしまい、天井に激突させた音だった。
「うわっ、頭吹っ飛んだ!」
「バカ野郎おまっ……視界がっ………うぷっ……おえぇぇぇぇッ」
兜は床に落下して跳ね回りながら、ベルチゴールの生々しい声を中継する。どうやら兜の視界をベルチゴールは共有していたらしい。そして兜は、アスモディウスの方へ向かっていき、
「ごぶっ!!」
兜は見事、地面で書き物をしていたアスモディウスの頭部にぶち当たり、彼女の体を吹き飛ばした。
「うっわすまねぇアスモ! その兜以外に軽くてよ」
『お前が馬鹿力なだけだアホが!』
兜に罵倒されながら、マルティシアスはアスモディウスの体を介抱しにいく。彼女は自身が書き記していた紙に埋もれ、倒れ伏していた。
「おい大丈夫かよアスモ。その、すまねぇ……」
そう言ってアスモディウスの体を抱き上げると同時、前髪が分かれて顔がようやく垣間見えた。そこには雪のように白い肌と、長く繊細なまつ毛を持つ葡萄色の瞳があった。
「……あっ、マルティシアス様……むっ、胸が……」
そう呟くや否や、鼻から血を流し始めるアスモディウス。それで更に焦ったマルティシアスは、
「胸が苦しいのか!? おい誰か、医者を呼べ!!」
そう叫びながら、大きく開いた胸元からハンカチを取り出す。そしてアスモディウスの鼻血を拭うのだが、
「ふっ……こ、これはっ……匂いが……あぁっ……!」
鼻に当てがった瞬間、アスモディウスは変な声を上げ、さらに鼻血を吹き出した。そして、そのままぐったりと糸が切れたように意識を失ってしまう。
「おいしっかりしろ! こんなことで死ぬな!!」
『お前のハンカチが汗臭すぎたんだよ………で、なんだこの紙は?』
床に転がる兜から辛辣なツッコミを入れたベルチゴールは、一緒に床に散らばっている紙に気を取られたようである。それからしばらく沈黙した後、
『………おいレーネ、その紙をヴェルナ様が来るまでに片づけた方がいいぞ』
「珍しいですね。ベルチゴール様が気を遣われるなんて」
『私はさっさと寝たいだけだ』
レーネはキョトンとした表情を浮かべつつも、散らばった数枚の紙を拾い集める。そこで彼女も内容を目にしたのか、明らかに不快な表情を浮かべると「あぁこれは確かに……」と呟いて、紙を玉座の隅っこへと投げ捨てた。
「全く、四天王とあろう者達が何をしているのだ……まともなのは私だけか!?」
『いやお前も大概だけどな……』
自分の事を棚に上げて憤るレヴィアに、ベルチゴールが切り返した。その時、
「皆の者! 待たせたなッ!!」
突如として玉座の扉から、仰々しい少女の声が響き渡る。
刹那、玉座の間の扉が勢いよく開け放たれ、フロアにいた全員が一斉に扉の方を見て、その全員が絶句した。
「さぁ者ども、ひれ伏すが良い!」
そう不遜な態度で玉座の間に現れたのは、この魔王城の主であり彼らの主君である魔王ヴェルナティカその人であった。
だが、彼女が身に纏っていたのは、王に相応しい衣装でも鎧でもない――――なんとただの可愛らしい刺繍が施されたエプロンであった。