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第73話 幸福は手の届くところに

 ア・ロア遺跡の探索を終えた僕たちは、僕の店に集まっていた。

 あれだけの経験をしてきたというのに、皆の様子は普段と何ら変わっていない。

 流石は冒険者というか何というか、逞しいね。皆。

「……さて。ここで皆に残念な知らせがある」

 作業台を陣取って地図を広げていたアラグが、沈痛な面持ちでそう切り出した。

 皆の視線が彼へと集中する。

 アラグは一呼吸置いて、言った。

「今回は収入がない。よって皆に分配できる金がない」

「そうね。遺跡には宝物が全然なかったものねぇ」

 遺跡での体験を思い出しているのか、天井に視線を向けるシャオレン。

「あの台座に置いてきた剣を回収すれば、少しは収入になったのかしら」

「金なんてダンジョンで幾らでも稼げるだろ、あんたたち。遺跡の大事な資産を強奪するなよ」

 僕は呆れ声で言って、ポーションを入れた箱を床に下ろした。

 皆は寛いでいるが、僕はそうもいかない。店を営業するための準備が色々とあるのだ。

 今回の遺跡探索の旅でまた結構な日数を閉店してしまったから、その分の売り上げも取り返すつもりで店の仕事に従事しなければ。

「そうだね。稼ぐためにもまたダンジョンに行かないとね」

 フラウは頬杖をついて、ずっと僕が仕事する様子を眺めている。

 何か言いたそうな顔だ。

 僕は棚にポーションを補充する手を止めて、フラウから向けられている目を見つめ返した。

「……何だよ、僕の顔に何か付いてるのか?」

「ねえ、シルカ」

 彼女は言った。

「本当に、冒険者に戻る気ない? 魔術も使えるようになったんだし、此処で店をやってるよりも冒険者になった方が稼げると思うよ」

「……何だ、その話か」

 僕は肩を竦めた。

「何度も言ってるだろ。僕はもう冒険者に戻るつもりはない。此処でよろず屋の店主として暮らすんだって」

 冒険者という職業が実入りがいいのは知っている。

 実際に、僕が冒険者だった時の収入は今のよろず屋の店主をやっている時の収入の何倍もあった。

 単純に金稼ぎがしたいのなら、とっくに冒険者に戻っている。

 僕は。

 魔術師の素質は取り戻したけれど、錬金術師として名が売れているけれど、僕が本当に心の底からやりたいのは此処でよろず屋を営業することなのだ。

 店に来る客の話を聞きながら冒険した気分に浸って、街の人の相談事を聞いたりして、何より僕が丹精込めて作った商品を売って。

 そうやって何でもないただの一般人として暮らしていきたいのだ。

 それが僕にとっての幸福だから。

「この店は僕にとっての生き甲斐だ。僕の幸せは外の世界じゃなくて、此処にあるんだ。それを掴むために、僕は此処で暮らしていきたいんだよ」

 僕が外の世界に幸福を探しに行く時代は、もう終わったのだ。

 外の世界を見て回るのは、冒険者でありたい者たちが代わりにやってくれればいい。

 僕はそれを、この場所で静かに見守っているから。

「あんたたちが世界を旅して見てきたものを話す相手がいないと困るだろ? 帰ってこれる場所がないと困るだろ? そのために、僕は此処にいる。あんたたちのためにも、僕は此処にいなきゃいけないんだよ」

「…………」

「フラウ、説得は無理だ。諦めろ」

 目を伏せるフラウにアラグが言った。

 彼は僕をちらりと見て、

「シルカは頑固だからな。一度こうと決めたら頑として動かん。そうなったら後は無理矢理引っ張っていくしか動かす方法がない」

 無理矢理引っ張るって暴挙だな。

「……それは、本当の意味でシルカのためにはならん。シルカが言う通り、シルカにとっての幸せはこの店にあるんだろうさ」

 彼はふっと笑った。

「シルカの分も、俺たちが世界を見て回ればいい。たくさんの土産話を持って此処に来ればいい。それが俺たちの付き合い方なんだ」

「……うん」

 アラグに諭されてようやく納得したのか、フラウは深く頷いた。

 それを見ていたシャオレンが彼女の背を叩いた。

「どうせなら、シルカが羨ましがるような冒険を目一杯してやりましょ。アタシたちは若いんですもの、まだまだ色々なことができるわよ」

 やる気が出てきた、と言って彼は席を立った。

「アタシも全力で冒険を楽しむわ。皆に負けないようにね」

「そうだな」

 アラグは作業台に広げていた地図を畳んだ。

「シルカ。びっくりするような土産話を持って会いに来るからな。此処で、出迎えてくれよな」

 ……そう言われたら、そうしないわけにはいかない。

 僕は彼らを見つめて、柔らかな笑みを浮かべた。

「……ああ。此処で、待っていてやるよ」


 皆がいなくなった店内を、はたきを掛けて回りながら僕は皆のことを考える。

 今は何処で何をしているのか。何を考えながら旅をしているのか。

 それらが聞ける時を密かに楽しみにしながら、僕は此処でよろず屋の店主としてあり続ける。

 そうして何もないこの日常を過ごしていくことが、彼らに手向けるメッセージとなるのだと思いつつ──

 いつもと同じ一日を、終えるのだ。

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