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第72話 最後の一刃

「あ……っ!」

 僕は懸命に身を捩った。

 しかし、女神像の握力は半端ではない。僕の力で抗ったくらいでは、指を振りほどくことはできなかった。

 血の臭いがする。ユジンの司祭たちを握り潰した時に付いた血だ。

 僕も、あんな風に握り潰されてしまうのだろうか──

 腹の底から湧き上がってきた恐怖心が、全身を震わせた。

「シルカ!」

「バーストボム!」

 僕を掴んでいる手を狙って魔術を撃つシャオレン。

 魔術の光は指先に当たり、罅を入れた。

 そのお陰で指の力が緩んだので、僕は何とか両腕を束縛から引き抜くことができた。

 しかし、体の方はまだ掴まれたままだ。これだけでは何とかなったとは言えない。

 みしっ、と全身の骨が軋む。

 僕を掴んでいる女神像の握力が、どんどん強くなっているのを感じる。

 握り潰される!

「あぁぁ、あぁぁぁぁぁッ!!」

 胃が、腸が、腹の中のものが押されて喉の奥にせり上がってくる。

 僕は叫びながら、必死に両手を女神像の手に押し当てた。

 ばりっ、と魔力が迸る。雷撃の網を広げるように、女神像の全身に広がっていく。

 ばちんと弾ける魔力。

 僕を握り潰そうとしていた女神像の手が──小さな煉瓦のように分解されて、地面に落ちていく。

 手だけではない。腕が。肩が。胸が。頭が。

 ざあっとばらけて、石の雨となって、降り注いでいく。

 崩れていく女神像から離れるシャオレンたち。

 僕は大量の石に囲まれながら、十メートルもの高さを落下していった。

「シルカ!」

 地面に激突する寸前のところで、アラグが僕の体を受け止める。

 彼は僕を腕の中に抱いた格好のまま、全速力で地面を蹴り石の雨の中を脱出した。

 石の雨が降ってこない場所にまで身を退いて、皆は女神像に目を向けた。

 女神像は僕たちが見つめる中、完全に分解して、ただの石となって地面に転がった。

「やった……シルカ、やったよ!」

 アラグの腕から下ろされた僕に、フラウが歓声を上げながら飛びついた。

 握り潰されそうになった時のダメージが体に残っていた僕は、そのまま彼女ごと後ろにひっくり返り、勢い良く尻を地面に打ち付けた。

「痛い、痛いってば! もう少し労われ!」

「良かった、殺されるかと思って……あたし……」

 フラウは涙ぐんでいた。

 彼女は本気で僕のことを心配してくれていたのだ。

 それが分かると、怒鳴って無理矢理引き剥がすのが何だか躊躇われた。

 僕は彼女の背中に手を回して、ぽんぽんと優しく叩いた。

「……僕は生きてるよ。そんな簡単に殺されるもんか」

「全く、大した奴だよお前は」

 腕を組んで僕のことを見下ろしていたアラグが、言った。

「本当にあのでかい奴を何とかしちまうなんてな。あれを倒すのは腕のいい魔術師を十人集めても無理だ。流石錬金術師だ」

「そうねぇ」

 ゆっくりと僕に歩み寄るシャオレンとマテリアさん。

「今回のことは、シルカじゃなかったら解決できなかったわ。ありがとうシルカ、アタシたちを助けてくれて」

「私たちだけじゃないわ。シルカ君はこの世界を滅亡の危機から救ってくれたのよ。貴方は、私たちの英雄だわ」

 ……英雄……か。

 そんな大それた存在の名前で呼ばれるようになるとは思ってもいなかった。

 僕は英雄になりたいわけではないが、この場にいる皆は、これから僕のことをそういう目で見るようになるのだろう。

 ちょっと恥ずかしい。

「……遺跡、壊れちまったな」

 遺跡に目を向けるアラグ。

 彼の言う通り──遺跡は天井が吹き飛び、壁が崩れ、廃墟のような有様になっていた。

 中に入ることはできるだろうが、これは間違いなく古代遺産としての価値は下がっただろうな。

「……構わないわ。これくらい崩れてる遺跡なんて山みたいにあるし、中の遺物まで壊れたわけじゃないから」

 マテリアさんは肩を竦めて、笑った。

「残った遺物は私たち王都の学者が責任を持って調査するわ。ここから先は私たちの仕事よ」

「そうか。それじゃあ俺たち冒険者ができるのはここまでだな」

 アラグは皆の顔を順番に見回して、告げた。

「帰ろう。俺たちの街に」

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