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カノン(伊咲貴音音楽教室)  作者: FRIDAY
弐 貴女へ贈る音楽
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散らかし大魔王

 伊咲さんの家で、ピアノのある部屋以外の生活空間に立ち入るのはかなり久し振りだった。まともに入るのなんてそれこそ初対面で引っ越しの荷解きを手伝ったとき以来だし、ソファで眠っていた伊咲さんにタオルケットをかけるためにこっそり侵入したときにしてみても相当に前の話だ。だから、人の家ながらどこか懐かしいような気分にもなった、のだが。


「……これは」

 予定日、エックスデー当日に伊咲さんの家を訪れ、伊咲さんの案内でその部屋に入った俺は、絶句した。


 惨状だった。

 いつかどこかで見たような、惨憺たる有り様だった。


 泥棒に入られてもここまではならないだろう。地震に襲われたにしても散らかり方が偏っている。とにもかくにも、ともすれば先夏に見た状況よりも悪いんじゃないかと思えた。

 懐かしいどころじゃない。そのまま時間を跳んできたかのような、彷彿というレベルを超越する既視感だった。というか、

「どうしてこんなことに! いやむしろ、どうやったらこんな風に⁉」

 少なくとも、ごく最近の犯行であることは確かなはずだ。段ボール箱が無造作に詰まれた玄関を目にした時点で、薄々嫌な予感はしていたのだ。一昨日にレッスンで訪れたときには、こうはなっていなかったはずだ。

 ばっと伊咲さんを見る。横に立つ伊咲さんは、もの凄く曖昧な笑みであからさまに視線を逸らしていた。


「……伊咲さん」

「違うの! ちょっとでも自分でも頑張ろうって思って! 先に少しやっておこうって思って、昨日に最後の子が帰ったあと、始めてみたの! そしたら……」

 こうなったと。


 半ば涙目で必死に言い繕う伊咲さんへ、俺は小さくため息をこぼす。

「まあ、その志はとても素晴らしいんですけどね……」

 いかんせん、実が伴なっていないのが残念だった。これならなにもやってくれていない方がずっとよかったくらいだ。


 けれども、まあ。

 伊咲さんらしいと言えば、らしいか。


 これも随分久し振りに素の伊咲さんを見られたような気持ちになりながら、気を取り直し腕をまくりつつ言う。

「それじゃあ、いつまでもこうしていても仕方がありませんし、始めましょうか」


 にっと伊咲さんへ笑って見せる。うん、と伊咲さんは頷いて、ようやくちょっと笑顔を見せた。

 そうやって、胸の前で拳を小さく握って、小動物のようにふるふると震える姿を率直に可愛らしいと思ってしまっているあたり、自分も大概だなあ、なんて思った。


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