ぬいぐるみLOVE
荷造りをするにしても、まずは場所を整えなくてはならない。足の踏み場もないのではなにもできないからだ。だからまずは地層の薄そうなところからものを剥ぎ取り空間を作ると、すぐに仕分け作業に入る。
さすがに今回は前回のように、衣類(特に下着類)を無造作に散乱させているということはないようだから、仕分けに関してはあまり気を遣う必要もなさそうだった。どこから手を付けても手の付けようのなさは変わらないから、手当たり次第に拾い上げては伊咲さんの指示を仰ぐ。
生活ゴミの処分は大方済ませていたようだが、それ以外のレベルではまだ手が回っていなかったらしい――というか、やはりこの惨状ではどうにも手の出し方がわからないのだろう。留学先では大丈夫なのかと心配になるが、思うに伊咲さんは『片付け』が苦手なのかもしれない。日常生活を営んでいく分には普通に綺麗にしていけるのだろうが、こうやって大きく動くとなると大変なことになってしまう。
「……伊咲さん」
「ん、なにかな?」
「留学先で、一度整頓できたら次に引っ越すまで絶対に動かしちゃダメですよ。年末の大掃除とかもしちゃダメです。普段からマメにやってれば綺麗ですし。あと模様替えもしないでください」
俺の諫言に、え、どうして? と伊咲さんは本気で不思議そうな表情になるが、現状と同じ事態に陥るからとなぜ気付かない。この場合、自覚がないというのはちょっとした罪だろう……とにかくも俺は全力で伊咲さんに約束させる。過去に失敗した事態がないのだろうか。そんなわけもないと思うのだが、こればっかりは伊咲さんのウィークポイントなのかもしれない。
向こうに行く前に処分できるものは処分しておくということで、伊咲さんが不要と判断したものをまた別に分けていく。しかし、
「ぬいぐるみが多いですね……」
独り言のように小さくこぼしたので、伊咲さんには聞こえなかったらしい。山と積まれたぬいぐるみからひとつ手に取って、名残惜しげに撫でている。
ファンシーな動物デザインのものから、エイリアンのような奇天烈ななにかを模したようなものまで、大小も様々に出るわ出るわ。荷解きの際にはひとつも見当たらなかったものが、埃のようにあちこちから湧いてくる。
兎のぬいぐるみをいじっていた伊咲さんが、俺の視線に気付くと照れたように舌を出した。
「か、可愛いものとか好きでね、見かけたら思わず買っちゃって……可愛いでしょ?」
こちらに向けた兎の腕をぴこぴこ上下させて、伊咲さんはこちらを窺う。俺は思わず頷くけれど、それは兎が可愛いというよりは兎に仕草を取らせる伊咲さんがゲフンゲフン。
しかし、一見したところクレーンゲームなんかで積まれているようなぬいぐるみではない。それなりにしっかりとした、値の張るようなものばかりだった。
しかし、その全てを伊咲さんは廃棄するという。
「え、いいんですか」
「だって仕方ないもんね。こんなに増えちゃって、ずっと連れていくわけにもいかないし……」
本心では連れていきたいのがありありとわかるほど残念そうな顔で、伊咲さんは兎を山に戻す。
「ここに来る前も、結構たくさん、同じようにしてた」
「そうなんですか……」
いろいろと、確かに惜しい……ふむ。
思うところあって、俺は伊咲さんに申し出た。
「よかったらこれ、俺がもらって行ってもいいですか」
「え、菅生くんが?」
びっくりした、という勢いで伊咲さんが俺の顔を見る。意外、という内心が包み隠さず表れていた。
「……好きなの?」
「まあ、そんな感じです」
同士を見つけた、というわくわく顔の伊咲さんに、俺は曖昧に笑って返す。可愛いものは確かに嫌いじゃないが、伊咲さんほどではないだろう。かといって、伊咲さんのものだから、という理由とはまた違うし、言ってみれば純粋に、もったいないという気持ちの方が大きい。
それと同じ理由で、俺は隅に積んで置かれている冊子の束を指した。
「ついでに、というわけでもないですけど、あれももらっていっていいですかね」
「え? うん、いいけど……菅生くん、そんなに興味あったっけ? 音楽」
伊咲さんが困惑するのも無理はない。俺が示したのは伊咲さんが購読していた音楽雑誌や専門書の束だ。それにも俺は適当に濁して返すけれど、こちらは明確に、自分のためである。
思うところあって、だ。
「それじゃあ、それらはあとでまとめてもらっていきますね。今は仕分けの続きを――」
言いながら視線を巡らせると、伊咲さんはなにやらもの凄くわくわくした目で俺を見ていた。その熱視線には俺もちょっと鼓動を乱すにやぶさかではないのだけれど、伊咲さんがその膝に、多分にキャラクタライズされたライオンのぬいぐるみを抱えているのを見るにあたり、伊咲さんの視線の意味合いを悟らざるを得なかった。
内心の恥じらいも相まって、俺は小さく頬を掻く。
あー。
「もしかして……ぬいぐるみに、名前付けてたりします?」
質問というよりはもはや確認のようなものだったが、どんぴしゃり、伊咲さんは「そうなの!」と瞳を輝かせてライオンを掲げた。どこぞのキングを彷彿とさせる構図だ。
「皆に名前付けてるんだ。この子はね、アレキサンダー七世で、こっちのペンギンがサンダーホークね。そっちのパンダはベアトリクスで、あ、このナマケモノは太郎左衛門っていうの!」
喜々として、伊咲さんは次々とぬいぐるみの名を開陳していく。いろいろと突っ込みたいところが満載なのだけれど、とりあえずなぜナマケモノだけ和名。しかも渋い。
そうして伊咲さんが次々と紹介してくれる名前を、俺は半ば聞き流しながら仕分けを再開する、まあ、この時点で既に伊咲さんは戦線から離脱していて、俺の掲げるものを口頭で示すだけになっていたから、実のところ大局に変化はない。
それよりも――だ。
どのタイミングで言い出したものか、俺は考える。
昨日の最後の練習で、なんとか一通り完成の目は見た。完璧からは、遥かに遠いけれども……それでも、俺の精一杯であることには変わりない。
これが最後の、俺から伊咲さんへ贈るものだ。




