王女の想い
今回も、和樹の友人、松元視点です。
俺が前世の記憶をなんとなくだが思い出した次の日の早朝、昨夜のメールの返事が届いていることに気付いた。
『ナディ様
私も話がしたいです カイ』
彼女の返事に苦笑してしまった。
“ナディ様”か・・・・・・。
前世の俺は女で王女で、そして彼女は男で俺の護衛で・・・・・・。
『おはようございます。
急ですが、本日15時、昨日の喫茶店でいいですか?』
とりあえず、用件だけ入力して送信した。
すぐに、
『承知しました』
と、返事が来た。
その返事に再び苦笑する。
昨日は初対面ながら、普通に、打ち解けた会話が出来たのに・・・。
もう1件メールを打つ。
『和樹がアスランか?』
と。
『思い出したのか?!』
和樹からはメールではなく、電話がかかってきた。
「ああ、昨夜ね。俺がお前の姉のナディで、幸田さんがカイ・・・。で、もしかして、明音さんがサラーシャ様か?」
『ああ、そうだ!何処まで思い出した?』
「お前に婚約者が出来たあたりから、俺が病気で死ぬまで?それから、お前とカイが剣の訓練をしているところと、バラ園の風景ぐらいかな?それだけだ。それで、聞きたいことがあるんだが・・・・・・」
俺が聞きたかったことは、前世で俺が死んだ後のこと。
和樹の明音さんへの態度に少し違和感があったからだ。会社の同僚に『胸焼けがする』と言わせるほどの溺愛ぶりは、前世のアスラン、そして現在の和樹からは想像が出来ない・・・。
そうして、聞き出したことは俺にとって衝撃的だった。
前世の俺が死んで、1年も経たないうちに・・・、アスランたちの結婚式が数ヶ月後に決定していたのに・・・、国が滅んでいたなんて・・・・・・。
『まぁ、信じられないとは思うが・・・。俺も、カイも思い出したときは驚いたな』
「明音さんは?彼女は思い出したのか?」
『いや、彼女は思い出してもいないし、知らない。この先教えるつもりも無い』
彼女が寝室で熟睡しているから、この話が出来るんだけどね。と、和樹が付け足した。
「なぁ、和樹。なんでカイは、女性に生まれ変わったんだろう・・・?」
『・・・多分、前世のお前との約束を守っているからじゃないか?女性のほうが女性に近付きやすいだろ。そうやって、幸田さんは明音の事を守ってくれていたよ。忌々しいことに俺からもね』
【私が元気な姿になるまでの間、貴方が私の代わりに義妹の相手をして欲しいの。アスランは公務で忙しいでしょうから、その間・・・。準備を手伝ってくれた貴方だったら、私が何をしたいのか分かるでしょう。それから、私が以前の様に歩き回れる様になるまでの間は、義妹を守ってあげて。私が元気になったら、私の護衛に戻ってもらうわよ。それまでの間、お願い・・・】
「・・・俺、どうしたら良いかな・・・?」
『“今はカイは女性でお前は男性だ”。後は自分で考えろ!』
明音が起きたようだから。その言葉を最後に電話を切られた。
約束の場所に、彼女はすでに来ていた。
昨日と同じテーブルで、壁の絵を眺めていた。
店内にいる客は彼女だけだった。
俺は、勇気を振り絞り、彼女へ近付く。
彼女が俺に気付き、こちらを向いた。
「カイ・・・、いや、幸田さん。俺と結婚を前提に付き合ってください!」
ここへ来る前に立ち寄った花屋で作ってもらったブーケを差し出した。
「オレンジのバラ・・・・・・」
突然、彼女が泣き出した。
「え、まだ、バラの花は苦手?」
彼女は首を横に振る。
「いいえ・・・。これ、ナディ様が好きだと言ってた花だから・・・」
彼女が覚えていてくれたことにホッとする。
「そうだよ・・・。これは、君の色。だから、ナディはオレンジが好きだったんだよ。カイの髪の色と同じだから・・・。それで、返事は?」
彼女の涙を拭いてあげながら尋ねた。
「はい・・・。喜んで・・・。ごめんなさい。嬉しすぎて、泣いてしまって・・・。だって・・・」
彼女が壁の絵へと視線を移す。
そこには、昨日まで掛かっていた砂漠の絵ではなく、東屋からバラ園を臨む絵だった。バラはもちろんオレンジ色で・・・。
それは、前世での俺が一番のお気に入りの場所だった・・・。
和樹・明音、そして由美子・博人の話はこれで完結とします。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
ブクマ登録、評価を下さった皆様、ありがとうございました。