36. 船団護衛 1 (イギリス空母ヴィクトリアス登場)
「大改装成った英空母ヴィクトリアス(Victriuos)........1941年に竣工し、現在の英空母中もっとも艦齢の古い艦であるが、1950年代から昨年末にかけて足かけ8年に及ぶ大改装工事を施され、全く生まれ変った姿となって再登場した。ミラー着艦装置、スチーム・カタパルトを設備し、アングルド・デッキの角度も従来の英空母中最大である........」『世界の艦船』1958年8月号の12頁より。
「これからの我らが艦隊の主な任務ですが、第一に人間界との航路の維持、第二にフェロモサへの機動部隊への派遣となります」
イギリスはクイーンエリザベス級戦艦ウォースパイトの凛とした声が会議場に響き渡った。聞いているのは各国の主力艦たち。
イギリス、日本、イタリア、フランス、トルコ、ギリシャ……第二次世界大戦で活躍し、21世紀になって異界に生まれ変わったウォーシップだ。
この異界にはウォーシップの他に多くの怪獣が生息している。それらはわたしたちの基地がある幸せの島と人間界との航路を妨害し、それだけではなくて人間界に侵入する危険がある。つい最近もインスラオヴィニウムの島の戦いでモササウルスの群れを掃討して人間界への航路の一つを開いたばかりである。
おっと、自己紹介を忘れていた。わたしはこの艦隊のアドミラル。人間界では定職のない高齢ポスドクだったが、ある奇縁で彼女たちに迎え入れられた。当初に比べればアドミラル業にも慣れてきたがまだまだ勉強中だ。
「それでアメリカ艦とドイツ艦はまだ着任して来ないのだろうか?」
発言する金髪の美女。アニタ・エグバーグを思わせる恰幅の良さはイタリアの戦艦ジュリオ・チェザーレである。この異界では、イギリス、日本に次いで第三位の規模を持つイタリア艦隊……レージャ・マリーナのリーダー格だ。
日本艦の金剛が口を開く。イギリスで建造されたという経歴を反映した彼女の人間体は金髪碧眼、そして日本に来たのは江戸時代が残っている大正のはじめというという時代を反映した古風な言葉遣いが特徴だ。
「アメリカ艦のことじゃが……あやつらの母国が現在ゴタゴタしておるので、当分着任できる状況ではないようじゃの」
「ずっとそう言いつづけているが....果たしてこの基地に着任する気があるのかな?」
と、チェザーレ
「人間界と同じくこの異界でも孤立主義に戻ったのでしょうか?あの人たち」
皮肉をこめた発言はフランス艦のダンケルクのもの。
一座に妙な空気が漂ったところ....
「そのアメリカ艦のことだが……」
イギリス艦マレーヤが口を開いた。彼女はウェーブの黒髪に褐色の肌。イギリス艦であるウォースパイトはブロンドに白肌。同型艦でありながら二人の人間体の容姿は全く異なる。
これは戦艦マレーヤの建艦費用が、当時のイギリスの植民地であったマレーのスルタンたちの献金によるという史実が反映している。
「アメリカ艦からこちらに連絡があった。異界と人間界の航路も確保されたので、わたしたちに渡したい物資があると言ってきている。なかなか着任できなくて申し訳ないがアドミラルへの忠誠とわたしたちへの友情を示したいということだ」
一座のみんなは、ほう……という雰囲気になった。
マレーヤは話を続ける。
「アメリカ艦は異界と人間界の境界でランデブーしたいと言って来た。それで、わたしが輸送船団を率いて行ってくることにしたい。……どうかな?」
みんなに異存が無いことを確認するとマレーヤは付け加えた。
「これは訓練をも兼ねる。言うまでもないが、コンヴォイのエスコートは海軍の基本だからな」
……いかにもイギリス艦らしいことをマレーヤは言った。
会議の終わりに、ウォースパイトがみなを代表してわたしに確認する。
「これで最後になりますが、何かお言葉はありますか?マイアドミラル」
わたしは次のように告げた。
「それではマレーヤにはわたしも乗艦しよう。イギリス海軍伝統の船団護衛を実地で学びたい。それに……」
「それに?」
わたしに問いかけるウォースパイト。わたしは答えた。
「アメリカ艦にも会いたい。これでもわたしはこの多国籍艦隊のアドミラルだからね」
ジュリオ・チェザーレ
ダンケルク
マレーヤ
かくして船団が出発する当日……埠頭でみなが集合するのを待っている時、わたしはマレーヤから最終的な船団序列についての報告を受ける。
「戦艦はわたしマレーヤと霧島、イギリスの巡洋艦はシェフィールド、駆逐艦はジャーヴィス、ジャヴェリン、ジェーナス、ズールー、そして日本の駆逐艦は雪風と霞……」
マレーヤは話の途中だったがわたしはつい口を挟んでしまった。
「船団護衛は重要な任務というからもっとたくさんの船舶だと思ったけど、意外と少ないんだね」
マレーヤは自分の話を中断されたが、別に気分を害したふうもなく
「ああ、たくさんの補給船を連れて行くと港湾での荷役作業が停滞するリスクがある。そして少数の船団での航行は被害を局限できるアドヴァンテージがある。だがリスクもアドヴァンテージも状況によって入れ替わるから選ぶのが難しい。また、この任務だけに多くの艦艇を欲張ることもできないのでな。今回はこの編成で行くことにした」
「なるほど、古代中国の格言でいえば人生万事塞翁が馬というヤツだね」
高校の漢文の授業で習った『淮南子』の逸話を持ち出した私に対してマレーヤは「ん....?老人が馬を失った話のことか?幸運が不幸を持ってくるという教訓だな」と応じた後で
「それだけでは無い、作戦に従事する部隊の士気も考えなくてはいけない」
マレーヤはそう言って集まってきた駆逐艦たちのほうを見る。
イギリスの駆逐艦ジェーナスが大きな伸びをして大きな声で呟いた。
「あーあ!コンヴォイのエスコートなんてかったるいなー。商船なんて単独で行かせれば良いんだよ!ユーボートに撃沈されるのなんて運次第だっての!」
チョコレート色の肌が特徴的な娘であるズールーもジェーナスに乗る。
「全くだ。40年のことだったか?これからは13ノット以上の船はエスコートしなくてもいい、お前らの要望に応えて護衛任務の回数を減らしてやったぞ、と言われて喜んだが……見事に騙されたよ!足の遅い船を護衛したってUボートに襲われるリスクは変わらねえ。朝に三個のパンを四個にしても夜の分を減らせば一緒....オレたちをチャイナの笑い話に出てくるモンキーと一緒にしやがって!Get Tae 〇uck!!」
さらにジャーヴィスも
「商船の子たちっていつまでたってもフォーメーションを組めないのよね。敵に襲われるとバラバラになるか固まるかで狼に食われるだけ。こちらは羊を追い回す牧羊犬になった気分だったわ」
他の娘たちと比べるとジャヴェリンは控えめだったが
「コンヴォイのエスコート、みんな内心では嫌がってたわね」
日本の駆逐艦・霞が意外そうな顔をして
「へー。あんたたちイギリス海軍もそうだったんだ。戦後の本を読んだら『日本海軍の敗因は海上護衛の軽視!イギリスやアメリカを見習え!』って書かれていてね。艦長経験もない赤レンガ上りが偉そうに!ムカついたから何とかソノラマの文庫本、踏んづけてやったわよ!」
確か駆逐艦・霞といえば、補給線がズタズタにされた日本に最後の石油をもたらした北号作戦に参加した艦じゃないか……わたしはそう考えて彼女に尋ねた。
「霞……確かキミは北号作戦で活躍した艦と聞いたが……」
「あら司令?そりゃああの作戦は良かったわよ。足手まといの民間船がいなかったもの。.たったあれだけのガソリン?あたしにとっては物資の補給なんかより、戦艦の伊勢さんや日向さんを本土に送り届けるほうが大事だったわ」
霞は事もなげにバッサリ切り捨てたあと
「「やっぱりそうよね!そうだよな!」」
と日英の駆逐艦で盛り上がっている。
台湾時代は中華民国海軍の総旗艦を努めたため、上層部の考えにも通じている雪風だけが、困った顔をしてみなを見ている。
マレーヤはため息をついて
「これがロイヤルネイビーの実態だ。補給任務を軽んじる実戦部隊だけではない。チャーチルもUボートによる被害に楽観的でな。大戦の初期には13ノット以上の商船を護衛なしで単独航行させたあげく、ドイツ海軍にハッピータイムをプレゼントしてしまった」
まあ、それからは必死で対策を考えたのだがな……マレーヤはそう言ってシェフィールドに目配せする。
シェフィールドが「アテンション!」と鋭い掛け声を出すと、駆逐艦はみんな直立不動の姿勢をとった。イギリス艦だけではなくて日本艦もそれに倣った。
「単独航行商船の数を増やすのも物流の効率化や水上戦力全体のバランスを考える限りでは合理的なシステムだったが...それによって受けた被害の総量全体から見ると誤った合理性だった。結果的に複数のルートから進めたUボート対策が結果を出したのだが、そこに至るまでのツイスト・アンド・ターン(紆余曲折)を考えると........我々は大西洋の戦いによく勝利できたものだ」
マレーヤはしみじみとした口調で述懐した。
イギリス軽巡・シェフィールド
マレーヤ「シェフィールドは二度目の大戦を生き抜いて1966年まで就役していた大ベテランだ。オライオンが鬼教官ならシェフィは鬼軍曹といったところかな........だが、彼女がいつも聞いているビートルズというミュージシャン、わたしはどうしてもわからん」
日本駆逐艦・霞
雪風「朝潮型駆逐艦・霞ちゃんはハワイ作戦から天一号作戦まで活躍した歴戦の艦ですっ!......ただ、ちょっぴり言い方がキツイのが玉に瑕ですけど...」
そしてマレーヤはアドミラルたるわたしに対して報告……の名目を取った講義を続ける。
「今回の船団に参加する戦艦はわたしマレーヤの他に霧島だ。我々ロイヤルネイビーのコンヴォイ・エスコート(海上護衛)では複数の戦艦を加えるのが原則だった。特に地中海の戦いではUボートに加えてイタリアの水上艦による襲撃が予想されたから戦艦が加わるのは大きなアドヴァンテージといえる」
わたしはそこでマレーヤに尋ねた。
「だが、それは過去の、それも地中海という限定された戦場でのセオリーだ。この異界ではそれが通用するのかい?」
我ながら挑発的なもの言いだったかもしれない。
マレーヤはちょっと苦笑して
「ハハハ……確かに過去の経験が今ここで通用するとは限らない。実は我々もそう考えたからこそWW1の戦訓を無視してUボートに好き放題にさせてしまったのだが……」
その後で彼女は表情を引き締めると
「この異界の情報収集と分析を行った結果だが、大規模な怪獣の群れは出現していない。だが、個体で生息している巨大海上生物の存在を複数確認している。彼らと遭遇した時には戦艦の主砲が示威となる。それがわたしに加えて霧島を参加させた理由だ」
わたしがなるほどという表情をすると、マレーヤは埠頭から海上に目をやり
「おお、噂をすれば影。我々の言葉では『悪魔の話をすれば』...いやさすがにジンクスが良くないな。獅子心王の話をすれば本人が来る...ぐらいにしておこうか」
マレーヤの視線を追うと戦艦霧島が入港してくるのが見えた。やがて接岸した自艦から霧島が降りてくる。
「みんな集まった?今回の航海では久しぶりにサウスダコタやワシントンに会えるから楽しみだわ」
そう言えば霧島はソロモン海戦でアメリカの戦艦サウスダコタやワシントンと戦ったのだった。
「でも、またわたしの目の前で殴り合いのケンカをしなきゃいいけど」
相変わらずざっかけない調子の霧島である。自分があの二隻に撃沈されたことは気にしていないようだ。
マレーヤが霧島に話しかける。
「今、アドミラルと船団序列の最終確認をしていたところだ」
すると、霧島は
「そう言えば今回の航海の一番の主役の話はした?」
おっと忘れていたとマレーヤ。
「アドミラル、今回の航海では空母ヴィクトリアスが参加する」
「……空母ヴィクトリアス?」
わたしの疑問に対してマレーヤは
「ああ、空母ヴィクトリアス。先の大戦では数々の作戦で活躍した歴戦の勇士。コンヴォイ・エスコートの任務に主力空母も動員したのが我々ロイヤルネイビーだが、今回はそれだけではない」
わたしの疑問の表情にマレーヤは
「あいつはアメリカ海軍のことをとても良く知っている。今度の航海には最適の人選なんだ」
わたしがさらに詳しく聞こうとすると、霧島が声を上げた。
「あっ!彼女来たようよ」
霧島「敵よりも味方同士で仲が悪いんだから困ったものね、あの娘たち。まあ我が国だってよそ様のことは言えないけど。.......いえね、ウチはほとんど馴れ合いでやっていたけど陸のほうがね...」
ズールー「フージューデューズFoos ye doos? HMSズールーだ。あの大戦では船団護衛一筋だった。H部隊に加わって、ハイファ沖でUボートを撃沈したこともあるんだぞ。ま、太くて短い4年間だったな、オレの艦歴。.........ん?スカート?気にするな、オレも気にしてないから」
一隻の空母が二隻のタグボートに先導されて入港してくる。
彼女の艦橋を見てわたしは違和感を感じた。
艦橋に取り付けられているのは円筒形のビーム照射機のようなもの、その上のアンテナがゆっくり回転している。
そして艦の斜め前に突き出た甲板。
この異界に来てからわたしが見慣れたマレーヤや霧島といった第二次大戦の時代の艦とは明らかに違う。
「あれはType 984三次元レーダーとアングルド・デッキだ、アドミラル」
食い入るように見ているわたしにマレーヤが教えてくれる。
戦艦にはそれが作り出された時代の精神が宿る……レオナルド・ダヴィンチが作り出した人工翼がルネサンスという時代を表しているように……そしてあの艦は
「マレーヤ、あの艦は君たちと同じ時代のものではない」
マレーヤはニッコリ笑うと
「その通り。あれはイラストリアス型空母のHMSヴィクトリアス。先の大戦の武勲艦で、わたしたちと同じ時代を生きていた。だが、67年まで現役だったので、わたしたちの知らない世界を知っている」
続けて「あれは1958年に改装された姿だ」とマレーヤ。1958年といえば昭和33年、わたしの両親の青春時代だ。
明るさを感じさせる空母ヴィクトリアスのシルエットは、わたしに新しさと同時に懐かしさをも思い出させた。
埠頭に接岸した空母のタラップから一人の女性が降りてくる。ヴィクトリアスの人間体だ。
ウォースパイトにも勝るとも劣らない豊かなブロンドの髪、意志の強そうな切れ長の目、引き締まった口元に微笑を浮かべている、だが顔立ちは若くて10代のものだ。
わたしは視線を下におろす。ボリュームのある上半身を制服がキリリと固め、丈の短いスカートからはスラッとした足がのびている。
お嬢さま学校の生徒会長といったところかな……わたしが勝手にそう考えているとヴィクトリアスは敬礼して
「ごきげんよう、マイアドミラル。お会いできて光栄ですわ」
低音のハスキーボイスは彼女の長い艦歴を感じさせた。見た目は少女でも歴戦の勇士なのだ。
ヴィクトリアスは港の外を見やると落ち着いたハスキーボイスで言った。
「先ほど港の外に停泊しているトランプ・シップ……貨物船を見ましたわ。今回は十分な隻数があるようですわね、マレーヤ」
マレーヤが応える。
「ああ、今回のコンヴォイは急な編成だったが何とかかき集めたさ。空の護衛はキミが頼りだ。頼むぞ、ヴィクトリアス」
ヴィクトリアスは力強くうなずく。
マレーヤはわたしに向かって
「それではみんな揃ったようだから出航しようか、アドミラル、号令を頼む」
マレーヤに言われてわたしは号令をかける。
「それでは全艦抜錨!」
わたしの声が終わるか終わらないかのうちにジャーヴィスたち駆逐艦は自分の艦に飛び乗り、港の外に停泊しているトランプ・シップを牧羊犬のように追い回して出航させた。
ヴィクトリアス「HMSヴィクトリアス、人呼んで空と海の勝利者!アドミラルの母国、日本にも行ったことがありますの。一度目は敵として、二度目はコムラードとして。......え?アンチエイジングで若作り?面白い事をいうのねジェーナス、ちょっとこっちへいらっしゃい?ポキポキ」
マレーヤ「確かにお前は戦後に改装されてから、かなり艦のシルエットが変わったものな」
船団は順調に航行中である。戦艦マレーヤの艦橋から見る海上はさんさんと陽光が降り注ぎ、空には雲一つ見ない。
現在のところ、異界怪獣の襲撃も受けていない。
船団の進路上にモビーディックが浮上したが、マレーヤの主砲15インチ・マーク1と、霧島の主砲35センチ・四一式砲をギロリと向けたらゆっくりと道を開けた。
マレーヤはお詫びとばかりにニシンの入った樽一個を、デリックを使って海上に放り投げた。
わたしは輸送船団に同乗するのは初めてだが、戦闘艦のみで構成された艦隊と明らかな違いを感じた。
「……やっぱり速度が遅いね、マレーヤ」
マレーヤはオリエンタルな顔をこちらに向けて
「まあ、そういうなアドミラル。今回は急に編成したコンヴォイなので輸送船の足がバラバラなんだ」
戦艦マレーヤの艦橋にいる霧島もわたしに顔を向ける。本航海ではマレーヤが旗艦だ。そのため幹部は自艦を遠隔テレパス操縦にして詰めているのだ。
なお、軽巡のシェフィールドと駆逐艦たちは自分の艦に乗って輸送船を監督している。
霧島が口を開いた。
「わたしたちがガダルの戦いでやったように高速船団を編成する手もあるけど、いつもできるわけじゃないしね」
霧島は続けて
「ま、高速船団を編成したところでね、敵の航空機に入れ食いのように沈められるのは変わらないしねアハハハ」
今日はブレーキ役の榛名がいないから言いたい放題の霧島。しかしアハハハという笑い声はやっぱり姉の金剛に似ているなあ。そう考えていると……
「ふあああ~っ!!あっヤバっ!」
通信からはジェーナスの大あくびが響く。
「ストゥーピッド!バカっ!」
通信から大声でフロティラ・リーダーのジャーヴィスが叱る。
「パイプダウン!!静かにしろ!!たるんでいるぞ ジェーナス!!」
軽巡のシェフィールドがさらに大きな声で叱責した。
続いてシェフィールドは戦艦マレーヤの艦橋にスクリーンを出現させて
「申し訳ありません、マム」
謝るシェフィールドに対してマレーヤは鷹揚に手を振ると
「そろそろ駆逐艦たちにもフラストレーションがたまってきたようだな」
……何か刺激を与える必要があるな……小声で呟きながら考え込んだマレーヤに対して。
「それでは、わたくしが揺さぶって差し上げましょう」
お嬢さま言葉に似つかわしくない低音のハスキーボイスが聞こえる。いわずと知れた空母ヴィクトリアスだ。
マレーヤはヴィクトリアスのほうを見ると
「またいつものあれか。よろしい、許可する。ただし、やりすぎるなよ」
ヴィクトリアスはマレーヤに敬礼すると
「アドミラルもいらっしゃらない?このヴィクトリアス自慢のジェット戦闘機に乗ることができる機会はそんなに無くてよ?」
ジェット戦闘機……え?この空母はそんな新しい機種を積みこんでいたっけ?
マレーヤがわたしに説明する。
「ヴィクトリアスは戦後まで就役していたからな。艦歴の終わりごろにはジェット戦闘機を搭載していたんだ、アドミラル」
わたしが説明を聞いているとヴィクトリアスはさらに畳み掛けるように
「どうなさいます?」
霧島が「提督、Gが...」と言いかけたが、マレーヤが目でおさえるのが見えた。
何だか試されているような雰囲気だ。よろしい、これでもわたしはこの艦隊のアドミラルだ。ヴィクトリアスの誘いに乗ってやろうではないか。
「……わかった。何がどうなるのかわからないがキミに身体を預けよう」
わたしはヴィクトリアスの操縦するウェセックス・ヘリに乗って彼女の艦に乗り移る。
そして彼女の案内に従って下に降りていく。
「わたしにとってアドミラルは最初の男性ですのよ」
え?どう受け取っていいのか困惑する言葉を彼女は言った。第一そんなことは身に覚えが無いぞ。
ヴィクトリアスはニコッと笑って
「空母ヴィクトリアスの格納庫にお迎えするのは……ですわ」
なんだ、そういうことか。わたしがホッとしていると、ヴィクトリアスはスーッと自分の顔をわたしの顔に近づけてきた。
「わたくしたち空母にとっては格納庫はレディの寝室と同じですの。エチケットをお守りになってね」
……白い肌につけている香水とブロンド髪につけているヘアミルクの匂いがわたしの鼻をくすぐった。
空母ヴィクトリアスの格納庫は、レディの寝室というよりも、天井の低い体育館だった。
上履きに履き替えなくていいのかな……愚にもつかぬことを考えながら奥に進む。レシプロの戦闘機が居並ぶ中心に鎮座していたのは、マンガで見た覚えのあるジェット戦闘機だった。
「今は亡き第801飛行隊の遺産、ブラックバーン・バッカニアですのよ、マイアドミラル」
彼女の趣味なのか、機首にはキュートな銀狐のエンブレムが描かれていた。
「さ、急ぎますのよ」「ああ、わかった」
彼女はわたしに飛行服を渡す。マニュアルを見ながらどうにか着込む。
「これでコックピットに座ってもいいかな?」「少しお待ちになって」
ヴィクトリアスはわたしの身体を引っ張ったり軽く叩いたりしてきちんと着ているかチェックした後、放り込むようにして飛行機の後ろの複座に座らせる。そしてわたしの顔に酸素マスクをはめた。やがて機体が動き始める。
「ワントゥ、スリィフォ♬ ワントゥ、スリィフォ♬ アターク!ジ・ホークミサイルファイター♬」
前座に座っているヴィクトリアスは何かのポップソングを口ずさみながら機体をエレベーターに乗せて甲板に上げる。
薄暗がりから太陽の下に出てわたしの目が慣れない内に、ヴィクトリアスは一気に機体を発進させた!蒸気カタパルトによる凄まじいGがわたしを襲った!
「ウグググ……」
速さに感覚がついて行かない!
「頑張って!マイアドミラル!」
ヴィクトリアスが前座から声をかける。
バッカニアは上空に向かい、宙返りをして海上に降りる。
「魔法でGを軽減しましたから、わたくしの操縦をしっかりご覧になって!さあ行きますわよ!駆逐艦のお嬢さんたち!」
バッカニアは海面スレスレにまで降りるとそのまま水平飛行に移って駆逐艦ジェーナスに向かう。
「ひえええ!」
通信からジェーナスの声が聞こえる。
バッカニアは駆逐艦ジェーナスの横腹に衝突する寸前で機首を上にあげて垂直上昇した。すかさず宙返りして駆逐艦ジェーナスの艦橋を肋一寸の距離で横切る。
「ジェーナス!眠気は覚めまして!?」
一瞬だが艦橋にいたジェーナスの青ざめた顔が見えた。
再びバッカニアは海面近くに降りると這うように駆逐艦たちに近づき、衝突する寸前で急上昇をかける。
「キャア!」
通信を通じて響くジャヴェリンの声
「ゲッ!」
男の子みたいな叫び声はズールー。
「フリッツXに比べたら!」
ジャーヴィスはそう叫んだがやはり艦橋へのニアミスはかわせなかった。
「うわああああ!」
駆逐艦と一緒にわたしも悲鳴をあげる。
何度も視界が飛ぶ。これが話に聞くブラックアウトというやつか。胃液が逆流してきてマスクからあふれる。しかし、わたしはこれでもアドミラルだ。せめて訓練の様子だけは見届けようとキャノピーに顔を押し付ける
駆逐艦たちが算を乱して右往左往しているのがかろうじて目に入った。
ジェーナス「ひええええ!」
ジャヴェリン「キャア!」
「ホホホホ!このバッカニアはレーダー網に引っ掛からないように超低空で侵入できるストライカー!見事、この銀狐ちゃんの襲撃をかわしてご覧なさい!」
高笑いをする操縦席のヴィクトリアス。
駆逐艦たちにとってはレーダーの死角から襲ってくるので、完全に不意をつかれることになる。
通信から駆逐艦たちの悲鳴が混濁して入ってくる。
そこへ……
「何をやってるのイギリス艦!」
海上に響くのは日本の駆逐艦・霞の声だった。
遠目で見ると甲板に乗り出して叫んでいる。
「機械を使うな!目を使え!」
霞はもはや無線ではなくてメガフォンで怒鳴っている。
わたしは以前に読んだ『艦長たちの太平洋戦争(続篇)』の一節を思い出した。たしかキスカ撤退作戦の時、駆逐艦若葉の艦長だった二ノ方兼文中佐は無線を積んでいない商船に向かって、海上からメガフォンで「本艦についてこい!」と怒鳴ったというが....
その霞は甲板から海上を凝視していると
「見えた!」
と叫ぶが早いか舵を切って艦橋へのニアミスをギリギリで交わす。
「……チッ!」
さすがのヴィクトリアスも舌打ちをした。
「さすがわたくしたちロイヤルネイビーをも上回る夜戦訓練で鍛えられたCAT'S EYEですわね」
機体を上空で宙返りさせながら相手を讃えるヴィクトリアス。
すると通信を通じて
「ジャーヴィス、フリッツ誘導弾のデータをみんなに送って!雪風はダンピールの反跳爆撃のデータを送るから!」
これは雪風の声だ。
それからヴィクトリアスのバッカニアは何十回と襲撃を繰り返したが、次第に駆逐艦たちは呼吸を覚え、ギリギリで舵を切って艦橋へのニアミスをかわすようになった。
「コール・イット・ア・デイ....そろそろ潮時ですわね。マレーヤ、対水上戦の訓練を終了します」
そう報告した後で、ヴィクトリアスはゆっくりと機体を自空母のアングルド・デッキに着艦させる。
わたしは身体がヘロヘロになっている。酸素マスクを外すと中にたまっていた胃液が座席にドバっとこぼれ出る。辛うじてヴィクトリアスの手につかまって機体を降りた。
「わたくしが魔法でGを軽減したとはいえ、初めてでよく耐えられましたわね」
これが実戦だったら良くて気絶していたところですわ、と付け加えるヴィクトリアス。わたしは彼女に向かって
「……というか何がなんだかよくわからなかった。訓練の様子だけは見届けたいと必死だったけどね。でももう一度は勘弁してほしいけど」
「あら?その内に癖になりますわよ。天国と地獄の境目を体験できるのですもの」
ヴィクトリアスのブラックジョークに苦笑で応えようとしたら突然に身体の力が抜けた。わたしは甲板上に崩れ落ちた。
「レッドアウトですわね。でも大丈夫。わたくしがGを魔法で軽減しておいたのでもう少ししたら治ります」
しかしわたしは下に垂れた顔がどうしても上がらない。いくらヴィクトリアスが声をかけても身体に力が入らないのだ。
「困りましたわね……」
ヴィクトリアスはそう呟くと何やらごそごそしだした。
「アドミラル、さあお顔をお上げになって」
ヴィクトリアスはそう声をかけると自分の手を伸ばし、指をわたしの顎にかけて上にあげる。
……わたしの目に入ったのは一糸まとわぬ彼女の姿だった。瑞々しい白い肌、そして、はち切れそうなボリューム……
もちろん一気にわたしの中に力が蘇ってきた。
「さあ、お立ちになれますわね」
ヴィクトリアスは艶然と微笑んだ。
ヴィクトリアス「さあ、お勃ちになれますわね......あら失礼、変換ミスですわ。これはわたくしとしたことが.......」
ヴィクトリアスの三面図と表情一覧
後書き
金剛
「さて、アメリカ艦の件はあれで良いとして、ドイツ艦はどうなったのじゃ?」
バーラム
「それに関しては彼女達から非公式のコンタクトがあったわ。このPC画面を見て」
金剛
「……H. M. S.バーラムの動画チャンネル、栄光のロイヤルネイビー……お主いつの間にVチューバーとやらになったのじゃ?」
バーラム
「人間界に派遣された艦との連絡用に開設したのよ。なにか事件が起きたら人間たちには意味のわからない暗号化された映像を流そうと考えているの」
ヴァリアント
「それで今映っているのは何かな?あー!ジャトランドの海戦じゃない。あたしたちクイーンエリザベスクラスにとって初めての大舞台だったねー」
金剛
「第一次の大戦でイギリスのグランド・フリートとドイツ大洋艦隊の間で戦われたユトランド海戦……イギリス側151隻、ドイツ側99隻という天下分け目のおおいくさじゃったな」
バーラム
「このバーラムが隠し持っていた未公開映像を中心に編集したの。ほらわたしの砲弾がフォン・デア・タンに命中するところよ」
ウォースパイト
「激しい戦いだったわね。ドイツ大洋艦隊が戦場から脱出した後、『わたくしたちは勝ったの?』って言ったらね、バーラムったら『彼女達は去り、わたしたちはここにいる。一般的にはわたしたちが勝ったというんじゃないの?』ですって」
金剛
「お主、昔から相変わらずじゃの」
バーラム
「ほめられたと思っておくわ。さて、みんなに見てほしいのはコメントの書き込み」
ウォースパイト
「『オレのウォースパイトさまが舵をやられて漂流なさっている!』……ではないわね。ひょっとしてこれのこと?……『スカゲラック海峡の戦いはわたしたちの勝利です。今度決着をつけに行きます』」
金剛
「ふむ……スカゲラック海戦とはユトランドの海戦のドイツ側での呼び名。確かにドイツ艦からの書き込みのようじゃ」
ヴァリアント
「へー面白いねー。あいつらって自分たちが勝ったと思ってるんだ?」
金剛
「そういえば、ウチの足柄がドイツに行った時のことじゃが、海戦が行われた日はドイツ側でも記念日を祝っておってな。そこでドイツ艦隊の武勇伝をたっぷり聞かされたそうじゃ。……確かに、イギリスの巡洋戦艦の装甲の弱さが、戦訓として残された戦いじゃった」
バーラム
「ムッ……さっきも言ったとおり、最後まで戦場に立っていたのはロイヤルネイビーよ。勝利者を名乗る権利はわたしたちにあるわ。それにドイツ大洋艦隊はついに北海の海上封鎖を破ることができなかったから、戦略的にもこちらの圧勝」
ヴァリアント
「じゃあバーラムが言ったとおりに書き込むね……カタカタ……あ!?もうリプライが返ってきた!」
金剛
「なになに……『あなたの論理は顛倒している。短期間で撃沈したイギリスの巡洋戦艦と堅牢なる設計で艦隊保全を成し遂げたドイッチュラント大洋艦隊を比較せよ。これは戦略的悟性と戦術的理性という相反せる基礎的な主要条件をアウフハーベンさせたティルピッツ海軍大臣の建艦思想が世界精神を体現している何よりの証拠である』……相変わらず何を言っているのかわかりにくいの」
バーラム
「回りくどい論旨で相手を言いくるめるテクニックだけは一流ね。論より証拠、あの海戦がドイツ艦隊の活動に及ぼした影響を統計化して送りつけてやるわ、送信!」
金剛
「おお、また返信が来たぞ……『数値は現在の議論の前提となる主要な要素を体現するものではない。それは独断論のまどろみにして視霊者の夢である。その一方で、わたしたちの普遍即ち先天的純粋判断が物自体に先天的に内在していることを証明するのは容易な業である』……どうやらドイツ哲学のようじゃの。しかし、わしのフネに乗っていた文科の学徒士官が語っていたのと、どこか異なるような……」
バーラム
「ハ!ケーニグスベルクの田舎学者が書くような悪文を!しかも意図的に学説を歪めているわね。それならこちらは……カタカタ……(1)知識の対象は実在するものである。(2)実在するものの性質は、それらに対する私たちの認識に依存しない。(3)実在するものについて十分な経験を持つ人は皆、それらについての真実に同意する……この3条件を共有すればわたしたちは有意義な結論にたどり着けるでしょう、送信!」
ヴァリアント
「またまた返ってきた!……『あなたは哲学者デューリング氏と同じ間違いを犯している。頭の中から導き出した公理.......欽定憲法を自然と人間に下賜できると空想している。しかし、残念ながら、自然は1850年マントイフェル憲法治下のプロイセン人から成り立っているわけではけっしてなく、人間界もそのごくわずかな部分がこれらのプロイセン人から成り立っているにすぎないのである….』痛ッ!声に出しているうちに舌かんだ!」
バーラム
「観念論の次は唯物論!カードを次から次へと!カタカタ.......唯物論者の弱点は意識と存在を互いに分離した断片と考えていることです。形而上と形而下の存在が互いに影響を与え合って進むプロセスは我がグレートブリテンの哲学者によって証明されています。先にわたしの示した公理はその理論の基礎となっているものです、送信!」
ウォースパイト
「ねえ、金剛シスター。議論のポイントがだんだんズレて来ているのではなくて?」
金剛
「相手の土俵にバーラムが乗ってしまったようじゃの…………ドイツ艦の連中、当分は着任してこぬほうが良いかも知れぬのう」




