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3. 異界への旅立ち

くろがねの城の中でかって人として泣き、笑い、生きてきた魂たち

この魂たちの物語は既に失われてしまったのかも知れない

だが全てを忘却の彼方に追いやることは心優しい彼女たちはさせないだろう...

わたしたちは榛名の運転するダットサン17型セダンに乗って佐世保の港に向かう。そこでフェリーか何かに乗船するのだろうか。


挿絵(By みてみん)


ハンドルを握りながら榛名がわたしに声をかける。

「春先の海風は人間の方にはまだ冷たいと考えて、オープンカーでは無くセダンにしましたが如何ですか? もし寒かったら言ってくださいね。シートヒーターの温度をあげますから」


金剛が笑いながら言う。

「シートヒーターを後付けするとは相変わらずマメじゃな...それで運転中に尋ねるのは悪いが買った品物はわしらのフネに積み込んだのじゃの」


ハンドルを握った榛名が交通標識を確認しながら答える。スピードも法定速度を守っている。

「ええ、自律飛行型ドローンを使って全て運び終えました」


愛車は昭和13年製のダットサン、なのに自律飛行型ドローンを使って搬入作業? 現代に生まれ変わった旧日本海軍の戦艦はあまりにもミスマッチだ。


佐世保の港に着くとわたしは自分の目を疑った。なんとそこには高速戦艦金剛と榛名が第二次大戦時の姿のままで時間を超えて現れたかのように停泊している。旧日本海軍戦艦のパゴダマストが天を衝いてそびえる。そうか、これがくろがねの城なんだ。書物でしか読んだことのない形容句が今はじめて現実のものとなった。


金剛は得意げに言った「ふふふ...驚いたかの? わしたちの分身じゃよ」


榛名が説明する。

「人間の女性として生まれ変わったわたしたちは人間体と大東亜戦争当時の艦艇の二つの身体をもっているのですよ」


さっきはああ呟いたが、わたしはまだ現実を完全には受け入れられない。

「し…しかし...第二次世界大戦の軍艦が停泊していたら大騒ぎになる...」


金剛は言った。

「安心するがよい。他の人間たちには見えぬ。わしらは現実と幻の境目にいるのじゃよ」

確かに周囲の人々は誰一人としてこの異様な光景に気づいていない。それどころか、港湾の作業員たちはごく普通に作業を続けている。


また榛名が説明する。

「簡単に言えば、わたしたちの"分身"は、通常の人間には知覚できず物理的にも干渉されない領域に存在しているのですわ。ただし星回りの条件が揃うと完全に現実の存在になってしまうので星図と時間には注意しなければなりません」


榛名が懐の懐中時計をわたしに見せる。良く見ると外装はクラシックではあるが中は普通の時計では無い。宇宙空間のような黒い空間が広がり、時間を示す長針短針の周りを星々が取り巻いて刻々と動いている。


金剛は言った。

「ではお主をわしらの根拠地に連れて行こう。そこは異界にあってな。人間の女性として生まれ変わった第二次世界大戦時の艦艇が陣営や国籍を問わずに集まっておる」


気がつくと、わたしは金剛の艦にいた。周囲を眺めると後の日本戦艦の主砲のお手本となったヴィッカース製14インチ砲、船体と錨をつなぐ長大な錨鎖、カタパルトに鎮座する零式水上偵察機、それを揚収するデリック…何もかもが興味深い。多くの兵がここであの戦争を戦ったのか…


金剛がわたしに近づいてきた。

「かなり興味を持ってくれたようじゃの。わしが戦艦だった頃にも多くの人間たちが訪れて興味津々で艦内を見物していったよ。いや帝国海軍は訪問日というものを設けておっての。その日は乗組員の家族や友人が艦内を訪ねてくるのじゃ。友人の友人、そのまた友人というやつらも物珍しさで見物に来たの」


挿絵(By みてみん)



金剛は続けて話す。

「日頃は雑用に追いまくられている新兵も、家族が訪ねてきた日は全て免除じゃ。大威張りで案内しておったよ。『これが俺が乗っている戦艦だよ、おっかさん』とな。いつもは怖~い古兵もこの時ばかりはニコニコ顔で○○二水は軍務に精励する良い兵隊で…と家族の前では持ち上げるわけじゃ。そして後で母御が差し入れたおはぎやいなり寿司を分隊で分けあうのじゃよ」


水兵やその家族にとっては忘れられない休日になったはずだ。そしてそれは金剛にとってもかけがえの無い思い出なのだろう。


わたしがそう考えていると前方にいた戦艦榛名の艦橋から点滅する光が放たれた。


金剛はそれを見て「おっ、榛名から発光信号じゃ。オ・ネ・エ・サ・マ・モ・ウ・ス・グ・ゲー・ト・ガ・シ・マ・リ・マ・ス…お姉さま、もうすぐゲートが閉まります?」


金剛はあわてたように「これはいかん。ここの異界への入り口が閉まったら、近くで開いているのは台湾海峡じゃ。赤匪どもの艦隊がドンパチ演習しているところに割り込むのは面倒じゃ。…わしらの時代の赤匪という呼び方は今はまずかったかの?」


わたしは答えた。

「問題無いとは言えないけど、彼らの国の中でもそう考えている人は少なく無いと思うよ」


急に過去へのノスタルジアから現在のリアリズムに引き戻された。わたしは専攻する分野の影響で現政権には批判的な側にいる。国内に近代の工業や医療をもたらした功績は評価したいと思っているが政治面では...もっとも別の分野の研究者の中には現政権に対してわたしよりも正当な評価を行う人もいるだろう。歴史・言語・文化を学ぶとそれは時として学ぶものの価値観を縛ってしまう...


金剛はおぬしも言うのと笑って戦艦金剛の艦橋に視線を送る。すると艦橋に設置されている投光器が点滅する。察するに了解の合図を榛名に送ったのだろう。


そして金剛が指をパチンと一回鳴らすとフネのエンジンが動き出す。もう一回パチンと鳴らすと岸の係留ロープがひとりでに結び目が外れてスルスルと艦内に収納される。さらにもう一回パチンと鳴らすと錨が引き揚げられて錨鎖が轟々と音を立てる。


「さて、出航じゃ!」


金剛の号令とともに、戦艦金剛が静かに動き出した。戦艦榛名もそれに続く。もうわたしは驚きの連続で思考がついていかない。とはいえ軍艦が出航する姿は壮観だ。男子としてつい胸を躍らせてしまう。


しかし次の瞬間、世界が歪んだ。


港が消え、海が闇に包まれ、星が異様な軌道を描きながら動いている。空と海の境界が曖昧になり、まるで夜の宇宙を航行しているかのようだった。


「こ…これは一体…」


金剛が微笑みながら答える 。

「これがわしらの"根拠地"へ向かうための航路なのじゃよ。現実と幻の狭間にある海域を通って異界へ向かっているのじゃ」


「つまり、異世界…ということか…」

自分に起こっている出来事を理解できないわたしは言わずもがなのセリフを口から出した


そして数分後、わたしは目を疑うような光景を目にした。


闇が晴れると、目の前に広がっていたのは、巨大な港湾施設だった。しかし、それは普通の軍港ではなかった。そこには戦艦、巡洋艦、駆逐艦、空母……各国の第二次世界大戦時の艦艇が、堂々とその巨体を並べて停泊していたのだ。


金剛がわたしに話しかける。

「おぬし、あそこに停泊しているイギリスの戦艦の艦名がわかるかの。」


わたしは雑駁な読書から得た知識を記憶から拾い集めて考える。思考の過程をつい口から出してしまう。

「砲塔が前部に集中しているネルソンクラスでもない…一つの砲塔に四門のキングジョージクラスでも無い…砲塔に二門と言うことはクイーンエリザベスクラスかリヴェンジクラス…?」


金剛はさらに言った。

「一つヒントを出そう。あそこに停泊している四隻は姉妹艦じゃ」


わたしの頭の中で雑駁な記憶がつながった。

「あのティッシュペーパーのボックスみたいな艦橋は改修されたウォースパイトかクイーンエリザベスかヴァリアント、残りの昔ながらの三脚マストはマレーヤ、バーラムだね」


金剛は微笑んで言った。

「ようできた。クイーンエリザベスはまだここには着任していなくてな、あの二隻はウォースパイトとヴァリアントじゃ」


するといつの間にか金剛の隣にいた榛名が感極まった声で

「素晴らしいですわ! イギリスの主力戦艦の砲門数と改修の経緯もご存じなんて! さすが榛名たちの提督です!!…ハッ」

あわてて口元を手で押さえる榛名。提督って?


金剛が笑いながら言った。

「榛名もしょうがないの。まだ帝国海軍時代から頭が切り替わっておらんのじゃろう」


なるほど、そういう事なのか。


金剛はさらに言葉を続ける。

「しかしイギリス艦どもがアン女王の館と気取って呼んでおる新型艦橋がちり紙を入れる箱に似ているとは傑作じゃの。あやつらには言わないでおくぞ」

金剛は片目をつぶっていたずらっぽく笑った。


戦艦金剛と戦艦榛名はそれぞれ港の埠頭の両側にすぅっと横づけする。素人目にも二人の操艦技術が優れていることがわかる。


わたしを含めた3人は艦から降りて港の中心部に歩いて行く。


金剛が呟く。

「やっぱり沖合に錨泊するよりも港に直接横づけしたほうが良いの」


榛名がそれに応じる。

「ええ、内火艇で埠頭に向かうよりもフネから降りてすぐに大地を踏みしめる心地よさは何とも言えませんわ、お姉さま」


三人の目の前に白人の女性が一人立っていた。ウェーブがかったブロンドの髪の毛を肩の少し下まで伸ばしている、目のパッチリした貴婦人だ。彼女は温和な笑みを浮かべながら金剛に話しかけた。

「金剛シスタ―、お連れした?」



金剛「さて、今回は生まれ変わったわしらに備わっている神話の力...いいかえればトンデモ科学パワーの一端が明らかになったわけじゃが...」

榛名「お姉さま...そのトンデモという言い方は...それに赤匪という呼び方は今はかなり良くないのでは…」

金剛「んー…台湾海峡は国際水域...自由の海という事で様々な国の艦艇が集まっておるからのう。わしはどこの国を指してそう呼んだのやら...」

榛名「お姉さまったら...お姉さまがあまりお口を過ごされると榛名はまた比叡姉さまに叱られてしまいます...」

金剛「ハハハ...すまぬすまぬ。さて今回は最後に重要人物が登場した。次回に乞うご期待! じゃ」

榛名「次回は『そして、はじまり。』見て...読んでくださいっ!」


金剛「しかしあやつらは姉妹そろってわしらよりデカいチチをしておるの」

榛名「金剛お姉さまッ!!」


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