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2. 歴史からの招待(日本艦榛名登場)

かってくろがねの城の胎内にあった無数の魂たち

この魂たちが神の国にたどり着くことはないのかも知れない

だが暗黒の黄泉の国に落ちたなら心優しい彼女たちが救いあげようとするだろう...

「今が一体いかなる時代なのか。ここで生きてきたおぬしがそれをどう考えておるのか知りたいのじゃ」


こちらの心を射抜くような金剛の目は、戦場で多くの部下を指揮してきた艦長の目だ。戦争など経験していない自分は圧倒されるばかりだ。


しかし人文学徒の端くれとしては根源的な問いを突き付けられて逃げるわけにはいかない。いい加減な答えでお茶を濁したら、学術雑誌に論文を採用されるところまで導いてくれた恩師に申し訳が立たない。


「今の時代は...敗戦後の1945年以降ということになるが...それ以前の時代の否定から始まっている。憲法九条によって過剰な軍備を廃棄し、戦前は軍事に集中していた国富を民生品の製造に回したのだ。これによって国民全体の生活が物質的に豊かになることを実現した。


すこし口が乾いたのでコーヒーを飲んで湿らす。かなり冷めてしまったな。


「だが、その時代も今は転機を迎えていると思う。一つはアメリカが世界の安全保障から手を引き始めたので、日本が自らの軍備を充実させなければならなくなったこと。もう一つは情報テクノロジーの革新で単純労働の市場価値が下がったので、国民の大多数が豊かな生活ができなくなりつつあるんだ」


...あれ...自分にとって今の時代ってこれでいいのかな。もっと何か言うべきことがあるような...金剛を見たら何も言わずに優しげに笑っている。そう言えば金剛の竣工は1913年、30年前に亡くなった大正生まれの祖母と同世代ということになるのか...彼女にとって昭和50年生まれの自分は孫みたいなものなのだろう。そう思ったら急に感情が込み上げてきた...


「ボク個人の事を話すとだね...幼い頃から読書や歴史が好きだった。それは現実に対して問題意識を持っているというよりも、今とここでは無い世界に憧れを感じていたのだと思う。


高校時代は『朝日百科 世界の歴史』の歴史を読みふけり、大学は当然のように文学部へ...ただし数学ができなかったので国立には進学できなかったけど…


.それでも学者になりたくて大学院へ...資質では無くて両親の理解と指導者に恵まれたおかげで多くもなく少なくもない数の論文を発表した」


わたしは突き動かされるように話を続ける。


「しかしそこも現実だった。学会に評価される研究というものを考えなかったおかげで、研究職に就職できるキャリアを形成できなかったんだ。それで今の高齢ポスドクという現実がある。研究史に影響を与えられない少ない引用数ではあるが、国内国外の学術誌で自分の書いた論文が紹介されたのが、自慢では無く慰めだ。他人の文章の中に自分の仕事が残ったのだから。それが無かったら虚無感に心が耐えられなかったかも知れないな」


あれ...わたしはどうしてこんな長広舌を...戦後という時代とは関係ない私事だ...あまりにも見っともない。


それでも金剛は微笑みながら、わたしの手に自分の手をそっと重ねた。「よく心を開いてくれたのう。いやわしは嬉しいぞ」


挿絵(By みてみん)



金剛は席を立ちながらいった。


「ちょっと待っておれ。そのお礼にわしがおごってやろう」


金剛が買ってきたのはドーナツ屋のドリンクで一番値段の高いカフェオレと、心地よい甘さの栗あずきドーナツだった...



「金剛お姉さま、こちらにいらっしゃったのですね」


声と同時にわたしの視界に和装の日本女性が入ってきた。長い黒髪を後ろで丁寧にまとめ、両手でふろしき包みを抱えている。


金剛が視線を彼女に向けて声をかける。


「おお榛名か、買い物はすんだか。いやご苦労じゃったの」


するとこの女性が金剛型の中で、最後まで生き残った戦艦榛名が、人間に生まれ変わった姿なのか...


挿絵(By みてみん)


榛名は失礼しますと一言いって金剛の隣の椅子に座ると、わたしに向かってお辞儀をした。


「姉がお世話になりまして」


わたしも挨拶を返す。


「いやいやこちらこそ金剛にはごちそうになって...」


榛名はわたしを少しの間だけ見つめると目を閉じて呟いた


「戦後に榛名が解体された時は何もかもが変わってしまって、日本はこの先どうなるのでしょうと心配しながら眠りにつきましたが...失礼ですが、あなたを拝見すると榛名や乗組員の犠牲も無駄ではなくて本当に良かった...」


どうも不躾でしたと謝る榛名の横で金剛が笑いながら言った


「この年頃の男にしては大人しすぎるように見えるが、何、大言壮語が空回りしていたり無理に虚勢を張ったりした、わしらの時代の男たちよりはマシかも知れぬの。こう見えてもきちんと学者としての仕事は果たしているようだし立派なものじゃ」


こう見えても...金剛にはどう見えるのだろうか。海軍という組織で経験を積んで地位を築いた男たちに比べれば、わたしはあまりにも世間で動ける人間では無い...


「金剛お姉さま、失礼ですわ。...どうも申し訳ございません」


と榛名は謝る


金剛は笑いながら言う。


「なあにすっかり仲良くなったから気にすることは無いわ。のう? .....それで頼んでおいた用件はどうなったかの?」


榛名が表情を曇らせながら言う。


「それが金剛お姉さま、レッツピッカリ通信は光ファイバー有線なので...固定電話の回線が無いと通せないようです。その場合は大規模な工事を行って、回線の通路を作らなければいけないそうですわ」


そういえばさっき話していたな(第一話参照)。金剛はインターネットを自分の艦で使えるようにしようとしていたのだっけ


金剛が腕組みをする。


「わしらの大切なフネに人間どもがドリルで穴をあけるなんてゾッとせぬの。玉の肌を傷つけられるようなものじゃ。まあそもそもフネに有線で通信というのが土台無理な話じゃったか」


榛名は顎を親指と人差し指で挟んで考えながら


「何か他の方法を考えなくてはなりませんね」


金剛は天井を仰いで

「するとティンクルティンクルリトルスターリンクという事になるかの。しかしあそこは高額な使用料払っていても、経営者の気分次第でサービスが止められるのじゃろ?」


榛名が眉をしかめながら


「こちらが使用料を払う、あちらはそれに応じたサービスを提供する...が欧米の契約社会だと思っていましたが...こちらが使用料を払っていても、経営者の財産に比べたら少額だから、勝手に止めてもかまわない...榛名の考えていたものとは違うようですね」


ウクライナとロシアとの戦争で、アメリカの和平案を承諾させるために、ウクライナへ圧力をかけたことを言っているらしい。日本帝国海軍の戦艦にまで評判が伝わっているなんてどんな人間なんだ、異論マルクス氏は...いや...それだけ彼女たちが現在の世界にアンテナを張っているということか...


わたしはネットやAIで大量の情報を処理できないと時代に置いて行かれる恐怖感ばかりが先に立ってきた。しかし彼女たちは現代のテクノロジーを積極的に取り入れようとしている。時代の変化についていけなかったという通俗的な旧日本海軍のイメージとはかなり異なる。これは見習わないといけないな。


金剛がわたしのほうに顔を向けて尋ねた。


「おぬしに聞くが何か良い方法は無いかのう」


不意に話題がこちらに振られた。わたしはしどろもどろと答える。


「あ...ああ...無線のインターネットなら民間で一番使われているのがスマートフォンだけど、陸上の中継局が無いと通信が届かないという欠点がある」


金剛と榛名が興味深げにわたしの話を聞いている。


「となると地球上のどんな場所でも使えるネットは衛星通信って事になる。だけど衛星通信は国家がヘゲモニーを握る手段になっている。政治的な圧力を加えるために、サービスを停止すると脅すこともこれからは考えられるだろう。軍事情報の通信について他国の企業に頼るのはあまりにも危険が大きい」


先ほどから長広舌を振るっているが、わたしは日本近現代史研究者でもミリオタでも無い。軍事に関心を持つ人間から見れば、あまりにも畑違いの研究テーマを専攻してきた。我ながら不安と恥ずかしさが頭をよぎる。


すると金剛がなるほどという感じで呟く。


「ふむ...ウォ―スパイトの言うとることとほぼ同じじゃの」


榛名が軽くうなずく。


「やはり通信網は自分たちで作らなければならないという事ですね」


え...ウォースパイトってあの...ダメだ...思考がついて行かなくなってきた。しばらく何も考えずに金剛たちの話を聞いていよう。理解できない箇所がでてきたらペンディングして先に進むのも文献読解の知恵だ。


すると金剛が話題を変えた。


「それで買い物は滞りなく済んだのかの」


榛名が答える。


「ええ、予定通りに購入することができました。軍需品は根拠地で自給できますが、嗜好品はやはり人間世界のものを入手する必要がありますね」


金剛が舌打ちして呟く。


「グラスゴーめ、ズロースはクロッチの肌触りが柔らかい日本製では無いと嫌だとか抜かしおって...あの贅沢ものが」


榛名がクスっと笑う。


「仕方ありませんわ。昔は軍艦でも今は人間の女の子ですもの...ハッ...あら、これは失礼しました。とんだはしたないことを...」


榛名は男性であるわたしの前で、女性の下着に関するデリケートな話題を出してしまったことに気づいたらしい。話題を変えようとしたのか風呂敷包みを開けてその中身をわたしたちに見せようとした。


「コホン...お姉さま...今日は嬉しいお土産を買いましたよ」


その中身が姿を見せた瞬間金剛の目の色が変わった。


「おお!こ...これは...呉の名酒...我が帝国海軍ご用達のあの千福ではないか!! 懐かしい! 納入の時にこっそり粗悪品を混ぜる蔵元も多かったが、ここだけはいつも美味くて変わらぬ味の酒を......どこじゃ? どこで手に入れたのじゃ?」


「天神の百貨店で購入しました。あまりにも懐かしくて...みなさんの分までお土産で買ってきましたわ」


榛名の説明を聞いた金剛がはしゃぐように言う。


「時代が変わった令和の御代でも千福の蔵元が健在とは頼もしい限りじゃ。わしは嬉しくなってきたぞ。ようし! 根拠地に帰ったらみんなで一緒に飲んで往事の想い出に浸ろうぞ!」


すると榛名が羽織のたもとから懐中時計を取り出して。


「そろそろちょうど良いお時間ですわ。もうすぐ星回りが変わるので急がないと」


金剛はわたしの襟首を掴むと


「お主も来い! 今晩は付き合え! なあに我らが根拠地に行くのにそんなに時間はかからん! 福岡から糸島ぐらいじゃ!」


わたしもこのまま金剛たちと別れるのは淋しいと思っていたところだ。どうせ常勤職でもない身だ。このまま付き合うとするか...







後書き


金剛

「さて、次回ではいよいよこの男を我らの根拠地に連れて行くことになったが」


榛名

「金剛お姉さま、あのお方をわたしたちの世界にお連れして本当に大丈夫なのでしょうか?」


金剛

「なあに。口ではあれこれ言うておるがかなり図太いところがあるとわしは見ておる」


榛名

「そうでしょうか? 榛名は心配です」


金剛

「そうじゃ。そうでなかったら陽の当たらぬ場所で芽の出ない種に水をやり続ける真似を長年続けられるわけがない。腹が据わってるという言い方がほめ過ぎなら大した鈍感力じゃ」


榛名

「お姉さま...それ以上は...比叡姉さまにも金剛お姉さまをくれぐれも暴走させるなと頼まれているのですから」


金剛

「ほら、今回の締めのセリフはおぬしじゃぞ」


榛名

「次回、『異界への旅立ち』見て...読んでくださいっ!!」

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