55話 京都御所にて
ハイペリアン乗組員
橘 幸太郎 日系アジア人 30歳 男性 大佐 艦長 総司令
坂本リョウマ 日系アジア人 28歳 男性 中佐 戦略参謀
西郷たかお 日系アジア人 28歳 男性 中佐 内政参謀 内政担当
大久保トシオ 日系アジア人 28歳 男性 中佐 外務参謀 外交担当
新政府へ出向中
勝りん太郎 日系アジア人 25歳 男性 少佐 海軍参謀
乾タイスケ 日系アジア人 25歳 男性 少佐 陸軍参謀
福沢ゆー吉 日系アジア人 25歳 男性 少佐 財務参謀 財政全般
ヘレン ダルク フランス人 25歳 女性 少佐 医療参謀 医療技術
新政府へ出向中
服部ハンゾウ 日系アジア人 25歳 中佐 情報局局長
杉原 ねね 日系アジア人 20歳 女性 少佐 教育参謀
陸軍副参謀サユリ:戦略戦術立案用アンドロイド、日系アジア人20歳女性
平賀源内 鉄道省長官に 電化開発、家電開発
田中久重 科学技術省長官に 石油精製技術
鈴木茂雄 軍部技術開発部長 蒸気機関、デーゼルエンジン開発
志筑忠雄 軍部陸軍技師
川本幸民 軍部海軍技師
二宮忠八 軍部航空技師(次世代航空機の構想を持つ少年技師)航空機設計
橘商会 敦賀支店 支店長 道川兵三郎 元敦賀港の川舟座の頭
奥州地区 支店長 蠣崎義広 元安東家家臣
横須賀港 店長 蠣崎光広 元安東家家臣
長崎支店 支店長 長崎 一朗太 元長崎豪族
御柏原天皇 第104代天皇
聖秀女王 御柏原天皇の妹 俗名 庭田 聖華
数日後
京都御所 鳳凰の間
後柏原天皇と幸太郎がテーブルを挟んで
コーヒーが用意されていた。
後柏原天皇
「幸太郎殿、お久しぶりですね。
幸太郎殿が直々に来ると言うことは
いよいよ、日本の統一の時期が来たとの事でしょうか?」
と嬉しそうに言った。
幸太郎
「陛下もお元気そうで何よりです。
お察し通り、いよいよ攻勢に出る時期が来たようです。
四国、中国、九州の情勢は、既に情報局からの報告の通りです。
ですが、流石に三勢力への同時攻撃は戦力不足なので、
個別撃破を考えております。 」
後柏原天皇
「なるほど、すると四国の管領細川家ですね!」
幸太郎
「はい、元管領細川政元が暗殺されたことを発端とする
管領細川氏の細川 高国と
細川京兆家14代当主細川 澄元の
家督継承の混乱により領国は乱れております。
各地で内乱が起きており、もはや統治能力はありません。」
後柏原天皇
「では、早速、領地返還の宣旨を発布しましょう。」
幸太郎
「はい、よろしくお願いします。
その宣旨の返事を待って、軍議を開きましょう。」
後柏原天皇
「承知しましたよ。」と笑った。
「話は変わりますが、我が妹の 聖秀女王 は、
元気にしておりますか?
あ、いや、今は 庭田 聖華でしたな。
蝦夷国へ留学に行ったきりで便りも来ないのですよ」
と困った顔で言った。
幸太郎
「そうでしたか。それは、お寂しいですね。
すぐに確認してお便りをお出しする様、
連絡致しますよ。」と言うと。
御柏原天皇
「それには及びません。
頼りが無いのは良い頼りと、申しますからね。」
と苦笑した。
幸太郎はクララからの通信で彼女の動向を一部始終確認してから、
「陛下、聖華様は12歳に関わらず、教養が有り、
特に医学に興味がある様です。
やはり、京の都が疫病で、多くの人が苦しんでいたの見てきた事が
関係しているようです。
今は医療専門学校で勉学に励んでおられます。」
後柏原天皇
「ほう、本来なら仏門に入る予定でしたが、本人の進みたい道を
歩くのもアリですね。
幸太郎殿、今後とも妹の聖華をよろしくお願いします。」と
意味ありげに微笑むのだった。
幸太郎
「では陛下、この辺で失礼致します。
私は島津へ行って、もう一押ししてきます。
帰る頃には軍議を開く事になるでしょね。」
と退室するのであった。
ハイペリオンに帰還した幸太郎は、クララに
聖華姫の姿をスクリーンに出してもらうと、改めて見る聖華姫が、
絶世の美少女な事に気づく幸太郎であった。
これで5歳程歳を取ったら、末恐ろしい美人になるな!
やばい、俺は、ロリでは無いぞ!
クララ
「総司令、聖華姫は皇室出身ですが、好奇心旺盛で、
IQも200あったので、学習カプセルに入ってもらいました。
その効果は抜群で、看護免許、医師免許を取得しております。
そして、来月より研修医として、
札幌病院で勤務して頂く予定になっております。」
幸太郎
「では、研修が始まる前に、一度里帰りをさせてやってくれ。」
クララ
「了解しました。」
閑話 聖秀女王の回顧録
話は遡ること2年前の1504年 京都御所
10歳になった聖秀女王は、
仏門へ入る準備をしていた。
しかし、兄の勝人親王から、
蝦夷国の事をいろいろ聞いてしまい、一度見てみたいという
気持ちが日に日に、強くなっていったのであった。
私は、慣例では仏門に入る事予定だったが、
どうしても蝦夷国へ行ったみたかったので
父の土御門天皇へ頼み込んだら、なんと、短期留学で、
橘商会の船で小樽港まで行くことが許された。
折しも、京では疫病が流行っていたので、
それを心配した事もあったのであろう。
私は天にも登る気持ちで敦賀の港まで行って
初めて見る海の大きさに感動しました。
それと同時に、橘商会の南蛮船の大きさにも
びっくりしました。
そして、橘商会の会長の橘幸太郎様にお会いして、
その凛々しいお顔、背の高さ、
やさしい物言いに、声も出なかったのです。
今思えば初恋なのでしょう。
小樽港に到着するまでの船旅は、とても楽しく、
幸太郎様との質疑応答は、時間の経つのも
忘れてしまうほど楽しかったのです。。
やがて、幸太郎様の御役に立ちたいとの気持ちが強くなったのです。
小樽に着くと驚いたのは、町並みの綺麗さ、人の多さ、
皆生き生きしているようで、京の都とは段違いでした。
父も兄もこの様子を見て、日本を変えようと
本気で考えたのだと思いました。
次の日から観光をしながら各工場見学が始まり、
各学校の見学が終わる頃には、
ここで医学の道へ進みたくなったのです。
京の人々、いや、日本の人々を病から救いたいと
心から思いました。
すぐに長期留学したい旨を、兄の勝人親王にお願いすると、
やれやれという顔で、父の土御門天皇から許可をもらったのです。
そして、いつかは、幸太郎様のお嫁さんに.......
いつも遅くてすみません。いよいよ、次回から日本の統一に向けて動き出します。
誤字脱字、感想などの、ご指摘頂ければ、幸いです。




