表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
龍と鑑定士 ~ 絵から出てきた美少女は実はドラゴンで、鑑定士の弟子にしてくれと頼んでくるんだが ~  作者: ふっしー
第一部 第二章 競売都市マリアステル編 『贋作士と違法品』
50/763

悪魔の噂の真相

「どうしたのだ、エリク。珍しく取り乱して」

「私だって取り乱すことくらいあります!」

「そうかも知れんが、とりあえず落ち着きなさい」


 あの冷静沈着を絵に描いたようなエリクが、目の色を変え、尋常じゃないほど焦っていた。

 何か嫌な予感がする。


「落ち着いてなどいられません!! ご覧下さい、この広告を!!」


 言うが早いか、エリクは手に握っていた広告を、机の上に力強く叩き付けた。


「なんなんだ、これは?」

「先程プロ鑑定士協会に投函された広告です!!」

「どれどれ……何? 真珠胎児のレプリカをオークションに出品するだと!? 数は全部で九つ、出品者は――――『不完全』!?」

「なんだと……!?」


 ここで『不完全』の名前が出るとは、想像もしていなかった。

 その広告には、その名前が隠されることなく堂々と載っている。


「ついに奴らが動き始めたってことか……!! 出品場所は……オークションハウス『ベガディアル』!? これはまさか……!!」

「ねぇ、ウェイル! これって、ルークさんの資料の内容とそっくりだよ!!」

「そっくりどころか、ほとんどそのままだ! オークション会場も同じだからな!」

「でもほんの少しだけ内容が違うみたい。ルークさんの資料には本物が三つあるって!」

「一体どういうことなんだ……?」


 情報が錯綜――あるいは操作されている。

 そんな可能性もあるが、どちらにしても真珠胎児が関わっている時点で『不完全』の関与に疑いはない。


「奴らは何を狙っている……!?」


 真珠胎児は違法品だ。違法品をオークションに出品することは、当然犯罪行為である。

 しかし違法品の贋作(・・)を売買することについていえば、それは犯罪にはならない。

 それ自体が犯罪ということになれば、複製原画やレプリカの販売が出来なくなるからだ。

 予めそれがレプリカだと説明する義務はあるが、それさえ怠らなければ問題ないわけだ。

 レプリカの販売や流通は、ごく当たり前に行われている。

 むしろセルクやリンネといった超一流作家の作品ともなれば、値段的な兼ね合いから、複製原画やレプリカの方が需要が高く人気なくらいだ。

 犯罪となるのは、贋作やレプリカを本物と偽って販売した時だ。

 今回は最初からレプリカとしてオークションに出品されている。

 つまりなんら違法性はないということだ。


「レプリカをオークションに出品してどうする気だ。レプリカと判っていて真珠胎児の様な代物を買う奴なんていないだろ!?」


 一般的な芸術作品とは違い、違法品のレプリカに値段が付くはずもない。

 そういうものを欲しがるコレクターは、本物にしか興味はないからだ。


「資料には本物が三つってあるよね。つまり広告の九つのレプリカの中に、本物を三つ混ぜて出品するってことじゃない?」


 その可能性は十分に考えられる。

 ルークはこの情報のソースは、富豪達の噂話だと言っていた。

『不完全』は、違法品を欲しがるような富豪連中に、今回の噂を流したのだろう。

 ルークはそれを偶然耳にして、資料を得たということだ。


「ワシもそう思うぞ、お譲ちゃん。『不完全』は過去にも似たような違法品取引事件を起こしている。その時も贋作の中に本物を混ぜて出品するという噂を流し、レートを釣り上げたのだ。我々が違法品オークションの存在に気付き、現場へ突入した時には、すでにオークションは終っていて、まんまと逃げられてしまった」

 

 過去の違法品取引事件には、ウェイルも何度か関わっていた。

 その事件の時の事を、今回の事件に照らし合わせてみる。


「……待てよ。これってもしかして……!!」


 一つ、思い出したことがある。

 サスデルセルで起きた事件の、被害者のことだ。

 ウェイルは急ぐように鞄の中から、今度はステイリィから受け取った資料を取り出して、目を通した。


「……やはりそうか。これならバルハーの言葉の意味も理解できる……!!」


 サスデルセルでの事件と、今回の事件。

 全ての糸が繋がる証拠が、そこには記されてあった。


「この事件の犯人は『不完全』に間違いない。そして『不完全』がサスデルセルで起こした事件の真の目的こそ、真珠胎児(パール・ベイビー)だった」

「どういうこと?」

「真珠胎児の本物が三つ出品されるとルークの資料にはある。つまり真珠胎児を手に入れるためには、少なくとも三人の妊婦を殺害しているということになる」

「……そうだね」


 フレスの声のトーンが下がる。ウェイルだって嫌な気持ちだった。


「ステイリィから悪魔絡みの事件があった場所を聞いた時、あいつは被害者の中に妊婦がいたと言っていた。そしてシュクリアも妊娠していた。バルハーはこう言っていた。シュクリアは『不完全』への報酬だと。つまりは――」

「――――ッ!!」


 フレスは顔を手で覆い、そして悲しげに呟いた。


「この真珠胎児って……まさかサスデルセルで殺された妊婦さん達の……!?」

「そうだ。『不完全』の目的は、最初から真珠胎児を精製することだった!!」


 説明しているウェイル本人でさえ、『不完全』への怒りを隠しきれず、語尾が強まった。


「……むごいな……」


 サグマールも言葉を失っている。


「今すぐオークション会場へ乗り込もう。オークションを阻止しないと!」


 ウェイルが席を立とうとしたが、サグマールがそれを制止した。


「落ち着け、ウェイル。まだこの広告にある真珠胎児が本物だと決まったわけじゃない。表向きはレプリカということになっている。ならば合法の範囲内だ。それを無理やり止める事は、営業妨害だといってこちらを責める口実になる」


 今はまだ全て、ウェイルの憶測の域なのだ。

 オークション会場へ乗り込むのは早計過ぎる。そんなことはウェイルだって理解していた。

 だが理屈ではないのだ。『不完全』と聞くと身体がどうしても反応してしまう。


「どうすれば奴らを止めることが出来るんだ!?」

「今の時点ではどうすることも出来ん。だから情報を集めるんだ。オークション開始時刻までに、『不完全』が関わっているという証拠を手に入れるのだ。協会本部も手の空いている鑑定士を総動員して情報を探らせる。だからお前達も出来る限りのことをしろ」


 サグマールとしても、この事件は必ず阻止せねばならない。

 プロ鑑定士協会本部があるこのマリアステルで『不完全』に好き勝手させるわけにはいかない。

 それはプロ鑑定士協会の威厳にも関わってくる大問題だからだ。

 サグマールも出来る限りの手を打つはずだ。


「ボクらに出来ること? ボク、何もわかんないよ。どうすればいいの?」

「専門家に頼ってみたらどうだ。この都市に住んでいる『不完全』専門の鑑定士がいる。そいつを訪ねてみたらいい。ウェイルとも知り合いだしな」


 フレスはそれをサグマールから聞くや否や、


「ウェイル、行くよ! その専門家に会いに! ボクらに出来ることは全部やろう!」


 フレスのこの切り替えの良さがウェイルには羨ましかった。


「そうだな。行こう。……でもアムステリアのところか……」

「あれ? ウェイル、あんまり乗り気じゃないの?」

「……正直言って乗り気じゃない。あまり奴には会いたくないんだが、状況が状況だ、仕方ないさ」


 ――アムステリア。

 『不完全』の贋作に詳しい鑑定士であり、ウェイルの友人だ。

 しかし、その友人宅に行くというのに、ウェイルの足取りは凄まじく重かったのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ