真珠胎児―パール・ベイビー―
「ラルガ教会の神父が『不完全』と繋がっていたなんて、まさに世も末だ」
「ふむ。ま、それは『不完全』がよくやる手口だな。ラルガ教会の神父は事情聴取で、今回の事件は上へ送る賄賂を稼ぐためにしたと証言したそうだ。中途半端な権力者は何より金を欲する。楽に出世するためには何より金が必要だからな。そこにつけ込んだのだろう。腐銀を使うのも実に奴らの手口らしい」
「どうして腐銀を使うのが『不完全』らしいって言えるの?」
「それはな、お嬢ちゃん。腐銀は安価な上に、磨けばそれなりに綺麗に光るんだ。腐銀の金属光沢は五年程度は持つ。それ以降は黒ずんで朽ちてしまうんだが、五年も経てば騙されて買った方は泣き寝入りするしかない。訴えるべき相手を探しても見つかりっこないからな。流石は我らが宿敵、実に狡猾だ」
サグマールはフレスにそう説明したが、それを隣で聞いていたウェイルには少し気がかりなことがあった。
「……いや、それが少し疑問に思うところがあってな」
「疑問? というと?」
「『不完全』にしては、やけにお粗末な事件だった。あまりにも状況に矛盾点が多すぎるんだ。状況の管理が適当というか、ずさんというか。それこそプロ鑑定士が一人でも介入すれば、すぐさま見破られるレベルだった」
ウェイルの指摘に、サグマールも同感だと頷く。
これまで『不完全』という組織が絡んできた事件は、いつも状況に一切の矛盾が出ないよう綿密に練られた犯行ばかりだった。
そこが今回の悪魔の噂事件は、状況に数多くの矛盾が見受けられた。
だからこそウェイルは、今回の事件に気付く事が出来たわけだ。
「限定生産品であるラルガポットを大量生産していたんだからな。そんなもので市場を荒らせば、鑑定士ならばすぐに異変に気づくだろうし、賢い奴ならそんなオークションは敬遠する。たとえ公式鑑定書があったとしても、出品されている数に多少の疑問を持つはずだ」
「そんな初歩的なミスを奴らが犯すわけがないと、そう言いたいわけだな?」
「ああ。『不完全』のことは憎くて仕方ないが、敵としてつまらないミスはしないという信頼はある」
「とすると可能性は一つだろうな。なんだと思う?」
サグマールは人差し指を立てて、ウェイルの解答を待った。
「……わざと失敗した、ということか?」
惜しいが違うと、サグマールは首を横に振る。
「あいつらの真の目的は別にあったと考えられるわけだ。その目的までは分からんがな。例えばラルガ教会のことなんざ小遣い稼ぎ程度の事件だったとか、或いは真の目的の為のカモフラージュだったとか、可能性をあげれば星の数ほどあるがな」
「真の目的か……」
ウェイルは色々と考察してみたものの、奴らの真の目的なんて、皆目検討もつかない。
ラルガ教会を潰すために、他の教会が『不完全』に依頼した、なんてことまで検討したが、発覚した時のリスクを思えば、それはいい方法とは言えない。
様々な教会に囲まれているサスデルセルでは自爆行為。
他の教会から不信感を買い、いずれ逆に潰されてしまうだろう。
「バルハーさえも知らなかった目的か……。あいつは獄中で何も語らないのか?」
「事情聴取で答えたことが全てだな。『不完全』のことも最低限の情報しか知らなかったそうだ。もっとも何かを知っていたとしても、もう確かめようがない」
「どうしてだ? まだ裁判の途中だろう?」
「ん? ウェイルは知らないのか? そのバルハーって男、先日何者かに殺されたみたいだぞ?」
「なんだと!? 初めて聞いたぞ!?」
「なんでも地下幽閉中に、何者かに目と心臓を抉られたらしい。殺害の手口からして『不完全』がやったと見て間違いないだろう。以前にも似たような殺人事件があったからな」
なんてことだ。せっかくフレスが助けた命だというのに。
まさかの事実に絶句してしまった。
「ねーねー、ウェイル。そろそろルークさんから貰った資料、見てみたら?」
フレスがふいに口を挟む。
そういえばまだ中身を確認していない。
ルークは違法品についての情報があると言って、あの資料を渡してくれた。
『不完全』と繋がっているとは考えにくいが、見る価値はありそうだ。
ウェイルはカバンに入れていた資料を取り出すと、テーブルの上に広げた。
そこには客の会話録から噂話まで事細かく書かれていたが、要約するとこう書かれていたのだ。
――『マリアステルにあるオークションハウス「ベガディアル」で、違法品『真珠胎児』の本物が三つ出品される』――と。
「真珠胎児だと!?」
ウェイルが驚きの声を上げ、サグマールも目を丸くしていた。
「真珠胎児って、何?」
何も知らないフレスだけが、キョトンとした顔で首を傾げた。
――このアレクアテナ大陸には『違法品』と呼ばれる芸術品がある。
それは人権や倫理に反した品で、アレクアテナ全土でその製作・取引を禁止している。
違法品を出品しただけでも終身刑は免れぬほど、違法品に関する罪は重い。
しかしそれほどの規制を受けているのにも関わらず、違法品取引事件の件数が減ることはない。
むしろ年々増加傾向にあると、世界競売協会が発表している。
その理由は、違法品の持つ蠱惑的な美しさにある。
違法品は一般的な芸術品と比べ、一際美しいものが多い。
倫理に反する背徳感が人の興味を惹くのだろうか、それが違法だと知っていても大金を出して手に入れようとする物好きな金持ちが、この世界にはごまんといる。
「ねーねー、真珠胎児って、何なの?」
「真珠胎児ってのは、違法品の中でも特に人気のある品だ」
「名前から想像してみるといい。おそらく君が想像した通りの代物だよ」
「真珠胎児っていうくらいだから……――……え……? もしかして……?」
フレスは顔を青ざめるような想像をしたのだろうが、フレスに対してサグマールは無言で頷いた。
「君の創造通り、真珠化した人の胎児のことだ」
「…………ッ!?」
「子を孕んだ妊婦に、神獣『クランポール』の体液を何度も何度も飲ませて作る」
――神獣『クランポール』。
身体全体が白い巨大なワニのような姿をした神獣であり、大きな特徴は尾にある。
なんと尾にも頭同様に小さな顔があり、頭と尾、どちらにも鋭い牙を持っている。
これだけではただの醜悪な神獣なのだが、このクランポールの体液は真珠のような輝きを放つため、古くから塗料として重宝されていた。
「体液を飲み続けたらどうなるの……?」
「母体がクランポールの体液を飲み続けると、その体液は胎盤に溜まり、胎児の周りに膜を張って凝固する。少量なら問題はないが大量に飲み続けると、次第にその胎児は何度も何度も真珠色の膜に包まれ、まるで本物の真珠のように固まって光沢を放ち始めるんだ。それを取り出したものが『真珠胎児』だ。そいつを取り出す時は、妊婦の腹を直接切り開いて出すと聞く。当然胎児は生きていられないし、母体の方もただでは済まない」
「なんなの、それって……っ!! そんな酷いことする人間が、この大陸にいるの!?」
フレスは、ギリギリと拳を握りしめて激怒していた。
だがこのフレスの反応こそが、真に人間らしい感情だとウェイルは思う。
「人間こそが真の悪魔である、という哲学者だっているくらいだ。どんなに酷いことでも金の為なら平然と犯罪に手を染める人間はたくさんいる」
「……人間って、酷いよ……!!」
「俺もそう思うよ」
ウェイルは実際に真珠胎児を何度か見たことがある。
確かにそれは非常に美しい。その儚い輝きは、ダイヤモンドですら比べ物にならないだろう。言葉にならないほど美しいのだ。
しかし、それは命の輝きである。
その輝きは、神ですら拝むことは許されないだろう。
「サグマール様! サグマール様!! 大変です!!」
そんな重い空気の中、秘書のエリクが血相を変えてサグマールの元へ走ってきた。




