ウェイルの上司、サグマール
――コンコン。
フレスが戻ってくるのを待って、目的地である廊下の一番奥の部屋の戸を叩いた。
…………。
反応がない。
何度か扉を叩いてみたが、中からは声一つ聞こえてこなかった。
「……全然反応がないね。誰もいないのかな?」
「いや、それはない。必ずここにいるはずだ」
「ならどうして声すら聞こえてこないのかな。普通、返事くらいはすると思うんだけど」
「あいつはいつもこんなもんだ。ちょっと強引にいかないと返事すらしない。少し下がっていろ」
ウェイルは先程の重力杖を持ち出し、その光をドアの方へと向けた。
「えっ!? ウェイル、何するの!?」
「扉をぶち破るんだよ。おらぁ!!」
「ご、強引だ……!!」
重力杖の力を得たウェイルの渾身のキックがドアに炸裂した。
強烈な打撃音を轟かせ、扉は少し破損しながら開いた。
「おい、サグマール!! いるんだろ!? 返事くらいしろ!!」
「……おいおい、ウェイル。毎度毎度の事とはいえ、もう少し静かに入っちゃあ来れんのか?」
ウェイルが叫ぶと、少しばかり間をおいて声が返ってきた。
「お前が反応しないからだろ。嫌ならさっさと出てくることだ」
「……まあ、それを言われれば言葉もないがな。これでお前に扉を壊されたのは32回目だよ。給料から差し引いておくぞ」
「32回も壊されておいて未だにノックに反応しないって、筋金入りだね……」
「フレスが呆れるなんて相当だよな……」
部屋の奥からノソノソと動く影がある。
その影こそが目的の人物、サグマールという鑑定士。
「いくつか報告があって来た。さっさと姿を見せろ」
「ああ、サスデルセルで起きた事件のことだな。ある程度の事情はラルガ教会の方から聞いている。ま、教会側にとって都合の良い情報ばかりだがな。お前の報告を待っていたところだ」
「興味深い情報を仕入れてきた。ラルガ教会も一枚岩ではなかったということだな」
「そりゃ権力が絡む以上、好き勝手したり陰謀を企てたりする者は現れるさ。それにしてもまた事件に巻き込まれたってのか。お前も物好きだな」
「別に好きで巻き込まれてるんじゃないっての」
ウェイルがサグマールと呼んだ巨漢は、身を埋めるほどの大量の資料の中から必死に抜け出してきた。
何をすれば資料に埋もれるなんてことになるのか、理解は出来ないが。
「ま、そこのソファにでも座れ」
「うわーい! ふかふかだよ、このソファ!」
「このデザイン、図書館都市シルヴァン産のソファか。お前にしては趣味がいい」
「シルヴァニア・ライブラリーの館長と仲が良くてな。図書館で使わなくなった家具をいただいたのだ。この部屋の本棚も図書館から譲り受けたものだ」
「いい知り合いを持ってるな。フレス、このむさ苦しいおっさんの名はサグマール。こう見えてプロ鑑定士協会本部の本部長だ。仕事の報告は基本的にこいつにする」
「へー、そうなんだ! こんなおじさんでも偉いんだ!!」
「……あ、ああ。偉いんだぞ。おじさんは」
「開き直ってんな」
「ウェイルよ。お前がわざわざ直接報告に来るなんて珍しい。いつもは電信で済ます癖にな。それよりもこの失礼極まりない子は誰だ?」
「こいつは俺の弟子だ。フレスという」
「初めまして、ボク、フレスです! ウェイルの愛弟子、やってます‼」
「ほほお……。まさかあのウェイルに弟子とな。珍しいことがこう続いては明日あたり金の価値が大暴落するんじゃないのか?」
「それは少し言い過ぎだろうよ。俺だって弟子くらいとる」
「バカ言え。あれほどワシらが弟子をとれと勧めても、無視を決め込んでいた癖に」
サグマールは自慢の髭をいじりながら皮肉を垂れた。
確かに今まで弟子をとろうなどと考えたことはなかった。
フレスと出会った時だって、弟子にするつもりなんてなかった。
ただ口が滑って、そんなことを口走ってしまっただけである。
「ウェイルから頼み込んできたんだよ? ボクに弟子になって欲しいってさ!」
「なんだと!? 冗談だろ!?」
「頼み込んだつもりはないぞ……」
とはいえ、そのことに関しては否定できないところもある。
口が滑ったとはいえ、それに近いことを言ってしまったのは事実。
「ガハハハハ!!、それがもし本当なら、人の性格ってのは案外簡単に変わるもんなんだな! なぁ、ウェイル!」
サグマールは巨大な腕でバシバシとウェイルの背中を叩く。
地味に痛いが、さらに痛いところを突かれているので何とも言い難い。
「サグマール、そんなことはいいから、さっさと報告をさせてくれ」
「そう焦るな。旅の話でも聞かせろ。こう部屋に閉じこもって事務仕事ばかりだと、外の話が恋しくなるんだ」
「それも含めて報告してやるから、早くしてくれ」
「ああ、待ってろ。報告用紙を用意させる。おい、エリク。報告用紙を何枚か適当に持ってきてくれ」
サグマールが手を叩くと、部屋の奥からエリクと呼ばれた女性秘書が現れた。
秘書らしく眼鏡をクイッとする仕草が、とても似合っている。
「サグマール様、報告用紙を持って参りました。どうぞ」
「うむ。……って、どうしてこんなに枚数があるんだ!?」
「適当と言われましたので、とりあえず200枚ほど持って参りました。」
「……お前さんの適当は本当にテキトーだから困る。……まあいい。よし、ワシが書き留めてやるから、何があったか、事細かに語ってくれ」
「そうだな。何から話そうか」
「とりあえずその嬢ちゃんとどこまで関係が進んだか言え」
「言えるか、バカ」
「エリク、下がってよいぞ」
「はい。今度は適当にコーヒーでもお持ちしましょうか」
「いや、要らん。お前に適当と頼むと200杯くらい出てきそうだからな。それにこいつはコーヒーが苦手なんだ」
「承知しました」
エリクはフレスの方を一瞥して、何も言わずに踵を返し下がっていった。
それからしばらくの間、ウェイル達はサスデルセルでの事件の詳細を語った。




